インドネシア発・Thee Marloesが語る甘美なサウンドの源流──チカーノ・ソウルから山下達郎まで

リオン・マイケルズが主宰する〈Big Crown Records〉は、NYブルックリンを拠点としながら様々な国のヴィンテージなソウルやファンクを送り出している。2024年にアルバム・デビューしたジ・マーローズ(Thee Marloes)も、この数年で〈Big Crown〉屈指の人気グループとなった人たちだ。

インドネシア第2の都市として知られるスラバヤ出身の3人組で、デビュー・アルバム『Perak』のタイトルもスラバヤの貿易港にちなんだものだという。メンバーはボーカル/キーボードを担当するナターシャ・シアントゥリ(Natassya Sianturi)、ドラムのトミー・サトウィック(Tommy Satwick)、ギターやベースなど複数の楽器を操り、プロデュースやエンジニアリングも行うラカことシナティリヤ・ダッラカ(Sinatrya Dharaka)。グループ名には”Thee”を冠し、チカーノ・ソウルのようなメロウでスウィートな曲も歌い奏でるが、英語で歌う曲とインドネシアの言語で歌う曲があり、南国的なムードも漂わせながらエクレクティックな音楽をやっている。その音楽は狭義のソウル・ミュージックに止まらない。

2年ぶりのリリースとなる新作『Di Hotel Malibu』は冒頭の「Under The Silver Moon」からメロディアスでスムーズで、クラッシーと呼びたくなるようなエレガンスが全編に漂う。9月には2年ぶりのジャパン・ツアーも決定。今回はメンバーのナターシャとラカに、これまでの歩みと新作について話してもらった。なお、質問にあたっては、マーローズの音楽を初期から日本でサポートしてきたMUSIC CAMPのインタビューも参考にさせてもらった。

バンド結成秘話、6年間で激変した人生

―2020年にバンドを結成して今年で6年になります。新作『Di Hotel Malibu』には「6 Years」というタイトルの曲もありますが、この6年間はあなた方にとってどんな時間でしたか?

ナターシャ:この6年間で私たちの人生はすごく大きく変わったと思います。特に私はそうですね。ある時点で、音楽の人生を選ぶのか、それとも会社勤めを続けるのかを決めなければいけなかった。それで最終的に会社を辞めて、今は完全に音楽業界で活動しています。だから本当に人生が大きく変わりました。この数年で自分の進む道もはっきり見えてきた気がしています。これからもすべてが良い方向に進んでくれたらいいなと思っています。

―既にさまざまなメディアでお答えになっているかと思いますが、バンド結成の経緯を教えてください。

ナターシャ:トミーとラカは高校時代からの友達なんです。彼らは2020年より前にも一緒にバンドをやっていて、私も時々会ったりしていました。

ラカ:そう、俺たちが企画していたローカルのギグに彼女のバンドも出ていて、そこで出会ったんだ。当時は俺とトミーでイベントをオーガナイズしていて。そこから自分でいろんな音楽のデモみたいなものを作るようになって、最初は友達向けのコンピレーションみたいな感じでリリースしたいと思っていたんだ。曲は全部俺が作っていて、毎日のようにトミーと遊んでいたから、ドラムを演奏してくれって頼んで、それからタシャ(ナターシャ)に何曲か歌ってもらったんだ。

ナターシャ:それで「ちゃんとバンドを組んだら最高なんじゃない?」って思って今に至ります。

―バンド名は実在する"マーローズ"という村にちなんでいて、”Thee”をつけたのはミッドナイターズ(Thee Midniters)への憧れからだと聞いています。チカーノ(メキシコ系アメリカ人)ではないあなたたちが”Thee”をつけるのも面白いですが、それはやはりチカーノ・ミュージックに対する思い入れあってのことでしょうか?

ラカ:(マーローズという村は)確かヨーロッパのどこかだったと思う。正直、俺たちもよく分かっていなくて(笑)。元メンバーのビマが”マーローズ”っていう村か地域か郡の名前があるって言っていて。Googleで調べたら音楽に関係する(競合する)ものは何も出てこなかったから、「じゃあこの名前を使おう」ってなったんだよね。だから、実はそこまで深い意味はないんだ。”Thee”を付けたのは、当時の俺がミッドナイターズ(Thee Midniters)とか、いわゆるローライダー・ミュージックをたくさん聴いていたから。その頃、”Thee”を付けるバンドが結構いて、それがなんかかっこいいなと思ったんだよね。ただ、その時はそこまで深く考えていたわけじゃなかった。ローライダー・ミュージックとかチカーノ・ミュージック以外にもいろんな音楽を掘っていた時期だったし、もっといろんなサウンドを試していきたいと思っていた。だから、そこに完全に根ざしているという感覚ではないんだ。むしろ俺たちは、ソウルの影響はあるけど、基本的にはポップ・バンドでいたいと思っていた。

ナターシャ:いわゆる”ど真ん中のソウル”ではないというか。

ラカ:そうそう、完全なソウル・バンドっていう感じではないんだよね。

Photo by Raka Syahreza

多様なルーツと音楽観

―確かにマーローズの音楽は、ソウルだけでなく、ジャズ、ヒップホップ、ロックステディ、ラヴァーズロック、ヨットロックなど様々な音楽からの影響が感じられます。そこにアジアっぽさが加味されて、ヴィンテージな感触がありつつ現代的な音楽として成立させているあたりがユニークだなと感じているのですが、自分たちではどう思っていますか?

ナターシャ:難しい質問ですね(笑)。でも、私たちはただ自分たちが本当に好きなものを演奏しているだけなんです。アメリカのローライダー系の音楽だけじゃなくて、アジアの音楽もたくさん聴いているし、インドネシアの曲も聴いている。そういうもの全部が混ざって、今の私たちの音楽になっているんだと思う。あとは、自分たちが自然に心地いいと思えるやり方で演奏したいという気持ちがあって。だからこういう音楽になっているんじゃないかな。

ラカ:実際には、スタジオで演奏している空気感を、そのままレコードにも落とし込みたいと思っているんだ。だから無理に”ヴィンテージっぽくしよう”とはあまり考えていない。ヴィンテージ機材もそこまでたくさん使っているわけじゃなくて、使うとしても一部の楽器くらい。録音自体はかなり現代的なやり方でやっているんだ。だから、”60年代や70年代はこう録っていたから、俺たちもそうしよう”という感じではない。ただ、常に”スタジオで鳴っている音”みたいな感覚にはしたいと思っている。そういう感じかな。”アジアっぽい”って言ってもらえるのは面白いね。それってすごくクールだと思う。でも、”アジアっぽい”って、どういう意味なんだろう?

―それは日本側から勝手に抱いている”インドネシアっぽさ”でもあるのですが、例えば新作の曲で言うと「Harap Dan Ragu」や「Id Be Lost」が70年代のジャパニーズ・ポップスみたいに聴こえたんです。メロディやサビに至るまでの展開、コーラスの入れ方なんかですね。

ラカ:今回のアルバムでは、実は山下達郎のアルバムをかなり聴いていたんだ。だから(新作にも)自然とそういう要素が出てきたのかもしれない。

―そういえば、デビュー・アルバム『Perak』のアートワークが細野晴臣の『泰安洋行(Bon Voyage co.)』(76年)のジャケットに似た南国的な風合いだなと思っていたんです。

ラカ:そのアルバムは知ってるよ!すごくクールなアートワークだよね。細野晴臣の顔が載っていて、髭がかっこいい(笑)。彼の作品は素晴らしい作品ばかりだと思う。

―ステレオタイプな見方かもしれませんが、インドネシアというとダンドゥットやクロンチョンといった伝統的な大衆音楽を連想してしまうのですが、そうした音楽からの影響はあるのでしょうか?

ナターシャ:そこまで、という感じかな。

ラカ:ダンドゥットとかクロンチョンは、どうだろう……。そこまで強い影響ではないけど、昔のダンドゥットのアーティストでロマ・イラマという人(”ダンドゥットの王様”)がいて、彼のアルバムは本当に素晴らしい。70年代のファンクからの影響もかなり感じられて、ブラス・セクションの使い方なんかをダンドゥットという伝統音楽の中に落とし込んでいるんだよね。特に俺は、彼のギターのファズの音がすごく好き。今回のアルバムでもファズを使ううえでかなりインスピレーションになった。アレンジというより”音そのもの”に影響を受けた感じかな。だから昔のダンドゥットの音は好きだよ。70〜80年代のダンドゥットが好きで、現代のダンドゥットとはまた違うんだよね。

―インドネシアの音楽については最近だとモンド・ガスカロのような人をピンポイントで知っている程度でほとんど知識がないのですが、ライブでは確かブラック・ブラザーズ関連の曲をやっていましたよね。影響を受けている母国のアーティストがいましたら教えてください。

ラカ:ブラック・ブラザーズはパプアのバンドで(インドネシアの)別の島の出身なんだけどね。

ナターシャ:影響を受けたミュージシャンは本当にたくさんいて、たぶんラカと私でも、それぞれ全然違うアーティストを聴いていると思う。今回のアルバムでは、私はハッピー・プリティをすごく聴いていました。60〜70年代のシンガーなんですけど、声が本当に素晴らしくて、囁くように歌うんです。あの歌い方が本当に大好きで、このアルバムでもかなり影響を受けました。他にもたくさんいますけどね。

ラカ:現行の音楽で言うと、俺はソレ(Sore)っていうインドネシアのバンドが大好き。たしか2004年くらいから活動しているバンドかな。ソウルっぽいコード感とか、ヨット・ロック的なコードを扱うバンドなんだ。今のインドネシアでも、ああいうバンドは他にいないと思う。本当に似ている存在がいないんだよね。だから、俺にとってはソレかな。

ナターシャ:ソウルっぽい感覚をインドネシアで広めた存在だと思う。

〈Big Crown〉との出会い

―現在所属する〈Big Crown〉とは、そもそもどういう経緯で契約に至ったのでしょうか?

ナターシャ:最初はInstagramのDMで連絡をもらったんです。「曲を聴かせてくれない?」って。そこからデモを送るようになって、気づけば毎月、あるいは毎週のように電話する関係になっていって。それから〈Big Crown〉との契約をオファーしてもらったんです。本当に嬉しかった。というのも、2020年頃の私たちは〈Big Crown〉の作品をたくさん聴いていて、あのレーベルが大好きだったから。だから、自分たちにとっては本当に夢が叶ったみたいな感覚だった。

―〈Big Crown〉との契約前には、確かThee Marloes Rhythmという名義で、2020年に「Nanti」と2021年に「Love Potion」というシングルを自主リリースされていましたが、この頃にやっていた音楽と、後に〈Big Crown〉で出した作品と違う部分はどんなところでしょう?

ラカ:最初の2枚のシングルに関しては、曲は全部俺が作っていたんだ。トミーにドラムで参加してもらって、タシャにはピアノとボーカルを入れてもらった。でも、あの頃の2曲は、かなり意識的にレトロとかヴィンテージっぽい音にしようとしていたと思う。自分が影響を受けてきた音楽みたいなサウンドを作りたかったから。ただ、〈Big Crown〉で作ったアルバムでは、もっと自由にいろんなことを試そうとしていたし、そういう縛りをあまり持たないようにしていた。”こういう音にしなきゃいけない”とは考えなかった。ヴィンテージっぽくとか、レトロっぽくしようとも特に思っていなかった。でも、自然とそう聴こえる部分はあったと思う。やっぱり俺たちはあの時代のバンドが大好きだから、音楽への向き合い方が自然とそういう感じになったのかもしれない。でも、アレンジやサウンドに関しては、できるだけ壁を作らないようにしていたし、それは今回のアルバムでも同じだった。

―〈Big Crown〉から最初に出した2023年のシングル「Midnight Hotline」は、トミーとラカのジャム・セッションをベースに、アーメンブレイクにインスパイアされて作ったとも聞きました。マーローズの楽曲がどのように作られていくか、また、音作りにおいて心掛けていることがありましたら教えてください。

ナターシャ:(「Midnight Hotline」のことは)もう忘れちゃったでしょ?(笑)

ラカ:正直、忘れてた(笑)。でも「Midnight Hotline」のビートをジャムしていた時のことは覚えている。俺とトミーは90年代のダンス・ミュージック、特にドラムンベースとかジャングルをすごく聴いていたんだ。たしかその時、前日の夜にドラムンベースのパーティから帰ってきたばかりで、そこから「ドラムンベースっぽいものを作ってみよう」ってなったんだよね。ただ、コード感はもっと広がりのある感じにしたくて。あと、トミーはヒップホップがすごく好きだから、ヒップホップのブレイクやビートを取り入れて、それをバンドのサウンドとして鳴らす、みたいなことをよくやっていた。

ナターシャ:もっと生っぽい感じにね。

ラカ:そうそう、もっと生っぽく。それと、今回のアルバムのプロダクションに関しては、できるだけシンプルにしたかったんだ。アレンジを過剰に重ねたくなかった。

ナターシャ:楽器が本来持っている音を、そのまま自然に聴かせたかったんです。

ラカ:うん。タイトにしたかったというか、余計な要素を詰め込みすぎないようにしていた。「これで十分だよね」っていうところで止める感じかな。アレンジを必要以上に加工しないように意識したんだ。

『Di Hotel Malibu』が映し出す「等身大の姿」

―アルバムでは曲によって英語とインドネシア語を使い分けて歌っています。二か国語で歌うことにはどんな意味があるのでしょうか?

ナターシャ:どの曲をインドネシア語で歌うべきか、どの曲を英語で歌うべきか、なんとなく分かっていた感じで、自然に使い分けているんだと思う。特にラカはインドネシア語で書きたいことが多くて、それを英語に訳すとうまく機能しないんです。言い回しも違うし、意味合いも変わってしまうから。だから、そういう曲はインドネシア語で歌ったほうがいい。逆に英語で歌ったほうがしっくりくる曲もある。英語の響きで歌ったほうが良く聴こえる曲もあるんです。たぶん、そういう感覚ですね。

ラカ : あと、インドネシア語で言うとかっこよくならない場合もあるんだよね(笑)。だから、そういうのも自然に決まっていく感じかな。インドネシア語で歌詞を書くと、自分の言いたいことをよりはっきり説明できるし、感情もちゃんと表現できるけどね。

―新作『Di Hotel Malibu』は2年ぶりのアルバムですが、旅情をかきたてるこのアルバム・タイトルが何に由来するのか、アルバムのテーマ/コンセプトも含めて教えてください。

ナターシャ:『Perak』から2年が経って、その間に本当にいろんなことを経験しました。いろいろな国へ行ったし、ツアーもたくさんしたし、本当にいろんな出来事があったんです。だから、自分たち自身のこととか、自分たちの人生について、「どの道が正しいんだろう?」とか、「自分たちにとってベストな選択って何なんだろう?」って考える時期だった。そういう感覚が、この2ndアルバムには入っていると思う。「Hotel Malibu」っていうタイトルはラカのアイディアなんです。たしかアメリカ・ツアーから着想を得たんだよね?

ラカ:うん。でも、どちらかというとメタファーに近いんだ。すごく遠い場所、っていう意味合いかな。それがアルバム全体のアイディアにも繋がっている。アルバムのストーリーの一部は、ツアーや旅をしている時の経験から来ていて、歌詞もツアーの移動中に書いたものが結構ある。「Hotel Malibu」っていうのは、自分たちの故郷からすごく遠く離れた場所、そういうイメージなんだよね。

ナターシャ:自分たちのホームからどれだけ遠くに来ているか、ということを象徴している感じかな。

ラカ:だからこそ、いろんな問いが生まれてくる。歌詞の面では、やっぱり自分たちの人生について問いかける内容が多いかな。もう、すごく若いっていう年齢でもなくなってきたし、その中でいろんな疑問や迷いがある。

ナターシャ:大きな決断をしなきゃいけないこともたくさんあるし、そういうものが全部この作品に入っていると思う。

―前作『Perak』との違い、反対に『Perak』と変わらないものは何でしょう?

ラカ:リリックに関しては、やっぱり自分自身への問いかけやリマインダーみたいなものが多いと思う。音楽面では、このアルバムではあまり野心的になりすぎないようにしていたんだ。むしろ、前より肩の力を抜いて作ろうとしていた。ツアー中のサウンドチェックで自然に音が鳴っている感じとか、そこでやるジャム・セッションみたいな空気感をそのまま作品にしたかった。実際、そのジャム・セッションから生まれた曲も何曲かある。だから、アレンジも必要以上に作り込みすぎないようにしていた。

ナターシャ:私たちは、その”自然な感じ”がすごく好きなんです。

ラカ:でも、その中でも新しい楽器を入れたり、新しいアプローチは試している。だから少し違って聴こえる部分もあると思う。特にタシャの歌い方は、前作とはかなり違うんじゃないかな。

ナターシャ:それも、ラカが言った「自然な感じにしたい」っていう感覚と繋がっているんです。今回は、以前みたいに大きなヴィブラートを効かせたり、すごく歌い上げたりするんじゃなくて、もっと話しかけるように歌いたかった。だから、もっとリラックスして、歌詞そのものをちゃんと伝えることを意識していたんです。そのほうが、聴いている人にも、その時の私たちの感情が伝わる気がして。だから今回は、リスナーと会話するような感覚で歌いたかった。

ラカ:1stアルバムの時はビートもデモも全部かなり出来上がった状態でスタジオに持ち込んでいた。でも今回は、アルバムの60%くらいをスタジオの中で作った。ベーシストとレッサ(Rhesa Filbert)とパーカッショニストのサンディ(Sandy Kusuma Ridi)たちと一緒に、その場で形にしていったんだ。俺はアイディアとかラフなデモだけ持っていって、録音しながら曲全体を新しく組み立てていった。だから作り方は1stとはかなり違っていたと思う。

―楽器としては、エレキシタール、グロッケンシュピール、ギロ、ヴィブラフォンなどの音も聞こえてきますが、今回、新たに導入した楽器は何でしょう?

ラカ : 安いエレキ・ギターを改造して、自分でDIYのカスタム・エレクトリック・シタールを作ったんだ。あとは、ツアー中におもちゃみたいなグロッケンシュピールをいくつか手に入れて、それをそのまま使ったりした。

ナターシャ:ラカは、グロッケンシュピールを日本、インド、アメリカでそれぞれ買っていて、3台持っているんです(笑)。なんでそんなに集めているのか分からないけど。

ラカ:もっと欲しいんだよね(笑)。

「ホームみたいな場所」日本への愛

―ソングライターのクレジットにはメンバー3人の他に〈Big Crown〉の共同設立者であるダニー(Danny Akalepse)の名前もあります。ダニーと共作した曲はアップ・テンポが多いなとも感じたのですが、メンバー3人で書いたものと何か違いがあるのでしょうか?

ラカ:ダニーは俺たちの英文法を直してくれたんだ(笑)。俺たちの英語の文法は、かなりひどいから。だから、アップテンポだから共作したとか、そういう深い理由ではないんだよね。どちらかというと、英語詞をもっと自然で意味の通るものにしてくれていた、という感じかな。

ナターシャ:それが本当にすごいんです。彼は本当に魔法みたいで。私たちが言いたいことをちゃんと理解してくれるんです。たとえ私たちの表現がちょっと遠回しだったり、英語にすると違う意味になってしまいそうな時でも、「本当はこう言いたいんでしょ?」ってちゃんと分かってくれる。それに、制作の全プロセスを通して本当にたくさん助けてくれたし、すごくいいエネルギーや、新しいリファレンスも与えてくれた。

ラカ:それに、彼はいつも曲やストーリーに新しい視点を持ち込んでくれるんだ。だから、彼が歌詞に関わった曲には新しいエネルギーが生まれていると思う。

Photo by Raka Syahreza

―クレジットには「Tommy Satwick」と「Tommy Satrio Wicaksono」という名前があるのですが、これは両方ともメンバーのトミーさんですよね?

ラカ:同じ人物だよ。ただ短縮した名前にしているだけ。

ナターシャ:そうそう、”Satwick”は”Satrio Wicaksono”を短くした名前なんです。本人がああいうの好きなのよね(笑)。トミーらしいというか。

―ナターシャさんは幼稚園の頃から聖歌隊に所属していて、クワイアと共演したミュージック・ビデオ(「Love Potion」)も公開されていましたが、聖歌隊で歌っていたことはシンガーとして活動していく中で大きな影響になっていますよね?

ナターシャ:うん、かなり影響していると思う。聖歌隊って、歌うための身体づくりとか、声を鍛えることにすごく厳しいんです。だから、そういう感覚は今でもずっと残っている。特にツアー中はそうですね。ツアーって毎日続くし、朝起きて、また歌って、夜遅くまでやって、それでも次の日にはまた仕事みたいに続いていく。だから、規律を持つことが本当に大事なんです。ミュージシャンって、ちゃんと自己管理しなきゃいけないから。そういうことは全部、聖歌隊から学んだと思う。だから、聖歌隊のみんなには感謝しています。

―9月には2年ぶりのジャパンツアーも控えていますね。同行するメンバーは前回の来日公演と同じメンバーですか?

ラカ:日本公演には、たぶんフルート奏者も連れていくと思う。

ナターシャ:そう、今回はフルートも入る予定。あとのメンバーは同じです。

―ライブを楽しみにしています。

ナターシャ:日本は私たちにとってホームみたいな場所なんです。2年前に日本でやったライブは本当に素晴らしい経験だったし、今でも音楽人生の中で最高の瞬間のひとつだと思っている。だから、私たちの音楽を聴いてくれて、いつもサポートしてくれて、本当にありがとう。この2年間で経験してきたことを、今度はライブとしてみんなに届けられるのが本当に楽しみなんです。早く日本に戻りたい!

ジ・マーローズ

『Di Hotel Malibu』

発売中

再生・購入:https://silentrade.ffm.to/thee-marloes-di-hotel-malibu-album

Thee Marloes Japan Tour 2026

2026年9月4日(金) 高知 X-Pt.

2026年9月5日(土) 大阪 Socore Factory

2026年9月6日(日) 岐阜 Ants

2026年9月8日(火) 東京 代官山 晴れ豆(晴れたら空に豆まいて)

2026年9月9日(水) 東京 渋谷 WWW X

チケット・詳細:https://m-camp.net/

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