
大谷翔平の二刀流のすごさは、投手成績と打撃成績を別々に見ても伝わる。だが、一試合の中でその両方が極限まで発揮されたとき、異常性はさらに際立つ。筆者は「6回以上、奪三振10以上、無失点、かつ本塁打」を「オオタニ」と定義した。21世紀以降の日米球界で、この達成難易度MAXの記録を成し遂げた選手を探る。(文:ニコ・トスカーニ)
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筆者が提唱する達成難易度MAXの「オオタニ」とは
投手・大谷翔平(ドジャース)がここまで好成績を残している。5月13日(日本時間14日)時点においてメジャー全体トップの防御率0.82、開幕7登板全てで6回以上、5安打以下、2失点以下を継続しており、奪三振率10.23、被打率.161、WHIP 0.82と圧倒的な数字が並ぶ。
一方で、打撃の状態が上がり切っていないこともあり、二刀流出場回避が続いていることからも、いかに投打の両立が難しいかがわかる。筆者含む大谷の投打両方でのパフォーマンスを期待していたファンは少々残念に感じただろうが、二刀流出場は身体に高負荷がかかることが想像に難くない。本人も首脳陣もフロントもよく考えたうえでの起用なのだろう。
そうした状況でより際立つのが、昨年(2025年)のナ・リーグ優勝決定シリーズでの活躍だ。10月17日に行われたミルウォーキー・ブリュワーズとの同シリーズに「1番・投手兼DH」で出場した大谷は6回0/3、奪三振10、無失点、3本塁打の異常なパフォーマンスを見せ、ブリュワーズを投打で粉砕した。
100球未満で完封することを「マダックス」と言うが、以降、筆者は「6イニング以上投げて10奪三振以上し無失点に抑え1本塁打以上を打つ」のを「オオタニ」と呼ぶことにしている。「オオタニ」を達成するには“高い奪三振能力を持った制圧的な投手能力”と“長打を量産する破壊的な打者能力”を両立させなければならない。達成難易度は極めて高く、大谷を含め近代野球史においてそんな存在は殆どいない。現役選手では大谷ぐらいしか該当例がおらず、まさに「オオタニ」は大谷のための指標と言えるだろう。
では実際のところ「オオタニ」を大谷はどれほど達成しているのだろうか?また、大谷以外に達成した選手はどれほどいるのだろうか?
※あまり古い例と比較しても意味が無いため、調査対象は21世紀以降の例に限っていることをお断りしておく。
MLBでも希少すぎる「オオタニ」だが…達成例は“あり”
調べてみたところ、大谷以外にもMLBの現役選手で「オオタニ」を達成した例が少なくとも1例確認できた。
[caption id="attachment_262200" align="alignnone" width="1200"] 達成当時のジェイコブ・デグロム【写真:Getty Images】[/caption]
ジェイコブ・デグロム(レンジャーズ)がニューヨーク・メッツに在籍していた2019年に4月3日のワシントン・ナショナルズ戦で7回・14奪三振・無失点、1本塁打で「オオタニ」している。2019年のデグロムは打撃好調でキャリアハイのシーズン2本塁打、打撃だけでWAR0.6を稼いでいた。本職の投手でもサイ・ヤング賞を2年連続で受賞しており、投打ともに絶好調だったことがわかる。
デグロムは翌年から故障がちになってしまったが、2021年シーズンも0本塁打ながら打率.364を記録し打撃だけでWAR0.6を稼いでいる。現在のMLBはア・リーグ、ナ・リーグ共にDH制になってしまったため、今後デグロムが打席に立つ機会はまず無いであろうことが少々残念だ。
大谷よりも「オオタニ」した投手は?
1度でも達成の難しい「オオタニ」だが筆者が調べた限り、21世紀以降の選手で複数回達成している選手が一人いた。サンフランシスコ・ジャイアンツなどで活躍したマディソン・バムガーナー氏である。投手でありながら度々代打で起用されるほど打撃に優れていたバムガーナー氏はジャイアンツに所属していた2015年、8月16日のナショナルズ戦で投げては14奪三振完封、打っては3打数2安打1本塁打2打点で見事な「オオタニ」を達成している。
バムガーナー氏は翌年6月2日のアトランタ・ブレーブス戦でも7回2/3・11奪三振・無失点、1本塁打2打点で2年連続のオオタニを記録する偉業を成し遂げている。2015シーズンのバムガーナー氏は投手としてサイ・ヤング賞投票で6位に入る活躍だったが、打撃でもシルバースラッガー賞を受賞しOPS+は100を超えていた。投手でありながらリーグの平均的な打者以上の攻撃力を有していたということになる。
あまりにも打つため、インターリーグでわざわざDH制を解除してバムガーナー氏を打席に立たせる作戦が取られたことがある。2016年6月30日、バムガーナー氏はアスレチックスとのインターリーグにDHを解除して9番投手で出場し、二塁打を打ち1得点を記録している。高い投手能力と投手としてはオーバースペックな打撃力を有した異能と言えるだろう。
[caption id="attachment_262200" align="alignnone" width="1200"] 達成当時のマディソン・バムガーナー【写真:Getty Images】[/caption]
他、21世以降に活躍した打撃自慢の投手たち(ザック・グレインキー氏、カルロス・ザンブラーノ氏、マイク・ハンプトン氏、ジェイク・アリエッタ氏など)の通算成績を調べてみたが結局、彼らもオオタニは未達成であり、オオタニがいかに高難易度であるかがよくわかる。
さて、肝心なところだが意外なことに大谷本人の「オオタニ」は、MLBレギュラーシーズンでは現時点で未達成だった。惜しかった試合は何度かあり、特にロサンゼルス・エンゼルスに所属していた2023年、6月27日のシカゴ・ホワイトソックス戦は、打者として自ら2本塁打を放ちながら、6回1/3、奪三振10、失点“1”で、非常に価値のある「オオタニ未遂」だった。
NPBではさらに希少な「オオタニ」達成例
かなり探したがNPBで現役選手がオオタニを達成した例は1例しか見当たらなかった。達成者は他ならぬ大谷翔平本人である。
大谷は北海道日本ハムファイターズに所属していた2016年7月3日、福岡ソフトバンクホークスとの一戦に「1番・投手」で先発出場し、8回、奪三振10、無失点、1本塁打を記録し正真正銘大谷本人による「オオタニ」の達成となった。この試合の大谷が放った本塁打は初回先頭打者本塁打で、2-0のロースコアだったため結果的に大谷の本塁打が決勝点となった。初回先頭打者で決勝本塁打を放ち、自ら長いイニングを無失点に抑えて勝利に貢献する選手など現代野球の常識では考えられない。この一試合だけでも大谷の異才振りが嫌と言うほどわかる。
[caption id="attachment_262200" align="alignnone" width="1200"] 達成当時の大谷翔平【写真:産経新聞社】[/caption]
NPB現役選手で惜しかった例なら他にもある。2022年6月3日の東京ヤクルトスワローズ×埼玉西武ライオンズで小川泰弘(ヤクルト)が8回、無失点、1本塁打も、奪三振6だった。他、現役選手だと今季からNPBに復帰した前田健太(楽天)が広島に所属していた2008年に9月28日のヤクルト戦で7回、無失点、1本塁打だったが奪三振は1だった。打撃のいい前田はMLBでもロサンゼルス・ドジャース時代にオオタニ未遂を達成している。2016年4月6日のサンディエゴ・パドレス戦に先発した前田は6回、無失点、1本塁打だった。だが、奪三振は4で惜しくも「オオタニ」とはならなかった。
記録を振り返ると、NPBは打者が三振を嫌い長打よりコンタクトを重視する文化があるのか「オオタニ未遂」は奪三振不足が多い印象である。過去のノーヒッター記録を振り返ると、奪三振が一桁の試合がかなり多い。堀内恒夫氏は巨人に所属していた1967年10月10日の広島戦でノーヒッターを達成し、自ら3打席連続本塁打を放ったが奪三振はわずかに3だった。江夏豊氏は阪神タイガースに所属していた1973年8月30日にノーヒッターを達成し、自らサヨナラ本塁打を打ったが11回を投げて奪三振は7だった。
MLBと比較して「オオタニ」の達成例が少ないのはチーム数と総試合数に大きな差があるため、単純に分母が大きく違うというところが一番大きいのではと思うが、三振を嫌う日本のスタイルもある程度影響があるのかもしれない。MLBでは2025年までに延べ320回のノーヒッターが記録されており、そのうち奪三振数の記録がある269回のうち二桁奪三振は63回ある。NPBでは2025年までに延べ103回のノーヒッターが記録されているが、そのうち二桁奪三振は18回しかない。割合的にはMLBが23.4%でNPB17.4%である。分母がそれなりに大きいので、これは日米でのスタイルの差を表す一例と言えるかもしれない。
[caption id="attachment_262200" align="alignnone" width="1200"] 達成当時の川上憲伸【写真:産経新聞社】[/caption]
NPBで21世紀以降の大谷以外の「オオタニ」達成例をかなり探したが、1例だけ確認できた。川上憲伸氏が中日ドラゴンズに所属していた2004年当時、5月15日の横浜戦で13奪三振完封、1本塁打を記録している。試合は2-0のロースコアで川上氏の打った2点本塁打がそのまま決勝点になった。21世紀における大谷以外の数少ない「オオタニ」の見事な達成例である。投手ながら打撃の良かった川上氏はアトランタ・ブレーブス時代に2度代打で起用されたことがある。(結果は二度とも三振だった)
セ・リーグも来年(2027年)からDH制が導入されるため、NPBでも今後オオタニの達成者が出る可能性は限りなく低い。柴田獅子(日本ハム)らが成長して本格的な二刀流をやるか、大谷がまだ力のあるうちにNPBに復帰でもしない限り、今後新たな達成者は出ないだろう。
【著者プロフィール】
ニコ・トスカーニ
大学卒業後、IT技術者をしながら「ニコ・トスカーニ」のペンネームでカルチャー系の兼業ライターとして活動。また共同制作者、脚本家として神谷正倫名義で『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の3本の劇場公開作がある。FanGraphsのデータを確認するのが趣味で、好きが高じて野球の原稿も時折手掛けている。
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【了】