
埼玉西武ライオンズの平沢大河内野手が、連日の活躍で注目を集めている。2015年の入団以来、期待されながらもなかなか殻を破れずにいたが、プロ11年目を迎えた今季は飛躍の気配を漂わせている。プロの世界では、早くから脚光を浴びる選手がいる一方で、長い下積みを経て花開く“遅咲き”の選手も少なくない。そこで今回は、高卒でプロ入りし、入団10年目以降にブレイクを果たした6人を紹介する
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山﨑武司
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 1996年の山﨑武司(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:182cm/100kg
・生年月日:1968年11月7日
・経歴:愛工大名電高
・ドラフト:1986年ドラフト2位
幾多の困難を乗り越え、プロ通算403本塁打を積み重ねた山﨑武司は、プロ10年目にブレイクした1人だ。
愛知・愛工大名電高から地元球団の中日ドラゴンズに入団。将来の大砲として期待されたが、入団後しばらくは2軍生活が続き、1軍に定着できない日々を過ごした。
それでも1995年に16本塁打を放つと、プロ10年目の1996年に覚醒。松井秀喜(元・巨人)、大豊泰昭(元・中日)との激しいタイトル争いを制し、39本塁打で自身初となる本塁打王を獲得した。
その後は浮き沈みもありながら、2005年に東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。再び輝きを取り戻すと、39歳となる2007年、キャリアハイの43本塁打を記録した。
決して順風満帆とは言えない野球人生だったが、最後は古巣の中日で現役生活を終えた山﨑。多くのファンから支持される選手だった。
畠山和洋
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 2015年の畠山和洋(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:180cm/96kg
・生年月日:1982年9月13日
・経歴:専大北上高
・ドラフト:2000年ドラフト5位
プロ11年目に本格ブレイクを果たしたのが、東京ヤクルトスワローズでプレーした畠山和洋である。
岩手・専大北上高から入団した畠山は、プロ2年目にイースタン・リーグで本塁打と打点の二冠に輝くなど、早くから持ち前の長打力を発揮していた。しかし、1軍では結果を残せないシーズンが続いていた。
それでも2008年、初めて規定打席到達を果たし、9本塁打をマーク。そしてプロ11年目の2011年に23本塁打、85打点の成績でオフに大幅昇給を勝ち取った。
翌年以降は不振にあえぐ時期もありながら、2014年に初の規定3割(.310)をマーク。また、2015年にキャリアハイの26本塁打を放ったうえ、105打点で打点王にも輝いた。
晩年はケガに悩まされ、完全復活を目指したものの2019年限りで引退。それでも、2015年のリーグ優勝の立役者として、ヤクルトファンの記憶に残り続けるだろう。
安部友裕
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 2017年の安部友裕(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投左打
・身長/体重:181cm/88kg
・生年月日:1989年6月24日
・経歴:福岡工大城東高
・ドラフト:2007年高校生ドラフト1巡目
広島東洋カープの3連覇に大きく貢献した安部友裕。ドラフト1巡目での入団だったが、活躍までの道のりは平坦ではなかった。
福岡・福岡工大城東高からプロ入りした安部は、長らく2軍での下積みが続いた。中でも2009年はファームで53試合に出場するも、打率.103とプロの壁にぶつかっていた。
2011年から1軍での出場機会を獲得。しかし、打撃が課題となり、代走や守備固めでの起用がメインに。レギュラー定着には至っていなかった。
それでも2016年、規定未満ながら打率.282の成績を残し、プロ10年目の2017年に躍進。初の規定打席に到達すると、打率.310、17盗塁という見事なパフォーマンスを見せた。
まさに大器晩成を体現した安部だったが、規定打席に到達したのは2017年のみ。それ以降は若手の台頭もあって出場機会が減少し、2022年にユニフォームを脱いだ。
福田永将
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 2017年の福田永将(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:181cm/90kg
・生年月日:1988年7月23日
・経歴:横浜高
・ドラフト:2006年高校生ドラフト3巡目
華麗なホームランで観客を沸かせた福田永将も、プロ10年目以降にブレイクした選手だ。
神奈川・横浜高で高校通算49本塁打を放ち、強打のキャッチャーとして中日ドラゴンズ入り。ファームでは打率3割超えのシーズンもあったが、1軍には定着できていなかった。
崖っぷちとも言える状況の中、プロ入り10年目の2016年、1軍で10本塁打を記録。シーズン終盤には4番を任されるなど、チームに欠かせない存在に成長した。
さらに翌2017年には、規定未満ながら18本のアーチを描き、和製大砲としての地位を確立。2018年にキャリア最多となる133試合に出場すると、自身初となる規定打席到達を果たした。
2016年から4年連続の二桁本塁打を記録した一方、ケガや打撃の不調に苦しみ、2020年からは本来のパフォーマンスを発揮できず。それでも、苦労の末に花開いた福田の活躍ぶりは、多くのファンの記憶に刻み込まれているはずだ。
嶋重宣
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 2004年の嶋重宣(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・身長/体重:181cm/95kg
・生年月日:1976年6月16日
・経歴:東北高
・ドラフト:1994年ドラフト2位
「赤ゴジラ」としてその名を轟かせたのが、広島東洋カープと埼玉西武ライオンズでプレーした嶋重宣である。
宮城・東北高から投手登録で入団した嶋。しかし、投手として活躍できないまま、1999年に野手転向を決断した。
プロ9年目の2003年、1軍出場はわずか2試合にとどまり、厳しい状況に立たされていた。ところが、背番号を55に変えて挑んだ2004年に才能が開花。137試合で打率.337、32本塁打の大暴れを見せた。
同年は首位打者に加え、189安打で最多安打のタイトルを獲得。広島の主軸として翌年は打率.287、27本塁打の数字を残したが、2007年は大不振に。それでも2008年に復活するなど、長く活躍を続けた。
2012年の開幕前にトレードで西武へ移籍し、2シーズンプレー。2013年に現役生活を終えた。
福地寿樹
[caption id="attachment_263362" align="aligncenter" width="1200"] 2008年の福地寿樹(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投両打
・身長/体重:184cm/85kg
・生年月日:1975年12月17日
・経歴:杵島商
・ドラフト:1993年ドラフト4位
プロ15年目に大ブレイクを果たした福地寿樹。移籍による環境変化が功を奏した一例だ。
ドラフト4位で広島東洋カープに入団したが、思うように出場機会が増えず。一方、2003年には20盗塁を成功させるなど、持ち味の俊足でアピールを続けていた。
トレードで西武ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)に移籍すると、出場試合数が飛躍的に増加。2007年には初の100試合以上(117試合)に出場し、打率.273と一定の成績を収めていた。
そして、大きな飛躍を遂げたのがプロ15年目の2008年。東京ヤクルトスワローズへ移籍した福地は、規定打席に到達して打率.320、さらに42盗塁の成績。盗塁王のタイトルを獲得すると、2009年も盗塁王に輝いた。
2010年以降は出場機会が減ったものの、ヤクルトでの働きはまさに大器晩成を体現した実例と言える。