昨今の中東情勢の緊迫化を背景に、ニュースでよく耳にする「ホルムズ海峡封鎖」というワード。資源が滞るリスクがあることは理解していても、具体的に何が問題なのかは意外と知られていないのではないでしょうか。

本稿では、「資源」の視点から人類の歴史をひもとく『2時間 de 資源史』(秀和システム新社)より、ホルムズ海峡封鎖が世界に与える影響について紹介します。

価格を担う石油の急所

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シェール革命(※)によりアメリカは「エネルギー自立」を達成しました。しかし、これで「中東の石油」が重要でなくなったかというと、まったくそんなことはありません。なぜなら、アメリカは自立しても、アメリカの同盟国である日本、韓国、そしてヨーロッパ諸国は、依然として中東の石油に依存しきっているからです。そして、世界最大の石油「輸入国」の座は、アメリカから「中国」に取って代わりました。

中国もまた、その輸入の大半を中東に頼っています。中東、特にペルシャ湾岸地域は、現在もアジアとヨーロッパの「生命線」であり続けています。そしてこの生命線には、たった一つの「急所(チョーク・ポイント)」が存在します。

それが、ペルシャ湾とインド洋(オマーン湾)を繫ぐ、幅わずか数十キロの狭い海峡、「ホルムズ海峡」です。世界の石油(海上輸送)の約3分の1、LNG(液化天然ガス)の約4分の1が、この狭い水路を通過しています。もし、このホルムズ海峡が何者かによって「1日」封鎖されたら? 世界の石油供給の3分の1が止まり、原油価格は即座に1バレル=200ドル、300ドルへと際限なく跳ね上がり、世界経済は瞬時に破滅的な打撃を受けます。

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そして、この「世界経済の首を絞める」ことができる位置に陣取っている国こそが、サウジアラビアの最大の宿敵であり、アメリカが「ならず者国家」と呼ぶ、イラン共和国です。シーア派の盟主であるイランは、湾岸戦争以来、アメリカを中心とする西側諸国から厳しい経済制裁を受けてきました。特にアメリカが2018年に「イラン核合意」から一方的に離脱し、イラン産原油の「全面禁輸」という、事実上の経済戦争を仕掛けて以降、両国の緊張は一触即発の状態が続いています。

追い詰められたイランに残された、最強の「ジョーカー」が、このホルムズ海峡の「軍事封鎖」です。イランは、海峡を封鎖する能力(機雷、高速艇、対艦ミサイル)を誇示し続けており、これが西側諸国にとって最大の脅威となっています。現代の原油価格が、中東の地政学リスクと常に連動しているのはこのためです。

●イランが支援するイエメンの反政府勢力が、サウジアラビアの石油施設をドロ ーンで攻撃した(2019年)

●ホルムズ海峡付近で、謎の勢力が、日本のタンカーを含む複数の石油タンカー を攻撃した(2019年)

●アメリカが、イランの英雄であるソレイマニ司令官をイラクで暗殺した(2020年)

こうした事件が報じられるたびに、市場は「ホルムズ海峡封鎖」のリスクを瞬時に織り込み、原油価格は急騰します。シェール革命後、中東におけるアメリカの存在感は低下傾向にありますが、この「世界最大の火薬庫」の安定は、今やアメリカ以上に、中国や日本にとっての死活問題となりつつあるのです。

脱炭素と石油メジャーの戦略転換

「アメリカvs OPECプラス」の価格戦争。
「サウジアラビアvsイラン」の地域覇権争い。

21世紀の石油地政学が、これまでのプレイヤーたちによる「覇権戦い」であることに変わりはありません。しかし、この戦いルールそのものの存続を脅かす、まったく新しい外部要因が登場しました。

「脱炭素」です。

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地球温暖化という、人類全体の存続に関わる危機に対し、世界は「パリ協定(2015年)」の下、「化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の時代」を終わらせ、「再生可能エネルギー(太陽光、風力)」の時代へ移行することを決めました。

これは、石油産業にとって、エジソンが電球を発明した時(灯油時代の終わり)とは比較にならない、まさに「産業の死」を宣告されたに等しい事態です。この「脱炭素」という巨大な圧力に対し、かつて世界を支配した「セブン・シスターズ」の後継者たち(エクソンモービル、シェブロンなど)の戦略は、真っ二つに分かれました。

(1)ヨーロッパ型:「脱・石油」戦略

彼らは、自らを「石油会社」から「総合エネルギー会社」へと変貌させる道を選びました。「2050年までにネットゼロ(排出実質ゼロ)を達成する」と宣言し、採算の悪い油田を売却する一方で、巨額の資金を「洋上風力発電」「太陽光発電」「電気自動車(EV)の充電ステーション」といった、再生可能エネルギー分野の投資に振り向けています。これは、自らの「過去」を否定し、「未来」に賭ける戦略です。

(2)アメリカ型:「石油・ガス」残留戦略

彼らは、ヨーロッパ勢に比べて「脱炭素」にはるかに懐疑的です。「世界がネットゼロを目指したとしても、現実問題として石油とガスは今後数十年、絶対に必要だ」という立場を取り、中核事業である石油・ガスの開発を(効率化しつつ)継続する道を選びました。彼らが「環境対策」として投資するのは、再生可能エネルギーではなく、「CCS(二酸化炭素回収・貯留)」――つまり、石油やガスを使い続けた結果出るCO2を、集めて地中に埋める、という技術です。

一方で、サウジアラビア(アラムコ)やロシア(ガスプロム、ロスネフチ)といった「国営石油会社」は、まったく異なる戦いを戦っています。彼らにとって、石油・ガス収入は「国家予算そのもの」であり、「脱炭素」は自国の「破産」を意味しかねません。

彼らの戦略は、「石油が『価値ある資産』であるうちに、できるだけ多く採掘し、最大限の利益を上げること」。そして、その利益を、石油が売れなくなる「未来」に備え、自国の経済を(金融や観光、ハイテク産業など)多角化するための原資にすることです(サウジアラビアの「ビジョン2030」など)。

20世紀の石油の歴史が、「いかに多く、安く石油を見つけ、支配するか」の戦いだったとすれば、21世紀の石油地政学は、「いかに価格革命やライバルとの価格戦争を生き抜くか。いかにホルムズ海峡のような急所を守り切るか。そして『脱炭素』という時限爆弾が爆発する前に、いかに賢く売り逃げるか」という、遥かに複雑で、終わりが近づきつつある「最後の戦い」なのです。

※2000年代まで、石油は「ピークを迎えて減る」と考えられていたが、アメリカで新しい採掘技術が発展。これにより、それまで採れなかった地下の岩(シェール層)から石油やガスを大量に取り出せるようになった。

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監修:村山 秀太郎
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