ドノヴァン生誕80周年 サイケ名盤から幻の『ライヴ・イン・ジャパン』まで黄金期の軌跡を辿る

ドノヴァンのデビュー60周年および生誕80周年を記念し、60年代の名盤5タイトルと、長らく復刻が待たれていた『ライヴ・イン・ジャパン1973』が紙ジャケットCDで一挙再発。唯一無二のシンガーソングライターが歩んだ黄金時代を、荒野政寿(シンコーミュージック)が解説する。

フォーク歌手からサイケ・ポップの旗手へ

今年の5月10日で80歳になるドノヴァン。昨年デビュー60周年を迎えたスコットランド出身の大ベテラン・シンガーソングライターは、今も現役で活躍中だ。2022年のアルバム『Gaelia』は旧友のデヴィッド・ギルモアが客演して話題になったことが記憶に新しい。昨年は10月に60周年記念コンサートをロンドンのリッチモンド・シアターで開催したほか、パリで若いヒップホップ・アーティストと「秘密のレコーディング」をしたと公言しており、好奇心旺盛な気質は今も不変。記念すべき年に、あっと驚く新曲を届けてくれる可能性は高そうだ。

また昨年末には、長年お蔵入りになっていた1990年録音のロック・アルバム『what's a girl』を配信オンリーで初めて公式リリースして、ファンを驚かせたばかり。セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズ(!)や、ロバート・プラントの相棒としてお馴染みだったギタリストのロビー・ブラント、ジム・ケルトナーらが参加した同作は、リック・ルービンがプロデュースした1996年のカムバック・アルバム『Sutras』(レッド・ホット・チリ・ペッパーズに在籍していた時期のデイヴ・ナヴァロが客演)以前の空白の時期に、ドノヴァンが意外にもロックンロール/パワーポップ路線を試していたことを証明する内容で、もっと騒がれていい音源だと思う。

アイルランド人の祖母を持ち、フォーク・ソングに親しみながら育ったドノヴァン少年は、やがてビートニクのカルチャーに憧れ、ウディ・ガスリーやランブリン・ジャック・エリオットといったアメリカのフォーク歌手たちに影響されながら弾き語り歌手として経験を積んでいく。1965年2月に発売されたデビュー・シングル「Catch The Wind」はイギリスでトップ10入りし、全米でも23位まで上昇。即座に飛びついたマスコミによって〈イギリスのボブ・ディラン〉というレッテルを貼られることにもなったが、続く1stアルバム『What's Bin Did And What's Bin Hid』(1965年:全英3位)はバンド編成の曲を含み、ジャジーな「Cuttin' Out」などに早くも変化の兆しが窺える。同作にはディランのUKツアーを記録したドキュメンタリー『ドント・ルック・バック』でドノヴァンがディランに歌いかける「To Sing For You」や、ウディ・ガスリーのカバー「Car Car」も収められており、彼の過去と未来がクロスするようなアルバムだった。

のちにヴァン・ダイク・パークスが取り上げる初期の代表曲のひとつ「Colours」から始まる2枚目のアルバム『Fairytale』(1965年)は、バート・ヤンシュの「Oh Deed I Do」をカバーする一方、オリジナル曲もフィンガーピッキングが光る「The Summer Day Reflection Song」など、当時のブリティッシュ・フォークの潮流に寄り添う傾向の曲が増えてくる。ジャジーなアレンジが印象的な「Sunny Goodge Street」はジュディ・コリンズやマリアンヌ・フェイスフル、トム・ノースコットなどがこぞって取り上げた名曲。USフォークの影響を脱して、自身のスタイルを見出し始めた時期の転換点となるアルバムだ。

そして今回、初の紙ジャケ化が実現した1966年〜69年のオリジナル・アルバムは、所属レーベルの移籍を機に、ドノヴァンがフォーク歌手からサイケ時代のポップ・スターへと飛躍すると同時に、同時代のアーティストたちを刺激した、ロック史的に見ても重要な作品ばかり。フォーク・シンガーというイメージが強いドノヴァンが、2012年に割と早く「ロックの殿堂」入りを果たしたのも、きっとこの時期の貢献を評価されてのことだろう。

『Sunshine Superman』(1966年)

ヒットメイカーのミッキー・モストがプロデュースした最初のアルバム『Sunshine Superman』は、モスト人脈のスタジオ・ミュージシャン、ジョン・ポール・ジョーンズやジミー・ペイジがタイトル曲に参加。ハープシコードの響きと、ギターのヴォリューム奏法が醸し出す怪しげなムード、催眠的なフレーズの反復に、ドラッグによるトリップの暗喩と思われる謎めいた歌詞がマッチした「Sunshine Superman」は、全米シングルチャートでNo.1を獲得した。サイケ・ポップ時代の幕開けを象徴する曲のひとつだ。クラシカルな編曲の「Legend Of A Girl Child Linda」がある一方、ショーン・フィリップスが弾くシタールをフィーチャーした「Three King Fishers」や「Ferris Wheel」「Guinevere」は、いわゆるアシッド・フォークの雛形と言える。また、「Celeste」の音響やアレンジに、翌67年に発売されるヴェルヴェット・アンダーグラウンド『The Velvet Underground And Nico』との類似点を見つけることも可能だろう。

この『Sunshine Superman』には、ロック史的に看過できない重要な曲が2つある。まだブレイクする前のジェファーソン・エアプレインが歌詞に登場する「The Fat Angel」は、のちにエアプレインがライブ盤『Bless Its Pointed Little Head』(1969年)でカバー、英米シーンの交流と相互影響を示す、忘れられない曲となった。

もう1曲は、言うまでもなく「Season Of The Witch」だ。ブライアン・オーガー&ザ・トリニティが『Open』(1967年)でカバーしたほか、アル・クーパーがプロデュースした『Super Session』(1968年)には11分に拡大した強力なバージョンが収録され、”ジャム・セッション”の定番曲として愛されるようになる。日本のニューロック勢にも甚大な影響を与えた曲だ。

『Mellow Yellow』(1967年)

引き続きミッキー・モストがプロデュースした『Mellow Yellow』は、シタールをたっぷりフィーチャーしていた前作のインド色が後退。前作はLAでレコーディングした曲が多かったが、今回は全曲をロンドンで録音したせいか、スウィンギング・ロンドンの香りが「Bleak City Woman」や「Sunny South Kensington」、ハーマンズ・ハーミッツが取り上げる「Museum」、そしてタイトル曲「Mellow Yellow」に横溢している。そうしたポップな曲とは対照的に、初期のフォーク時代に戻ったような「Writer In The Sun」「Young Girl Blues」といった内省的な曲が目立つのも本作の特徴だ。

本作ではジョン・ポール・ジョーンズがアレンジを担当した「Mellow Yellow」が何と言っても人気。ドノヴァンは気楽にパーティーで歌える曲程度のつもりで書いたが、ミッキー・モストが目ざとくシングルに選んで全米2位、全英8位と大ヒットした。ドノヴァンがザ・ビートルズの「Yellow Submarine」の歌詞作りを手伝ったお返しとして、ポール・マッカートニーが参加したと言われている曲でもある。

「Mellow Yellow」はGAPのテレビCMにも使われた(1999年)

今回のリイシューはオリジナル・アルバムにボーナス・トラックが加えられており、レア・バージョンやシングル収録曲などが選ばれている。『Mellow Yellow』にボーナスとして追加された「There Is A Mountain」(全米11位、全英8位)は、軽快なリズムと平易なメロディの反復がウケたのか、モンゴ・サンタマリア、ハービー・マン、カル・ジェイダーなどインストカバーが数多く生まれた。ロックで言うと、この曲を膨らませたオールマン・ブラザーズ・バンドの超名演「Mountain Jam」に触れないわけにはいかない。『Eat A Peach』(1972年)に収められて有名になった長尺のジャムも、ドノヴァンがテーマのメロディを書いていなければこの世に存在しないのだ。

『A Gift From A Flower To A Garden|ドノヴァンの贈り物/夢の花園より』(1967年)

『A Gift From A Flower To A Garden』は初の2枚組アルバム。もともと子供向けのアコースティック曲集にすることを予定していたが、方向性の違いからミッキー・モストが途中で外れ、セルフ・プロデュースで作り始めた。やがてそれとは別に自分たちと同じ世代に向けた曲も録音しようということになり、結果的に大人向けエレクトリック・アルバムの『Wear Your Love Like Heaven』と、子供向けアコースティック・アルバムの『For Little Ones』が出来上がったが、これら2枚をセットでリリースしたいというドノヴァンのアイディアに、アメリカでの所属レーベルであるエピック・レコードが難色を示す。そして結果的に2枚セットの『A Gift From A Flower To A Garden』と、1枚ずつの『Wear Your Love Like Heaven』『For Little Ones』がそれぞれリリースされるというわかりにくいことになった。

『A Gift From A Flower To A Garden』のライナーノーツにドラッグ否定のメッセージが載せられた背景には、この頃ドノヴァンが目覚めた超越瞑想の影響があった。ジャケットの裏にマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとの写真が載っているが、この日ドノヴァンはLAで超越瞑想に入門、ドラッグを断つ。そして翌1968年、マハリシの道場があるインドのリシケシュへ、ザ・ビートルズと共に訪れることになるのだ。

シングル向けの曲としてミッキー・モスト制作で録音することになった「Wear Your Love Like Heaven」は全米23位まで上昇。メロディックながらもドノヴァンらしく反復をうまく使った、夢見るようなポップ・ソングに仕上がった。リッチー・ヘイヴンスやペギー・リプトンなど多くのカバー・バージョンが生まれたが、日本では高橋幸宏と鈴木慶一によるザ・ビートニクスのカバーがお馴染みだろう。

アコースティック曲集の『For Little Ones』サイド(今回のリイシューではディスク2)は、1968年に発売されるライブ盤『Donovan In Concert』や、傑作の誉れ高い1971年の子供向け曲集第二弾『HMS Donovan』へとつながっていく大きな一歩だ。いかにも童謡らしい曲、物語歌などが並ぶ中、「Isle Of Islay」に表れた孤独感、厭世感が重い余韻を残す。これまでのイメージをなぞった『Wear Your Love Like Heaven』サイドのポップさとは対極の世界だからこそ、ドノヴァンは表裏一体と考えセット販売にこだわったのだろう。

『The Hurdy Gurdy Man』(1968年)

1968年2月、ドノヴァンはザ・ビートルズの面々、ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴらと共に、リシケシュのマハリシの道場に宿泊して超越瞑想を学んだ。リシケシュ滞在中に、ドノヴァンがアコースティック・ギターのフィンガー・ピッキングをジョン・レノンに手ほどきした結果、「Dear Prudence」や「Julia」が生まれた……というのも今ではよく知られたエピソード。2枚組アルバム『The Beatles(通称ホワイト・アルバム)』には、他にもドノヴァンとの交流がヒントになったと思われる曲がいくつもある。

『The Hurdy Gurdy Man』のタイトル曲(全米5位、全英4位)も、リシケシュ滞在中に書いたそう。これもジョン・ポール・ジョーンズがアレンジを担当した。ジミー・ペイジとジョン・ボーナムが参加した曲……と長年信じられてきたが、ジョン・ポール・ジョーンズによってはっきり否定されている。ヘヴィなギター・サウンドゆえ、「レッド・ツェッペリンの青写真になった曲」と信じられてきたのも無理はない。のちにスティーヴ・ヒレッジがギターだらけの物凄いアレンジでカバーしているし、オルタナ世代にとっては声のビブラートを極端に誇張したバットホール・サーファーズのバージョンが忘れがたい。

「青写真」と言えば、このアルバムで注目すべきは「Get Thy Bearings」だ。デビュー前のキング・クリムゾンが、この曲をライブのセットリストに入れていた。ジャズ+フォーク+ロックのミックスから斬新なサウンドをひねり出そうと試行錯誤していたクリムゾン……特にイアン・マクドナルドには、この曲がヒントを与えたのでは。ライブでの即興演奏のために、この曲を活用していたという。

他にもインド帰りらしい「Peregrine」や、モロッコにまで視界を広げた「Tangier」がある一方で、持ち味のポップさが戻った「As I Recall It」や「A Sunny Day」、そしてシングル・ヒットした「Jennifer Juniper」の親しみやすいポップ性が、一枚のアルバムにギュッと詰め込まれている。

今回『The Hurdy Gurdy Man』のボーナス・トラックに選ばれた「Lalena」は、日本ではグループ・サウンズのザ・タイガースがライブで演っていた人気曲。”トノバン”の愛称で知られる加藤和彦のレパートリーとしても知られていたし、ビリー・バンバンも歌っている。ドノヴァンが書くマイナーコードの物悲しいメロディは、昭和の日本人の情緒にフィットしたのかもしれない。また、同じくボーナスとして、ケン・ローチ監督の映画『夜空に星のあるように』(1967年)に提供した、隠れた名曲「Poor Cow」が収められているのもうれしい選曲だ。

『Barabajagal』(1969年)

ポップ/ロック路線にこだわって、まだまだヒットを狙いたいミッキー・モストと、引き続きアコースティック路線のアルバムを作りたいドノヴァン。二人の方向性の違いから、『Barabajagal』は1968〜69年に録った音源を活用して、ポップ・アルバムとしてまとめられることになった。過去のストックから「Superlungs (My Supergirl)」や「Happiness Runs」が引っ張り出されたのは、そういう事情からだ。なので、曲によってサウンドの方向性はさまざま。ヘヴィなギターがドライブする「Superlungs (My Supergirl)」から、陽だまりのようなムードに浸れる「Where Is She」、ドノヴァンらしい快活さが詰まった「The Love Song」など、佳曲は多い。

ミッキー・モストのコネクションでジェフ・ベック・グループを起用した「Barabajagal」は、マデリン・ベル、レスリー・ダンカン、スージー・クアトロの強力なバックヴォーカルをフィーチャー。ニッキー・ホプキンスのピアノ、ロン・ウッド&ミッキー・ウォーラーのリズム隊も抜群で、期待通りのスリリングなコラボになった。シングルは全英12位まで上昇したが、これが今のところドノヴァンにとって最後の大きなシングル・ヒットということになる。

先にシングルとしてリリースした「Atlantis」は本国よりアメリカでの反応が良く、7位まで上がった。ザ・ビートルズの「Hey Jude」に呼応したような5分に及ぶスケールの大きい曲。リリース当時はポール・マッカートニーがコーラスに参加したという噂も出たが、これは後年ドノヴァンが否定している。

『Live in Japan: Spring Tour 1973』(1974年)

そして今回の紙ジャケで最も注目すべきアルバムが、『Cosmic Wheels』(1973年)リリース後のツアーで来日した1973年のツアーを収録したライブ盤、『Live in Japan: Spring Tour 1973』。1973年3月25日の大阪フェスティヴァル・ホールと翌26日の大阪厚生年金会館でのコンサートをまとめたもので、当時は日本のみで発売された。今回が日本初CD化となる、ファン待望の一枚だ。初期の「Josie」「Hey Gyp」や「The Universal Soldier」も演っているが、有名なヒット曲は「Hurdy Gurdy Man」くらいで、この時点では”新曲”だった未発表曲をたっぷり含む、攻めた選曲になっている。

のちに『7-Tease』(1974年)に収められる「Sadness」、『Essence To Essence』(1973年)に収められる「The Dignity Of Man」や、『Lady Of The Stars』(1984年)までアルバムに収められなかった「Living For The Love Light」と共に、最初に触れた『Gaelia』で新たに録った「The Ferrymans Daughter」もここで演奏している。さらに、1972年に公開されたジャック・ドゥミ監督の映画『ハメルンの笛吹き(The Pied Piper)』に提供した「Sailing Homeward」も歌っており、これはハイライトのひとつに推したい。あとで『Essence To Essence』に収められた「Sailing Homeward」は、このライブ音源にオーバーダブして仕上げたそうだが、弾き語りのみの方と聴き比べると、あちらのストリングスは情緒過多で余計に思えてくる。

このような曲目を歌とギターだけで……と聞くとハードルが高そうに感じるかもしれないが、安定感があるギターの妙技と、淀みない歌唱の奥深さで、まったく飽きることなく一気に聴ける。当時流行っていたグラム・ロックに寄せた感じの、やや厚化粧に思える『Cosmic Wheels』を出した後のツアーで、このようにむき出しの弾き語りライブを演っていたのが今では意外に思えるが、こちらのライブこそドノヴァンの本意だったのかも。その『Cosmic Wheels』から選ばれた「Only The Blues」も、バンドの演奏がない方がこの曲に合っているように感じる。『Essence To Essence』ではずいぶん賑やかなアレンジが施される「Life Is A Merry Go Round」は、眼前で歌われているかのような生々しい弾き語りに感動、これぞ心に染み入る名唱と言い切りたい。

さらに驚いたのは、今回『Live in Japan: Spring Tour 1973』に追加されたDVD。1973年の来日時に撮影した短編ドキュメンタリー『Yellow Star - Video Of The Tour』を観ることができる。『Essence To Essence』に収められる「Yellow Star」のややショッキングなイメージ映像から始まるが、以降は純粋なドキュメンタリーというより、ちょっとした芝居も入れつつドノヴァンと彼のパートナー、リンダ・ローレンスのラブラブぶりを見せつける感じの微笑ましい内容。忍者の装束に身を包んでのアクションまで飛び出して笑ってしまうが、意外と多いドノヴァンの弾き語り場面が何より貴重だ。当時の日本の風景(駅でのファンとの交流、浅草、ホテル周辺、港、ライブ会場など)も含めて、貴重な資料であることは間違いない。ホテルの窓から外を眺めながら「古い日本が見たい」とつぶやくドノヴァンの視線の先には、今ではすっかり様変わりしてしまった都市の風景が見える。

ドノヴァン再発6タイトル

発売中

詳細:https://www.sonymusic.co.jp/artist/Donovan/info/580594

1.『Live in Japan: Spring Tour 1973』(1974年発売、日本初CD化、日本初紙ジャケ化、日本盤LP復刻)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_LiveinJapanSpringTour1973RS

2.『Sunshine Superman』(1966年発売、日本初紙ジャケ化、US盤LP復刻、ボーナス・トラック3曲収録)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_SunshineSupermanRS

3.『Mellow Yellow』(1967年発売、日本初紙ジャケ化、US盤LP復刻、ボーナス・トラック4曲収録)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_MellowYellowRS

4.『A Gift from a Flower to a Garden』(1967年発売、日本初紙ジャケ化、日本盤LP復刻)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_AGiftfromaFlowertoaGardenRS

5.『The Hurdy Gurdy Man』 (1968年発売、日本初紙ジャケ化、US盤LP復刻、ボーナス・トラック5曲収録)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_TheHurdyGurdyManRS

6.『Barabajagal』 (1969年発売、日本初紙ジャケ化、US盤LP復刻、ボーナス・トラック3曲収録)

購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Donovan_BarabajagalRS

●日本独自企画

●日本初紙ジャケット化

●オリジナルUS盤LPを使用し、可能な限り再現をした紙ジャケット仕様 (『ライヴ・イン・ジャパン: スプリング・ツアー・1973』と『ドノヴァンの贈り物/夢の花園より』は日本盤LPを再現)

●日本盤LP帯(CBS・ソニー帯)の復刻再現

●高品質Blu-spec CD2

●新規書き下ろしライナーノーツ

●歌詞、新規対訳付き

●2026年最新リマスタリング

●完全生産限定盤

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