『センネン画報』『cocoon(コクーン)』などの作品で知られる漫画家・今日マチ子さん。彼女が今まさに描いているのが、震災の被災者と、そこに取り残されたペットたちをテーマにした『るすばん猫きなこ』(モーニング・ツー連載中、講談社)だ。
主人公は、地震・津波・原発事故でその土地に取り残され、留守番を続ける赤ん坊猫・きなこと、小学1年生の少女・ここな。震災から15年という月日が経った今、今日さんは何を思い、何を描こうとしているのか。その背景にある思いを聞いた。
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今日マチ子(きょう・まちこ) マンガ家。東京藝術大学卒業。毎日綴った1ページマンガブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化で注目を浴びる。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。2020年以降、コロナ禍に揺れる人々の様子を描き続けた「#stayhome」シリーズを発表。2025年、『cocoon』がテレビアニメ化。その他、『みかこさん』『アノネ、』『いちご戦争』『かみまち』『すずめの学校』『おりずる』など著書多数。
※本記事は作品の一部に関するネタバレを含みます
※この話には、津波・原発事故に関する描写が含まれます。フラッシュバック、強いショックを受けられるなどのご心配がある方はご注意ください。
※この作品はフィクションです
「不完全燃焼」だったあの頃から10年後、被災地を訪れ……
――今回、震災をテーマにした『るすばん猫きなこ』を描こうと思われたきっかけを教えてください。
(東日本大)震災発生からすぐに、一度『みつあみの神様』という震災をテーマにした作品を描いていました。
ただ、当時は編集部から「何かできないか」と言われて描いたものの、あまりにも直後すぎたこともあって、私自身が震災を全く俯瞰できていなかったし、世の中全体がガタガタしていた時期でもありました。また、現地を取材できておらず、震災を描くという意味では、別の作品で、改めて現地を訪れてから描こうと思っていました。
なので、いつかちゃんと被災地を取材をして、自分でもう少し震災そのものを描けるような時期が来るといいな、とずっと思い続けてきました。2021年くらいにそろそろ準備しようかと思い立ち、今回の『るすばん猫きなこ』につながったという流れになります。
――2021年というと、ちょうど震災から10年が経った頃ですね。
そうですね。その頃って、被災地以外の人間からすると、もう「復興」という言葉さえ使われなくなるくらい、すべてが元通りになっているイメージがあったと思うんです。でも、実際に行ってみたらイメージと全然違っていて。
陸前高田から始まって、気仙沼、福島……と3日間くらいかけて回ったのですが、津波のあとの更地もはっきりわかるし、震災の傷跡がそのまま残っていました。特に原発周辺の避難区域だった場所は、10年前のまま世界が止まっているところもあって、それを見てすごくショックを受け、「やっぱり、今描かないといけない」と思ったんです。そこから個人的に何度も被災地に通って、連載の準備を始めました。
「絆」というムーブメントに乗れなかった理由
――先生ご自身は、東日本大震災の日をどんな場所で迎えられたのでしょうか。
私は東京でいつもどおり打ち合わせをして帰る途中に大きな揺れに遭いました。宮城に親類も住んでいるので東北には縁があったんですけど、私の身内では幸い大きな被害はなく、生活自体はすぐ元に戻ったんです。
でも当時、世の中が「復興へ向けてみんなで頑張ろう!」という大きなムーブメントになっていく中で、どうしてもその気持ちに乗り切れなかったんですよね。それをすごく恥じていたというか、ずっと心に引っかかっていました。
――「乗り切れない」というのは、どういった感覚だったんですか?
当時は漫画界でも「みんなで応援メッセージを送ろう」といった動きが盛んで、それはすごく良いことなんですけど、私は震災そのものに打ちのめされてしまっていて、「頑張れ」なんて口が裂けても言えないような気持ちになっていたんです。
でも10年経ってみて、「当時の私みたいに思っていた人は、きっと被災地にもいただろうな」と気づきました。周りから「前を向かなきゃいけない」と言われ、心に蓋をしたまま10年経ってしまった人もいるんじゃないか、と。そういう声にならない想いを、今更だけど描いてもいいんじゃないかな、と思ったんです。
――東京に住んでいたからこその複雑な思いもあったのでしょうか。
ありました。当時、東京の人が叩かれたりもしましたよね。「東京が使う電力のために福島の原発があったのに、被害を受けるのは地元の人だ」とか。放射性物質の影響を気にする人のなかには、「東京に残るやつはバカだ」と言って去っていく人もいました。私は東京生まれの東京育ちなので、昨日まで仲良く暮らしていた人たちが、あっさりと東京のことを下げて出ていっちゃうことにもショックを受けたんです。
「絆」と言いつつ、実はみんなバラバラだった気がしますよね。「人によってこんなに考え方が違うんだ」というのを突きつけられた瞬間でしたし、それもあって震災をすぐには描けなかったんだと思います。
「猫の寿命は約15年」という事実が震災後の時間と重なった
――今作では「猫」と「子供」が主人公ですが、この視点を選んだ理由は?
大人目線だと、どうしても思想や政治的な背景といったそれぞれの生き方が強く出すぎてしまうと思ったんです。でも、猫や子供なら、もっと純粋に誰もが感じることを描けます。
猫に関しては、数年前にうちの猫を亡くしたことがきっかけでした。14歳で亡くなったんですけど、猫の寿命って大体15年、長いと20年くらいですよね。そこでふと、「震災から経過した時間と、猫の一生の長さが同じくらいだ」と気づいたんです。それで猫の目線、猫の一生を通して、震災からの時間を描こうと考えました。
――作中では、被災地に取り残された動物たちの描写も印象的です。
報道や写真集、また実際にペットレスキューをされている方にもお話を聞きました。当時のペットレスキューは、(緊急事態だったので)どうしても法的にはグレーな話も多いのですが、漫画ではそこを深掘りするのではなく、あえて「そこにはペットたちが取り残されていたんだ」という描写に留めています。
当時は3日くらいで家に戻れると思ってペットを置いて避難して、結局何年も戻れなかった方がたくさんいたんですよね。鎖に繋がれたまま亡くなってしまった子や、1年以上も飼い主を家の周りで待ち続けていた子もいましたし、本当に切ないですよね。
――先生も猫を飼っていらっしゃるからこそ、思うところがあったのでは?
今も2匹飼っているので、震災が起きたら荷物と一緒に両手に猫を抱えて逃げなきゃいけないな、とか常に考えちゃいます。2011年当時は「人間が大変なときに動物なんて」という空気もありましたが、震災を機にそういう考えも見直されて、今は「ペットも家族」という理解が進んでいますよね。
読者のみなさんからは、「(作中で)猫ちゃんを死なせないで」という声も届いていますし、表現としても簡単には死なせられないという思いはあります。一方で、亡くなった人たち自身が「あ、死んじゃったみたい」と深刻になりすぎず淡々と受け入れている姿を描くことで、大切な人を亡くした読者の方にも、何か救いになってほしいという思いもあります。
――先生は『cocoon』などで戦争や社会問題をテーマにされています。何か特別な思いなどがあるのでしょうか?
いえ、実は私自身、「社会問題を描きたい!」と強く思っているわけではないんです。でも、一度描くと「あのとき描ききれなかったこと」がまた出てきて、それが次の作品に繋がっていく……という感覚ですかね。
特に「語ることができない人たち」の声を描きたいという思いはあります。正解がないからこそ、ずっと考え続けられるんですよね。『cocoon』の舞台化やアニメ化でも、「答えがない」ところで悩みながら皆さんが作ってくれた。その「わからなさ」が、物語を未来に繋ぐエネルギーになるんじゃないかと思っています。
「風化」よりも、みんなが抱えている「傷」を癒したい
――改めて、この作品を通じて読者に伝えたいメッセージを教えてください。
最初は「風化させないために」という思いもありましたが、描いているうちに変わってきました。寄せられるコメントを読むと、被災した方もそうでない方も、みんなの中に「震災の傷」が残っているんだとわかったんです。未だに「あのときはボランティアに行けなくてごめん」とか「原発の電気を使っていてごめん」といった思いを持っている人も多いはずなんですよね。
だから今は、風化させないというよりも、みんながちょっとずつ背負っているその傷を、少しでも楽にしたり、回復させたりする方向に持っていきたいと思っています。
――特にどのような方に読んでほしいですか?
今の小中学生にも読んでほしいですね。彼らはもう震災を知らない世代です。でも、日本に住んでいれば地震はいつでも起こりうるし、大人がずっと話している「震災」が何だったのかを知りたい、という気持ちはどこかにあると思うんです。ここなちゃんという子どもの目線を通して、フラットに感じてほしいです。
あとはもちろん、猫好きの方ですね。きなこ派か、ゴンタ派か、たまに出てくるミルキー派か……。そんな風に「猫推し」で楽しんでいただけたら、それが一番嬉しいです。
これからの創作と、自分なりの「方法論」
――『るすばん猫きなこ』は、物語としては今後どのように続きますか?
猫の寿命と同じ15年分くらいは、描きたいと思っています。今は震災直後で濃密な時間になっていますが、ここからは時間の流れを早めていく予定です。長くしすぎると手に取りづらくなっちゃうので、なるべくコンパクトに、でも大切に描いていきたいですね。
――今後、他の作品で描きたいテーマなどはありますか?
今はハンセン病の資料を集めたり、現地に行ってみたりしています。これもすごく重いテーマなので、形にするには時間がかかると思いますが。
あとは、私みたいに負の記憶をテーマにする作家さんが、途中でメンタルを病んでしまわないような「方法論」を残していきたいな、とも思っています。資料に当たるだけでも心は削られますし、体験者に聞き書きをすると「こう描かなきゃいけない」という忖度が生まれてしまったりもする。そういう難しさをどう乗り越えるか。私がこれまでやってきたことを、後進の方たちのためにまとめておきたいな、という思いはありますね。
――先生ご自身のメンタルは大丈夫ですか?
常に削られています。でも、自分なりの息抜きの方法も含めて、これからも真面目に取り組んでいきたいです。失敗するなら、真面目にやって失敗したい。それくらいの気持ちで、きなこの旅を最後まで描いていこうと思っています。
『るすばん猫きなこ』は、現在モーニング・ツーで好評連載中、コミックス1巻はAmazon.co.jpはじめ各種書店・電子書店などで購入できます。
『るすばん猫きなこ』(今日マチ子/講談社)
震災の後を生きる、猫と少女の物語
人懐っこい赤ん坊猫のきなこ。海辺の家で暮らす小学1年生のここな。
ある日、突然起きた地震と津波と原発事故により家族と離れ離れになり、その土地に取り残された彼らは、家族の帰りを待って“おるすばん”を続けている。
そして故郷を失って別の場所で生きる少女・さきの願い。
それぞれの思いを乗せて時間が過ぎていく。
失われてしまったもの、ずっとそこにあるもの……「猫の一生」を通して描く震災の物語。
※ この話には、津波・原発事故に関する描写が含まれます。フラッシュバック、強いショックを受けられるなどのご心配がある方はご注意ください。
現在モーニング・ツーで好評連載中、コミックス1巻はAmazon.co.jpはじめ各種書店・電子書店などで購入できます。






