2026年3月3日に発売された『将棋世界2026年4月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)は、今年1月22日に亡くなった加藤一二三九段の特集「天才が全うした生涯」を収録しています。本稿では当記事より、一部を抜粋してお送りします。

  • 『将棋世界2026年4月号』より 【写真】炬口勝弘

    【写真】炬口勝弘

加藤一二三九段が亡くなった。享年86歳。その棋士人生や数多くのエピソードは生前から伝説といえた。比類なき存在感を持った棋士。まごうことなき天才の棋士人生を振り返る。

天才少年の誕生

加藤は1940年(昭和15年)1月1日、福岡県嘉穂郡稲築村で生まれた。当時の筑豊は炭鉱が主産業であり、加藤の父もそこで働いていた。

「将棋を覚えたのは六歳の頃だ。炭鉱は三交代勤務だったので、早出の人は午後四時には帰宅してくつろいでいた。そういう人たちの中には将棋好きがいて、長椅子にまたがってよく将棋を指していた。いわゆる縁台将棋である。私も近所の人が将棋を指すのを見て、指し方を覚えた。自分で指してみたら、ほとんど負けない。相手がいなくなり、小学校三年の頃まで一旦中断していたほどだ」と加藤は書く。(『鬼才伝説』中央公論新社)

(中略)

当時、加藤のライバルや指導者などの存在は全くなかったらしい。

筆者はタイトル戦の観戦で加藤の生地に近い福岡県の飯塚市を数度訪れているが、20年ほど前、地元の長老から小学生時代の加藤の話を聞いたことがある。

「腕自慢の大人たちが本気を出してぶつかっていくんだけど、誰も勝てない。みんな目を丸くして驚いていた」

この頃から、地元では「天才加藤」の名が広がり始めていた。ほとんど将棋の勉強をせず、詰将棋の本と新聞観戦記を少し読んだだけで悟りを開いた加藤はやがて関西奨励会に進む。

(中略)

神武以来の天才

14歳7ヵ月の四段昇段は当時の最年少記録。それから62年後に藤井聡太が14歳2ヵ月で四段昇段を果たすまでこの記録は残った。

加藤の快進撃は続く。毎年の順位戦を1期で上がり続け、18歳3ヵ月でA級昇級(八段昇段)を決めた。これは藤井聡太でさえ届かなかった記録である。さらに、A級2期目の20歳で名人挑戦を決める。四段昇段時はそれほどでもなかった世間の反応がここで湧き上がる。

「報道機関は、『神武以来の天才少年棋士』、『十八歳、高校生八段の誕生』のニュースを大々的に報道。全国の将棋ファン、いや将棋に無関心な人々までも吃驚仰天させたものである。それにしてもA級在位わずかに二年にして早くも挑戦者として名人戦に登場してくるとは、その大天才振りにはただただ恐れ入るしかない」(『将棋名人戦全集』加藤治郎)

20歳の加藤が名人戦挑戦者になったときの騒ぎはすごかった。加藤治郎名誉九段が言うように、将棋を知らない人々にまで「天才・加藤」の名が知れ渡った。その騒ぎはやがて谷川浩司新名人の誕生、羽生善治七冠の誕生、そして藤井聡太新四段の29連勝に受け継がれていく。将棋が社会的大ニュースになる。その端緒を作ったのが加藤である。

(中略)

生涯が天才

加藤の生涯獲得タイトル数は8期。棋歴的に見れば、加藤よりたくさんタイトルを取った棋士はいる。ただ、加藤ほど長く活躍を続けた棋士はほかにいない。

加藤の後半生の大記録はたくさんある。例えば、53歳のA級復帰。60歳A級。通算1300勝。史上初の通算1000敗。76歳8カ月で当時14歳7ヵ月の藤井聡太四段のプロ初対局の相手となる(62歳差の対決!)。77歳0ヵ月の最年長勝利。77歳5ヵ月の現役最年長記録。

六十代になっても七十代になっても、対局に向かう加藤は考え続けた。藤井聡太四段の公式戦初対局の相手が加藤になったことは、加藤の実績と存在感が招き寄せた運だろう。

あの日、加藤は対局開始30分以上前に対局室に現れ、鬼の形相で将棋盤の前に向かった。無言で将棋盤をにらむ姿を山のような報道陣が取り巻く。加藤は敗れはしたものの好局を残した。まさに、76歳の晴れ舞台であった。

対藤井聡太戦の加藤の消費時間は4時間48分(持ち時間5時間)。また、加藤の現役最後の対局となった竜王戦の対高野智史四段戦の消費時間は4時間17分。四十代のときに「その年でそれだけ考えられるのはすごい」と大山に言わせた加藤だが、何とその対局スタイルを七十代まで貫いたのだ。

晩年の加藤の活躍は、将棋界にとどまらなかった。77歳で引退した後も芸能プロダクションに所属し、タレントとして、また将棋評論家として活動を続けた。それは、超人的な体力とともに、鮮明な記憶力や知識、話術があってこそできることだった。

若い頃「ぴんさん」の愛称で呼ばれた加藤は、晩年は「ひふみん」と呼ばれ、世間に親しまれた。それはまさに、天才が全うした生涯だったといえる。その存在の大きさは誰もが忘れることがないだろう。

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ほかにも、
・第84期 順位戦ラス前注目局レポート
・尾上与一による将棋小説「春、ラバータイルで君を待つ(後編)」
・塚田泰明九段による特選自戦記「「45年目の風景」
といった記事もあり、指す将・観る将はもちろん、全ての将棋ファンの方々に楽しんでいただける一冊になっています!

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発行:日本将棋連盟
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