
身長188cmの大型左腕、松本隆之介は背番号140をつけてプロ6年目のシーズンに臨む。手術を要した大怪我から実戦復帰を果たしたばかりの松本に、横浜DeNAベイスターズがファーム拠点を置く「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA」で話を訊いた。(取材・文:石塚隆)【取材日:3月7日】
マウンドに戻ってきた大型左腕
338日ぶりの対外試合。3月6日の春季教育リーグ、北海道日本ハムファイターズ戦(鎌ヶ谷)で先発マウンドに立った横浜DeNAベイスターズの松本隆之介は、自分がいるべき場所に帰ってきたことを実感した。
「久々の雰囲気で、内容どうこうというより、すごく楽しかったんです。試合前は結構力みがあったんですけど、いざマウンドに立つと落ち着くことができました。本当、まったく痛くなかったし、嬉しくて伸び伸びと投げることができました。改めて、これからもあそこ(マウンド)に立っていきたいと思いましたね」
そう言うと松本から笑みがこぼれた。プロ6年目、ここまで決して平坦な道のりではなかったが、松本の視野には、希望の未来が見えているようだった。
横浜市戸塚区出身。2020年のドラフト会議で3位指名され、横浜高校から入団。身長188cmの大型左腕として期待された松本。2年目の春に左肩のクリーニング手術をして一時育成契約になったこともあったが、4年目の2024年10月5日の中日戦(バンテリンドーム)でプロ初先発を飾り、5回2失点で翌年への希望を抱かせた。当時のことを松本は次のように振り返る。
「怪我もあり、4年目でようやく一軍のマウンドを踏めて、本当に緊張しました。調子はよくなかったのですが、それまでに取り組んできたことを出し、最低限ではありますがゲームを作ることができたので、成長を実感したし自信になった試合でした」
そして飛躍が期待された昨シーズン、松本に悪夢が襲う。
「ああ、もうプロ野球は終わりかな……」
4月2日のイースタン・リーグ、新潟アルビレックス戦(横須賀スタジアム)、先発した松本は、2回表途中、投げ終わりの切り返しの際、右足のスパイクが人工芝に引っ掛かり体勢を崩してしまう。その瞬間、右膝の内側に全体重がかかり、脚が不自然な方向へ曲がった。
体内で“ブチッ!”という音が鳴り響いた。その音は、捕手を務めていた九鬼隆平の耳に届くほどの大きなものだった。
松本は自立できず、その場にうずくまった。
「右膝から下が、なくなった感覚でした……」
松本は思いつめた表情で、あの瞬間を思い出す。
ベンチからトレーナーらが急いで松本に駆け寄った。外野からは高校時代の同級生である度会隆輝が走って松本のもとへ向かい、心配そうに背中に手を添えた。
肩を支えられ、ベンチへ下がっていく松本。これが昨季、マウンドで見る松本の最後の姿になってしまった。
右膝前十字靱帯損傷。いよいよこれからといった矢先の大アクシデント。再建手術をしたものの、松本の落胆たるや想像に難くない。
その後復帰に向け、リハビリをスタートしたが、しばらくの間は気持ちが上向くことはなかった。
「周りには見せないようにしていましたが、家に帰って一人になると、『ああ、もうプロ野球は終わりかな……』と、思う毎日でしたね」
松本隆之介の心の支えとなったのは…
[caption id="attachment_254344" align="alignnone" width="1200"] 横浜DeNAベイスターズの松本隆之介(写真:石塚隆)[/caption]
そんな折、松本の心の支えになったのは仲間たちだった。盟友の度会は、事あるごとに電話をしてきては明るく松本を励ました。そして昨年引退し今季から球団職員になった徳山壮磨は、自身も腰椎椎間板ヘルニアからの一軍復帰を目指し悪戦苦闘しているなか、松本のことを気に掛け、親身に寄り添った。
「度会の言葉には、本当勇気づけられましたし、また徳山さんは、自分自身もしんどいはずなのに、食事に誘ってくれては毎回ポジティブな言葉をかけてくれて、心の支えになりましたね」
深く落ち込んでいた松本の心がゆっくりと上向きになっていく。
「家でぼーっとしているとき、ふと、思ったんですよ。もったいないなって。プロという誰もが入れるわけではない場所で野球をやっているわけですし、厳しい状況かもしれないけど、ノーチャンスというわけではない。だったら、もうやるしかないなって」
まだ20代前半、絶望感に打ちひしがれている場合ではない。松本は復帰を目指し、熱心にリハビリに取り組んだ。上半身を中心にウェイトトレーニングに取り組み、椅子に座った状態からスローイングを始めた。3カ月ほどすると、平地で軽くステップを踏んでキャッチボールができるようになった。
課題だった右足と古傷の左肩「ここ何年にはない感覚が確かにある」
リハビリを進めていく上で、松本には課題があった。それは負傷した右足の使い方だ。松本は次のように説明をする。
「もともと右足の使い方が上手くなくて、メカニズム的にきちんと機能していなかったんです。それが怪我の一因になっていると思います。なのでリハビリ中にいろいろ勉強をしたり、また手術をしたことでたぶん可動域が狭まり、自然とブロッキングができるようになったんです」
ブロッキングとは、踏み出した足をしっかりと止めることを言う。
「キャッチボールの距離が延びるにつれ、右足の使い方の影響もあって出力も上がっていきました」
リハビリやトレーニングは順調に進み、10月にはブルペンに入ることができた。松本は、春には実戦に戻れると実感をした。全身を使って、気持ちよく腕を振ることができる。そこで若きサウスポーはあることに気がついたという。
「感覚として、左肩のスッキリさというか、なんの濁りもない状態で投げられているんですよ」
嬉しそうに松本は言った。以前、クリーニング手術をしている左肩は、選手生活をしていく上で丁寧なケアを必要とする部位だったが、右膝の手術により、ノースローの時期はもちろん、ブルペンに入るまで高い負荷を肩にかけることはほぼなかった。結果的に長い期間肩を休めることになり、これが功を奏したと松本は語る。
「その影響はめちゃくちゃあったと思いますし、本当ここ何年かにはない感覚が確かにあるんです」
秋季トレーニングから春季キャンプにかけ、順調に球数を増やしていき、ついには対外試合で投げられるようになった。今季は2度目となる育成契約であるが、松本は焦ることなく先を見据える。
「自分のなかではもう1年やらせてもらえるチャンスを頂けて感謝しています」
やる気のみなぎる真っすぐな目で、松本はそう言った。
後編では、大怪我はしたものの心身ともにリニューアルした大型左腕の新たな投球術やプロでの自分の道のりについて語ってもらう。
(取材・文:石塚隆)
【著者プロフィール】
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住
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