同級生がアイドルの話で盛り上がるなか、ひとり演歌に夢中だった少年がいた――9日放送の『徹子の部屋』に出演した徳永ゆうきが語ったのは、祖父の影響で演歌一筋に育った少年時代と、人生を変えた『のど自慢』出場の舞台裏。友人たちにほとんど聞いてもらえなかったカラオケの思い出から、思わぬきっかけでつかんだ歌手デビュー、さらに俳優としての挑戦まで、演歌歌手として歩んできたこれまでを振り返った。
『のど自慢』をきっかけに18歳でデビュー 現在は俳優業でも存在感
徳永ゆうきは、9日放送のテレビ朝日系トーク番組『徹子の部屋』(毎週月~金曜13:00~)に出演。
奄美大島出身の祖父と両親の影響で、幼い頃から演歌や歌謡曲に親しんで育ったという徳永。小学生の頃は同級生との会話についていけないことも多かったと振り返る。
「じいちゃん子で、じいちゃんのそばで過ごすことが多かったので、見る歌番組も演歌の番組や大相撲中継。AKB48さんだったりが(人気だったのですが)一体誰の何の話をしているのか……という感じでした」と当時を懐かしんだ。
中学生になると友人たちとカラオケに行く機会も増えたが、徳永が選ぶのはやはり演歌や歌謡曲。周囲との“温度差”はそこでも変わらなかったという。
「(僕の歌は)ほとんど聞いていなかったですね(笑)。友達はアイドルやポップスの曲を歌っていて、僕が歌っているときは自分が次に歌う曲を選んでいました(笑)」と苦笑いで明かした。
そんな徳永に大きな転機が訪れたのは高校2年生のとき。友人に誘われ、『のど自慢』に挑戦したことがきっかけだった。
「応募者の数がすごいと聞いていたので、『無理だろう』と思っていたんですが、ダメもとで応募しました」と振り返る。
しかし、予選会では誘ってくれた友人が落選する一方、徳永は見事通過。大阪大会でチャンピオンに輝くと、その後のチャンピオン大会にも出場し、大川栄策の「はぐれ舟」を披露してグランドチャンピオンになった。
この活躍がきっかけでレコード会社から声がかかり、徳永は18歳で歌手デビュー。家族からの反対はなく、「自分の行きたい夢に向かって、がんばって」と背中を押してもらえたという。
現在は演歌歌手としてだけでなく俳優としても活動の幅を広げており、NHK連続テレビ小説『エール』『カムカムエブリバディ』にも出演。「もちろん演歌でいきたいですが、時代の流れに合わせて、いろいろなことにチャレンジしていって、そこで徳永ゆうきを知ってもらえたら嬉しい」と歌手活動以外への思いを語った。
また、山田洋次監督作品『家族はつらいよ』では、調子のいい“うなぎ屋”役で印象的な演技を見せた。
「出演シーンは多くなかったんですが、観てくださった皆さまの印象に残っているようで、覚えてくださっている方がたくさんいらっしゃって、ありがたいです」と感謝を口にする。
この作品では役作りのために原動機付自転車の免許も取得。原付に乗るシーンの撮影では、山田監督から思わぬリクエストがあったという。
「(山田監督から)『君は寅さんの歌は歌えるかい?』と言われて……台本にはなかったんですが、えっ!? と思ったんですが、『歌えます!』と(答えた)」
急きょ歌いながら原付を運転することになった徳永。免許を取ったばかりだったこともあり、撮影では苦戦したそうで、「スピードが遅すぎたり、早すぎたり……ウインカーを出していなかったりと。坂を登っては下ってしていました(笑)」と笑いながら振り返っていた。
徳永が出演した9日放送の『徹子の部屋』は、Tverで16日まで見逃し配信中。
【編集部MEMO】
『徹子の部屋』は、1976年にスタートしたテレビ朝日系トーク番組。2026年で50周年を迎え、放送回数は1万2,000回を超えている。
