平日の昼間、オフィスや電車の中で大地震が起きたらみなさんはどう動くだろうか。
家に帰る? スマホで情報を探す? 避難所に駆け込む? いずれにせよ、その判断が未来の明暗を分けるといっても過言ではない。
東日本大震災から15年の節目となる今、数多くの被災現場を渡り歩く国際災害レスキューナース・辻直美氏に、働く社会人が"その瞬間"に取るべき現実的な行動を聞いた。
通勤中の震災、「家に帰るか会社に行くか」の判断軸
ーー通勤中に大地震が起きた場合、まずどのような行動をとるべきでしょうか?
ひと言で言うなら、「家に無理やり帰らないこと」。東京都も帰宅困難者を出さないために、基本的には職場にとどまることを推奨しています。帰宅難民になることが一番危ないんですよ。
目安は「普段、徒歩30分で帰れるかどうか」です。震災時は道路が寸断されたり、大渋滞したりするので、普段は30分で歩ける道でも、2〜3時間はかかると考えてください。それ以上の距離がある人は、会社などで少なくとも72時間は過ごせる準備をするのが現実的です。
――徒歩30分の道が、2〜3時間もかかってしまうんですか……。
ナマズのマークがある道路をご存知ですか? あれは「緊急交通路」といって、震災時には警察や自衛隊などの緊急車両専用になり、一般人は通れなくなる可能性があるんです。
スマホのナビもアテになりませんよ。普段から東西南北を意識していないと、それすらも分からなくなりますから。いつもの道が使えないことを想定し、事前にハザードマップで確認しておくことが重要ですね。
――電車やバスなど、公共交通機関の中にいる場合はどうすればいいでしょう?
必ず車掌や乗務員の指示に従ってください。特に地下鉄は構造上、非常に強固に作られており、崩落しにくい仕組みになっています。パニックになって勝手に非常用コックを開けて線路に降りたりすると、感電の危険もありますし、他の電車もすべて停まってしまいますから、逆に逃げられなくなってしまいます。
オフィスでの震災、まずどう動く?
――それでは、オフィスで被災した場合はいかがですか?
「スーパー安全地帯」に逃げ込むことですね。スーパー安全地帯はあらかじめ自分たちで決めておく必要があります。デスクの下などが基本ですが、キャスター付きの椅子や机は動いて危ないので、しっかり固定するか足を押さえるといった工夫が必要です。
震災では、普段から「どこが一番安全か」と妄想できている人が生き残ります。怖がりで妄想癖のある人は生き延びられると思います。逆に、被災したこともないのに「俺は大丈夫」と過信している防災オタクが一番危険ですね。
――デスクやロッカーに用意しておくべき防災グッズなどはありますか?
オフィスにはトイレや水、チョコレートや飴の他に、スマホ充電用のポータブル電源や、アルミのレスキューシートなどを準備しておきましょう。春先でもまだまだ寒いので、レスキューシートがあれば体を保温できますし、ダンボールの下に敷けば冷気を遮断してくれます。100均で売っているので、気軽に使えます。
外出時の震災、「これだけは持っておくべきもの」は?
――外出時の持ち物で、これだけは持っておくべきだという物があれば教えてください。
まずは何よりもトイレですね。人間は食べなくても72時間は生きられますが、トイレは我慢できません。「震災が起きて1時間以内に約7割の人がトイレに行きたくなる」というデータもあります。でも、震災時のコンビニトイレは5時間待ちになると言われているんですよ。私は簡易トイレを作るように、ペットシーツとレジ袋を常に持っています。
もう一つ、私が常に携帯しているのが笛、ライト、コンパス、ナイフの防災セットです。笛は瓦礫に埋まったときなどに必要ですが、スポーツ用ではなく、少ない肺活量でも高い音が出せる「防災用」を選ぶのがおすすめです。
スマホのナビは災害時にバッテリー切れで使えなくなったりするので、日頃からコンパスを使って地図が読める人になっておくといいと思います。
――震災時、スマホはあまり役立たないと考えたほうがいいですか?
災害時には「00000JAPAN(ファイブゼロジャパン)」という公衆無線LANが開放されますが、多くの人がアクセスするため非常に遅く、セキュリティも脆弱です。安否確認や被災状況を知る手段にはなりますが、それ以上を頼るのは難しいと想定しておくべきです。
ちなみに安否確認には、アナログですが「災害用伝言ダイヤル(171)」が最強です。ただし、これも練習が必要。録音時間はわずか30秒しかないので、いざというときに焦って必要な情報を伝えられないまま終わってしまう人が多いんです。毎月1日と15日は体験利用ができるので、家族や会社で「何を話すか」を練習しておいてください。
在宅避難に備えて、「これだけは持っておくべきもの」は?
――それでは「在宅避難」の場合、最も重要な備えは何でしょうか?
これもやはり「トイレ」です。東京都は7日分の備蓄を推奨していますが、現実的には10日分ないと厳しいでしょう。特に大事なのがデリケートゾーンを清潔にすることです。能登半島地震でもそうでしたが、水不足で体が洗えない状態が続くと、尿道炎や膀胱炎になり、それがさらに悪化して命に関わるケースもあります。
おしり拭きを多めに備蓄してください。アルコールを含まない「赤ちゃん用のおしり拭き」なら顔も体も拭けますし、デリケートゾーンにも使えます。
あとは事前に、震災時のインフラがどうなりそうかも確認しておきましょう。スマホで「地震10秒診断」や「パーソナル防災」といったサイトを検索してみてください。住んでいる場所で震度6以上の地震が起きる確率や、ライフラインの復旧日数の目安がわかります。「うちは断水が40日続くのか」と知っておくだけで、準備するものが具体的にイメージできるようになると思います。
スマホの充電めぐり大喧嘩勃発! 日頃の備えが大切
――被災地の現場を数多く見てこられた中で、特に教訓となっていることはありますか?
東日本大震災のときに目にした、ゴルフ練習場のフェンスに津波で流された人たちが何十人も刺さっていた光景が忘れられません。遺体の安置所も、ブルーシートさえなくて泥の上に亡くなった方を並べるしかない。火葬場も被災して使えなくなり、とりあえず土葬するしかない。本当に可愛そうでした。あんな思いはもう、誰にもさせたくないですね。
避難所での景色も印象的でした。スマホの充電場所で、大人たちが殴り合い、噛みつき合いの喧嘩をするんです。「俺はまだ60%だ、満タンにしたい!」「後ろにたくさんの人が並んでるんだよ!」って。しょっちゅう目にする光景です。極限状態では、普段起きないことがおきるので、自分で準備しておくことが重要。例えば延長コードを持っている人は、ヒーローになれます。
――今日はありがとうございました。意外なところに落とし穴があるんだなと、改めて学べました。
最後に、最もお金のかからない最高の防災は、「"ええ感じの人(感じの良い人)"になっておくこと」です。
進んで挨拶を交わし、周囲と良好な関係を築いている人は、被災したときに「あの人、大丈夫かな?」と気にかけてもらえます。助かる確率も、周囲とのコミュニケーション力で大きく変わるんです。
これは家庭内でも同じで、普段から奥さんに協力しない旦那さんが、震災時に「水ちょうだい」と言っても「3万円ね」と言われた……なんて笑えない実話もあります。まずは家庭から"ええ感じの人"になって、そこからちょっとずつ外の社会と繋がり、最終的には会社でも地域でも"ええ感じの人"になっておけば、いざというときもみんなで助け合えると思います。
*
今回話を聞いた辻氏の著書「最強版プチプラ防災」(書籍情報は記事末尾に掲載)が3月6日に発売される。同書では、彼女が国内外30か所以上のレスキュー経験で得た最新の知見が紹介されている。
次の大地震は、平日の昼間に起きるかもしれない。そのとき自分はどう動くのか。今日の帰り道から、少しずつ想像してみてはいかがだろう。







