横浜DeNAベイスターズの片山皓心(写真:編集部)

 

 横浜DeNAベイスターズは昨年10月のドラフト会議で、Hondaに所属していた片山皓心を4位指名した。どのようなキャリアを歩み、27歳という年齢でプロの舞台にたどり着いたのか。春季キャンプ前、「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA」で新人合同自主トレ中の片山に話を訊いた。(取材・文:石塚隆)【取材日:1月20日】

 

オールドルーキーは「楽しみ6、不安4」

 

 27歳にして迎えるプロ1年目、横浜DeNAベイスターズのルーキー左腕である片山皓心は、これから歩むプロという未知の領域について正直な気持ちを口にした。

 

 

 

 「楽しみと不安で言えば、楽しみの方がやや多いですね。楽しみ6、不安4という感じです。果たしてどこまで通用するのか。とにかく1試合でも多く、一軍のマウンドに立ちたいと思います」

 

 年相応の落ち着いた風情ではあるが、目は10代の選手と同じ輝きを放っていた。世間からは“オールドルーキー”と言われてしまうが、片山からは無垢で純粋なエネルギーが漂っていた。なぜならば、ここはようやくたどり着いた場所だから――。

 

 即戦力左腕としてローテーションの一角を担うことが期待されている片山ではあるが、ここまで至るには途方もない苦労をしてきている。

 

 日立一高時代は控えを務める無名の投手だったが、2017年に桐蔭横浜大学へ進学すると、2年秋に先発兼リリーフで頭角を現す。しかし、これからだというタイミングで左肘を疲労骨折し、戦線を離れてしまう。復帰を目論んだ4年春のリーグ戦は、奇しくもコロナ禍により開催中止だった。

 

 そして秋にようやく片山はエースの座をつかみ、7戦6勝。防御率1.39でリーグ優勝に貢献し、自身は最優秀投手とベストナインを獲得した。

 

 

プロではなく社会人へ「恩義を感じていた」

 

 一躍プロ注目のサウスポーとなったが、片山はプロ志望届を出さずに社会人野球のHondaへ入社する道を選択する。

 

 「ほとんど登板もなく、また春のリーグ戦も中止となり、実力も未知数の投手なのにお声かけ頂いたので、入社することに決めました」

 

 

 

 可能性を信じて採用してくれたHondaに恩義を感じていた。社会人野球で結果を出し、恩返しをしてからプロに行けばいいと片山は考えていた。

 

 片山は1年目からJABA主要大会、全15戦中8試合で先発をし、計64回2/3を投げ、4勝3敗、64奪三振、防1.67という好成績をマーク。主力投手として存在感を示し、翌年のドラフトは上位指名確実とまで言われた。

 

 本人もプロへの強い意志を持っていたが、好事魔多し、再び左肘を痛め長期の戦線離脱を余儀なくされてしまう。2度目の手術、ハードラックが社会人1年目の片山を襲う。

 

 リハビリを経ての本格復帰は約2年後の社会人4年目の春だった。時の流れとともに、片山の心情は変化していく。

 

 「2年間、戦力になれませんでしたし、手術を許可してくれたチームへの思いもあったので、とにかく復帰をしたらチームの勝利に貢献することだけしか考えていませんでした。だから当時、プロというのはほとんど頭にはありませんでしたね。とにかくチームはもちろん、応援してくれる同じ部署の人たちだったり、支えてくれた両親のために頑張ろうってことだけでした」

 

 つらい時期に献身的に背中を押してくれたチームや仲間、家族のためにも、もう一度マウンドに帰ることだけにフォーカスをしていた。

 

 復帰を果たした4年目の2024年、片山は緩急自在のピッチングを見せ、年間9試合で2勝3敗、32回、8失点、防御率2.25をマークし、チームの日本選手権準優勝に貢献し、完全復活をアピールした。言うまでもなく、片山の帰還を多くの人たちが祝福をした。諦めずリハビリやトレーニングをしてきたことが報われた瞬間だった。

 

 復帰時はすでに25歳。年齢のこともあり、正直プロへの気持ちは薄れていたが、翌2025年も主力としてマウンドに立つ片山に、ある思いが胸のなかに湧きあがった。

 

 

欲とは違う何か「そこで忘れていなかったのが…」

[caption id="attachment_248396" align="alignnone" width="530"] 横浜DeNAベイスターズの片山皓心(写真:編集部)[/caption]

 

 「とにかく自分のチームのことしか考えていませんでしたが、そこで忘れていなかったのが競技者として常に野球が上手くなりたいという意識です。そのなかで復帰してからNPBのスカウトの方が見に来られたりしていたので『プロをもう一回目指せるんじゃないか』と、欲とは違う、なにか希望みたいなものが湧いて来たのを覚えています」

 

 そして、2025年のドラフト会議で、大学時代はもちろんHonda時代もその動向をつぶさに追っていたDeNAが4位で指名をした。何度も進路変更を余儀なくされたプロへの道が、ついに繋がった。

 

 

 

 片山は笑顔を見せて言う。

 

 「ベイスターズが僕の様子を見ていてくださっていたことは、とてもありがたいと思いましたし、上のステージでプレーできる権利を得られたことは、すごく嬉しかったですね」

 

 片山という選手は、義侠心と向上心、そして粘り強さがある人間だということがわかった。こういった気質のある選手は、年齢関係なく期待できるものだ。

 

 プロでのホームグラウンドは、桐蔭横浜大時代にマウンドに立った横浜スタジアムである。青春時代を過ごした街と球場。これもご縁というものだろう。当時のことを思い出し、片山は懐かしそうに語る。

 

 「学生時代、横浜スタジアムで投げる機会がありましたが、やっぱりアマチュアとプロの差っていうのを感じたことがあるんです。プライベートでベイスターズの試合を観にいったとき、お客さんの入りとか声援がまったく違って、同じ球場だとは思えなかったんです。やっぱりプロはすごいなって」

 

 そう言うと片山は少し声を弾ませた。

 

 「あのマウンドに立ったとき、歓声とか緊張感はすごいんだろうなって今から思っています。常に満員の球場に熱いファン。社会人時代、僕は埼玉に住んでいたんですけど、地元出身の同僚にベイスターズファンが多くて、全国に応援している人がいるんだなって思いました」

 

 そして来るべき実戦を想起したのか、片山の表情がぐっと引き締まる。

 

 「横浜スタジアムはすごく投げやすい球場というイメージがあるんですけど、ちょっと浮いた真っすぐや、甘い変化球を右バッターに逆方向へフェンス直撃されていたんで、あれがプロだったら越えるんだろうなと。だから投げミスが命取りになる球場だと思っているので、そこは最善の注意を払いたいと思います」

 

 ハマスタでのデビューはいつになるかわからないが、どの同僚ルーキーたちよりも、グラウンドに立つイメージはできているようだ。

 

 では、豊富な経験に裏打ちされた片山の特性やストロングポイントは果たしてどこなのか。後編では、その投球スタイルやメンタルに迫っていきたい。

 

 (取材・文:石塚隆)

 

 【後編に続く】

 

【著者プロフィール】

石塚 隆 (いしづか・たかし)

1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住

 

 

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【了】