
パリの冬の風物詩といえば、世界最大級のクラシックカー見本市「レトロモビル」である。世界中から愛好家が集い、熱気と喧騒に包まれるその祭典は、たしかに素晴らしいエネルギーに満ちている。 しかし、Artcurial Motorcars(アールキュリエル・モーターカーズ)を率いるマネージング・ディレクター、マチュー・ラムール(Matthieu Lamoure)は、2026年の幕開けにあたり、あえてその「中心」から距離を置くという決断を下した。
【画像】メルセデス・ベンツ300SLガルウィングやフェラーリF92A、ティレル018ほか、ストーリーと真正性に裏打ちされたクラシックカーの数々(写真32点)
「レトロモビルの会場は素晴らしい熱気に満ちているが、真のコレクターが今求めているのは、もっと静謐で、車と対話できる時間」
彼が新たな舞台として選んだのは、凱旋門からほど近い高級ホテル「ザ・ペニンシュラ・パリ」の地下駐車場。パリのホテルの駐車場では最大の広さを誇る。まるで秘密基地のような隠れ家的なロケーションだ。 そこで開催されたオークション「Automobile Legends」は、出品台数をわずか70台あまりに絞り込むという、極めてキュレーションの効いたものだった。マチュー氏はその意図をこう語る。
「台数を追う必要はない。必要なのは、一台一台に宿る『物語(Story)』と『真正性(Authenticity)』だけ」
彼のこの言葉が、単なる理想論ではなく、現在の市場が求めている「正解」であったことは、1月27日のオークション結果が如実に証明することとなった。
「物語」と「オリジナル」への高額回答
アンヌ=クレール・マンディーヌ(Anne-Claire Mandine)によるハンマーが振り下ろされるたび、会場には驚きと納得の拍手が響いた。この日、わずか数時間のセールで記録された総落札額は1500万ユーロ(約30億円)。この数字は、コレクターたちが何を基準に車を選んでいるかという、現在の市場トレンドを鮮烈に映し出している。
その象徴となったのが、この日のハイライトである1956年式 メルセデス・ベンツ 300 SL ”ガルウィング”だ。 440万7800ユーロ(約8億8000万円)という、同モデルの世界記録を樹立したこの個体は、ピカピカにレストアされた車ではない。新車時から同じ塗装、同じ内装を保ち、さらにはスポーツ・エンジン(NSL)などの希少なオプションを備えた「未再生原形車」であった。 過度な化粧を施された個体よりも、歴史の風雪に耐え、オリジナルの状態を維持した個体にこそ最高の価値が付く。これは近年のトレンドであったが、今回の結果によってその傾向は決定的なものとなったと言える。
また、「物語(Story)」への評価も著しい。 ジャン・アレジがステアリングを握ったフェラーリ F92A(291万2800ユーロ / 約5億8000万円)や、彼のデビュー戦のマシンであるティレル 018(83万4400ユーロ / 約1億6000万円)の高額落札は、単なるマシンの性能や戦績だけでなく、「誰が愛し、どのようなドラマがあったか」というストーリーそのものに価値が見出された結果だ。
「エモーショナル」な選択
一方で、今回のオークションは、いわゆる「ブルーチップ(伝統的な名車)」だけの独壇場ではなかった。 1974年のアルピーヌ・ルノー A110 SC(17万8800ユーロ)や、1992年のアルピーヌ A610 アルベールビル(9万7744ユーロ)がそれぞれ世界記録を更新したことは、フランス車、そして90年代前後の「ヤングタイマー」への再評価が加速していることを示している。 また、1998年式 ホンダ NSX-Tが14万ユーロを超え、ランチア・デルタ・インテグラーレ Evo 2が13万ユーロを超えるなど、かつて我々が憧れた「ネオ・クラシック」世代のスポーツカーたちが、今や立派なコレクターズ・アイテムとしての地位を確立したことも見逃せない。
極めつけは、1968年式 ルノー4L(キャトル)のオープンモデルが9万5360ユーロ(約1900万円)という記録的な価格で落札されたことだろう。大衆車であっても、そこに極上のコンディションと愛すべき来歴があれば、宝石のような価値が認められるのだ。
パリ・クラシックカー・ウィークの幕開け
「アールキュリエルは、ペニンシュラ・パリでのセールを通じて明確なメッセージを送りました。それは、最も象徴的な車たちを、特別な場所で祝福するということです」
オークション終了後、マチュー・ラムール氏はそう総括した。 世界的な不透明感が漂う経済状況下にあっても、真に歴史的価値があり、人々の感情を揺さぶる(Emotional)車には、国境を超えて資本が集まる。今回の成功は、アークリエルの慧眼(けいがん)と、グローバルなコレクターカー市場の力強いバイタリティを改めて印象づけるものとなった。
ペニンシュラの静謐な空間で交わされた熱狂。それは、これからのクラシックカー・シーンが「量より質」、そして「スペックより物語」へと、より成熟したフェーズへ移行していくことを告げるファンファーレだったのかもしれない。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI