なとりはなぜ“深海”へ潜ったのか──本人が語る、絶望と愛を引き受けた18曲

なとりのニューアルバム『深海』は、凄まじい重量感のある一枚だ。1月21日に世に放たれたら、彼自身のディスコグラフィにおいてだけでなく、音楽シーンにとって、重要な作品として存在することになるだろう。

【写真】なとり出演『Juice』レポート 新世代ポップスシーンの第一章

1stアルバム『劇場』からのなとりの2年間を表現する『深海』は全18曲入りで、アニメ『【推しの子】』第3期エンディング主題歌「セレナーデ」やバイラルヒットソング「プロポーズ」などと、さらには大胆にも10曲もの新曲が収録されている。

絶望には愛を。それがなとりから、世界の端っこの陽が当たらない場所で生きるあなたへのプレゼントだ。あえて自分の愚かさや畏れを描き、拙い音を残し、歌のピッチ修正も控えめにして、ズタボロになっているあなたと同じ目線から歌いかける。

なとりのルーツに色濃くあるボカロミュージックに、フィジカル感の強いロックも、ダンスミュージックも、TAIKING(Suchmos)の手腕を借りたブラックミュージックのエッセンスも、すべてを混ぜこぜにしたポップスは、ここ10〜15年ほどのいくつもの国内音楽トレンドの行く先が交差した最先端の音として鳴り響いている。その「なとりサウンド」と形容したくなるミクスチャー・ミュージックは、2025年秋に韓国2デイズを含むアジアツアーを成功させるほど、国内だけでなく海外の人たちも巻き込む強力なものになっている。

傑作『深海』が完成するまで、なとりの中で起きた「誰にどんな音楽を届けるのか」ということへの思考の変化、重要曲「セレナーデ」が生まれるまでの苦悩、そして音楽的な挑戦の変遷について、丁寧に辿らせてもらった。

―アルバム『深海』を聴いて、一番に思ったことは「本当にお疲れさまでした」ということでした。いろんな意味でその気持ちが湧いたんですけど、そもそも18曲入りというボリューム感で、しかも新曲が10曲も入っているという。

「18曲やりたいです」って俺の中で決めて言っちゃったから、鬼スケジュールになって「俺が俺を苦しめる」みたいなところがありました。苦しんでいるときって、筆がすごく進むか、逆にもう何もしたくないかで、何もしたくなくなっちゃってまた締め切りを遅らせる、ということをやったので多大なご迷惑をおかけしたんですけど、ちゃんと自分が納得できる濃い音楽たちを作れた自負はありますね。

―18曲の中に「捨て曲」も「デモの時点で自分の納得度は70点くらいだけど、アルバムに入れちゃえ」みたいなものもなくて、ちゃんと100点のものを18曲揃えてきた充実度の高いアルバムだなと思いました。

やったあ! たしかに捨て曲、ないですね。逆にそれが不安で。全曲本気で作りすぎちゃって、誰も聴かない曲が少なくなっちゃったな、みたいな。そういう不安はありつつ、全部自信を持って好きだと言える曲ができたのでよかったです。

―自分で「誰も聴かない曲が少なくない」と言えるのは素晴らしいことですね。18曲入りにしたかったというのは、どうしてだったんですか?

1stは13曲で、曲数は固定しようかなってずっと思っていたんですけど、13曲並べたときに既発曲とかタイアップ曲が多くて「これはアルバムである意味があるのかな」というふうに思っちゃって。アルバムとしての機能を考えたときにやっぱり曲数が多くないと、っていうので18曲にさせてもらいました。自分が好きなアーティストのアルバムが発表されて一番興奮するのはトラックリストが出て知らない曲のタイトルがあるときなので、自分もアーティストとしてそういうものを作りたいなという気持ちでした。

―なとりさん自身が、アルバムという作品形態を楽しむ人生を生きてきたからこそ、先人たちのようなアルバムを作りたいという気持ちがあったということですよね。

そうですね。音楽の楽しさは繋いでいかないといけないから、その歯車になれればいいなと思います。

―「お疲れさま」と思ったもうひとつの意味は、この2年間、一歩ずつ踏み締めるようにしっかりと歩みを進めてきた、というのがわかるアルバムだからで。前作『劇場』のときは、「Overdose」が大きくバズったもののアーティストとして立てる自信はまだなくて、周りからどう思われているのかも怖い、という心境だったと思うんです。でもそこから実力も、なとりは何をやるべきかも、自信も、一つずつ確実に積み上げた2年だったんじゃないかということを『深海』を聴いて改めて思いました。

そう言っていただけて嬉しいです。本当に、着実にやってきた感じはすごくあって、間違いなく1stのときより成長できている実感はあります。「なとり」をちゃんとやっている実感も湧いたというか、アーティストの役割がなんとなく掴めてきたというか。アーティストって、ライブを見に来る人と違う立場で生きていかなきゃいけないってずっと思っていたんですけど、ちゃんと「人」であるという。たまたま(ステージとフロアの)高さが違うだけで、「こっち側」も「あっち側」もないという考え方がわかるようになりました。別に俺だけが悩んでいるわけじゃなくて、みんないろんな疲れを持っていて、俺以上にいいことを言える人間も、俺よりも人の気持ちがわかる人間もいる中で、なんで俺がこういうことを言っているのかをすごく考えるようになりましたね。

―その問いは、表現者にとってずっと付き纏うものでもありますよね。それぞれが生活をしていろんなことを感じている中で、なぜ自分が、自身の目線や感性で感じたことを大きな声で歌って、誰かの心を動かそう、もっと言えば救おうとしているのだろうかという。今のなとりさんの中では、その問いに対してどういう答えを見つけたんですか。

そう考えるようになった過程は、1stのときはパソコンとレコーディングブースが俺の音楽の世界だったから何も考える必要がなかったんですけど、ライブをやったり、いろんな人と関わるようになったりして、責任が増えるごとに考えることが増えたからで。見に来てくれる人の中には、俺よりもいいことやここにいる何千人を救う言葉を言えるやつがたくさんいるような気がしていたんですけど、少なくともステージの上に立って言葉を言う役割をやっているのであれば、自分がただ思っていることを愚直に言うしかないなと思うようになりました。質問に沿った答えになっているかわからないですけど……そういうふうに思うようになったことが、さっき言った「実感」に繋がっているなと思います。

―「愚直に言うしかない」という思考に至ったのは、このアルバムを語る上で大切なポイントだと言えそうですね。曲順でいうと、1stは「前半はマスに向けて作った曲で、後半はこれから自分が作りたいもの」という意識があったと語ってくれていたと思うんですけど、今作ではどんなことを考えていました?

どちらかといえば、ストーリーチックで。そもそも陰鬱としている雰囲気のアルバムで、ずっと暗い道を彷徨いながらも眠ったときに夢を見てあったかくなるような、そういう山みたいなものを作ろうという意識はありました。しんどくてつらいフェーズがありつつ、でもすごく楽しんでやっているんだろうなっていう、ある意味なとりの情緒を表せるようなトラックリストになってほしいなと思いながら作りましたね。

窓際の人間に対して、しっかり愛を伝えられるような曲をたくさん書く

―この2年間、どういう類のしんどいフェーズや波があったのかを聞いてもいいですか?

ずっと楽しいとかはなくて、基本しんどかったなっていう。ライブはめっちゃ好きで、ライブやフェスに出る時間はすごく楽しかったし、人と曲を作る時間もすごく楽しかったなと思いつつ、改めて曲を作ることの責任とつらさに直面した時期でした。2024年とか、全然曲が作れなかったんですよ。コラボや提供をたくさんやらせてもらったんですけど、自分に対して書く曲が、本当に作れなかった。それは多分……「糸電話」(2024年9月リリース)を機に、温かい普遍的なポップスを作ろうっていう気持ちでずっと戦っていたんですけど、背伸びをしていたから、いい曲が本当に書けないというところにブチ当たって。絶望していた時期にアルバムを作ることが決まって、しんどさと直面した自分は、このしんどさを伝えることが今の役目であるっていうふうに思ったら、そこからは曲がたくさんできていって。だから、自分を表しているアルバムだなと思います。常に自信はないんですけど、曲を作っているときは無敵みたいな気持ちになったりするので、自信があるときと自信がないときのギャップが曲でわかるなって思いますね。

―もともと「教室の隅っこ」や「端っこ」の人たちになとりの曲を届けたいという想いがあったけど、「糸電話」あたりから、より広い範囲に届けたいと考えるタームに入っていたと思うんです。誰にどう届けるか、ということにおいて、今はどういう考えに至りました?

クラス全体に届く曲を作りたいと思ったんですけど、まだクラスの端っこを救えてない人間が、デカい輪を救えるわけがないと思ったりして。あと、よくよく考えたら、クラスの中心になったことがない。だからそこに対して書く必要はないなと思うようになりました。窓際の人間に対してしっかり愛を伝えられるような曲をたくさん書こうというふうに、また変化していきました。

―クラス全体に対して書こうと思ったのが「背伸びをしていた」期で、そこからまた等身大に戻ったんですね。

そうですね、戻っちゃいました。

―それがこのアルバムの、なとりさんと聴き手の距離の近さになっているのだなと思いました。しかも自分の絶望や陰鬱とした気持ちを、どういうサウンドに乗せるのかというところが、なとりという存在のユニークさになっていると思います。ただ暗いわけでも、もしくは激しくて情報量の多いサウンドに乗せるわけでもない。ボカロもロックもブラックミュージックもダンスミュージックも取り入れたミクスチャー・ミュージックを作り上げているから、これだけ世界中の多様な層から、新鮮さと親しみやすさのある音楽として愛されている。1stのときは「上質なポップスを目指したい」ということをひとつのキーワードとして語ってくれていて、その想いは「糸電話」まで強く続いていたと思うんですけど、それ以降、サウンド面ではどんなトライをやってきたかをリリース順で聞いていいですか。

自分本位でやりたいものをやることも、スタッフの方から「こういう曲とかやったことなくね?」って言ってもらうこともあって、たとえば「SPEED」(2025年4月リリース)は、「『Overdose』でエレクトロはやったけど、テンポの速いエレクトロはやったことないよね」っていうアイデアをもらったところから着想を得ました。サウンド面の変化で言うと、自分の拙い音をちゃんと愛せるようになったというのはありますね。デモの音を気に入っている節があったので、いろんな人に楽器を弾いてもらってデモからよくするんじゃなくて、デモの音もそのまま入れて「これが自分です」って出してあげるというか。ピッチ修正をしなくなったことも変化としてはデカくて。「恋する季節」とか、ピッチとしては終わっている部分も多いんですけど、逆にこのスッピンみたいな部分が自分らしいなって。別に歌が上手いと思って曲を作ってないから、こういう自分の拙い部分をちゃんと聴いてもらおうという気持ちになっていったなと思います。

―それは自信がなかった時期にはできない選択だっただろうし、それを選べたことがこのアルバムで距離の近さを感じさせる要因になっているとも言えそうですね。「SPEED」のあとに出した「プロポーズ」(2025年6月リリース)は、どういうことをやりたくて作った曲でした? フィジカル強めな曲から一転して、音数が少ない曲で、しかもそれがSNSでめちゃくちゃ広がっているという。

「プロポーズ」は、メロディが素直にパッと出てきた感覚がありました。だからなるべくメロのよさをちゃんと聴かせようということを意識的にやって、結果ミニマルになったのかなと思います。無駄を愛せるようになった部分もあるんですけど、逆に無駄を省くのも好きになったところがあって。料理でも結局、肉を焼いてただ塩をかけたら一番美味いのと一緒で、メロをただ聴かせるのがなんだかんだ一番いいんじゃないかって。これまでもメロの共感性でいろんな反応をいただいたから、改めて自分のメロのよさを認識してみた上で、挑戦的な曲をやってみようっていうのでこれを作ってみて、実際に聴かれたのですごく自信に繋がりました。

―美味しくない肉は塩だけで調理しても美味しくないのと一緒で、いいメロディでなければ曲が美味しくはならないじゃないですか。「なとりが作るいいメロディ」が際立った曲だったからこそ、多くの人を惹きつけたということですよね。ホーンも映える「FLASH BACK」は、どういうものをやりたくて作った曲ですか?

これは『Juice Supported by Rolling Stone Japan』(2025年2月、Zepp Namba、Zepp Hanedaにて開催。筆者がキュレーターを務めた)で初披露させてもらって、思い入れのある曲です。学生の頃、ずっと黒歴史を作ってきたから――好きな人の前で声を大きくするとか、そういうことを思い返したときに、「後悔ばっかりだな」「青春を取り返したいな」みたいな。でももう戻れないからそれを書くしかないという覚悟を決めて、美化せず、「恥ずかしかったです」「情けない学生時代でした」っていうのをただただつらつらと書いた曲になりました。でもサウンドはめちゃくちゃかっこよくなったからまとまっているというか、アンバランスさが作用してかっこよく聴こえるなと思います。TAIKIさん(TAIKING/Suchmos)が色々アイデアを考えてくれて、TAIKIさんがソロプロジェクトでやっていることやブラックミュージックの知恵を貸してくださったことが、この曲がよくなった要因の一個です。新しい聴こえ方をしているなって思いますね。これはほぼ生音でできているので、リアルさが絶妙にあって、いいヒリヒリ感がある曲になったと思います。

―アルバムの曲でいうと「君と電波塔の交信」は、一見遊びソング的にも聴こえるけど、なとりさんの創作源のひとつである「怒り」が色濃く出ているような曲でもあると思いました。このサウンドはどういう考えから作ったものだったんですか?

これ、アルバムの最後に作ったんですよ。だからマジで自由な感じでやらせてもらいました。スマホを触らないようにしていた時期があって、改めて世の中を俯瞰的に見たときに、みんなスマホやSNS、ネットに囚われているな、この曲での言い方をすれば「電波に侵されているな」と思って。ある意味すっげえバカバカしいんだけど、でも俺も結局これがないと生きていけないんだっていう、俯瞰している自分をさらに俯瞰しているような、そういう滑稽な社会の構図を自分なりに面白い曲にしたかったというか。怒ってはいるんだけど、ちゃんとふざけているような曲を作ってみようというのがきっかけです。それこそさっき言ったデモ音源を使うようになったきっかけでもあって、生音はベースしか入ってなくて。自由にやらせてもらった気狂いソング、みたいな感じです。

―インスト曲の「うみのそこでまってる」の手前にある「バースデイ・ソング」も、このアルバムの重要な曲になっていると思います。歌っている中身はなとりというアーティストの精神性の核であり、6/8拍子のアレンジがまたエモーショナルを掻き立てるものになっているという。

「セレナーデ」を作り終わってから『最終兵器彼女』という漫画を読んでいて、「セレナーデ」を作って落ち込んでいる時期だったから登場人物のちせちゃんとかいろんな人の気持ちが直に入ってきて、めっちゃ食らったら曲を書きたくなって。ファンアートとして書いてみようと思ったのがきっかけです。自分がやったことない6/8をやったり、デモではベースを自分で弾いたり、挑戦的な楽曲でありつつ、なとりの気持ちの解像度を高めた曲になったなって思います。めっちゃお気に入りですね。今思い出したんですけど……このアルバムは自由にものを言わせてもらった感じがあって。それこそドラムの音色とか、「この音に歪みをえげつなくかけられますか?」とか、今までだったらエンジニアの人に言ってこなかったことも臆さず言えるようになって、本当に自分のやりたい曲をちゃんと作れたなって思います。

―それも自信のなさとか、「自分より周りが言うことの方が正しいだろう」みたいな気持ちで言えなかった感じ?

基本、自分が好きな人とやってるから、「後々聴いたとき、こっちが正解になるだろう」みたいなふうに思っていたんですけど、1stアルバムを経て、「ここは言ってよかったな」って反省した部分があって。いわゆるセオリーからは外れていることをやらせてくださいって言えるようになったのは成長したポイントかなと思います。「バースデイ・ソング」はまさに、音色とか「こうしたいです」って言えたのがデカかったです。

―「セレナーデ」を作って落ち込んでいたというのは……『【推しの子】』のエンディング主題歌なんて、今もっとも注目を集めるタイアップのひとつだと思うんですけど、プレッシャーとかがデカかったですか?

もう、めちゃくちゃありましたね。人生で一番時間をかけて作った曲だと思います。それこそ病んでいた時期の話に繋がってくるんですけど、2025年の初めから9、10月くらいまで苦しみながら作っていて。「こうでもないああでもない」って言いながら、何回もトライアンドエラーを重ねていたので、そのあいだずっとストレスが続いている、みたいな。『【推しの子】』っていう大きい作品でたくさん聴かれることになると思うし、そこに対してもちろんいい曲を書きたいと思いつつ、ただ明るくていい曲を作るだけでは『【推しの子】』第3期を表現しきれないと思って。責任も感じながらすごく悩んで、いろんな葛藤を重ねてできたものでした。

―たくさん葛藤があった中で、「この曲だ」と思えたのは、どういうポイントだったんですか?

悩んでいるあいだ、いろんな人を傷つけたし、言わなくていいことを全部言っちゃうようなことをやって。「なんであんなことを言ったんだ、俺」みたいに自罰的になったり、自分も周りの人もみんな嫌いになりそうになったりして、「自分は愚かすぎて、誰か自分に罰をください」みたいなことを思ったときに、”罰をください”というフレーズが第3期のアクアというキャラを描くときに必要な言葉なんじゃないかなと思って。彼も自分の信じた道を進みながらいろんな人を傷つけて、でも使命のために生きていかなきゃいけないっていう。彼も本当はいろんな人から罰をほしがっていて、いろんな人の優しさが逆につらいということを思っているんじゃないかって解釈したときに、自罰的な曲を書かなきゃなと思って。歌詞を作るときって、自分もそういう気持ちにならないと書けないから、それに対して向き合う時間がすごくしんどかったです。今も本当は聴きたくないくらい、大好きな曲であり、呪いみたいな曲になりました。

―それはしんどい。2025年は「セレナーデ」の生みの苦しみとともにあった1年だったんですね。

しんどかったですね。外も出歩けないし連絡も返したくない、みたいな感じになってました。「本当に曲ができるのか」みたいな莫大なストレスもずっとありましたし。でもこの苦しみをわかってほしいとは思わなくて、ただ曲としていいと思ってもらえれば、俺はすごく幸せだなと思います。純粋に愛してもらえる曲になってほしいですね。

―曲調に関して、作品サイドから何かリクエストはあったんですか?

「アクアのこういう部分を描いてもらいたいです」っていうのは言われていたんですけど、曲調に関しては自由に作らせてもらいました。ロック、ポップス、ジャズっぽいのとか色々やったんですけど、改めて自分のルーツはボカロにあるから、ボカロのプレイリストを作って聴いて。その中でもエレクトロスウィングは、やったことなかったけど、多分みんなも馴染んでくれるジャンルだろうなと思ったし、自分も影響を受けてきたカルチャーだったので、そこに行き着きました。

「上質なポップスを作りたい」から「歪なものをスタンダードに」

―「上質なポップスを作りたい」という1stのときの指針に対して、今、どれくらい達成できている実感がありますか? それとも、その指針自体が変わってきた?

上質なポップスは、「糸電話」で触りだけでも作れたなとは思っていて。本当に、「糸電話」がターニングポイントでしたね。今は「上質なポップス」という考え方より、歪なものを作って、それをスタンダードにしていくことを考えているかもしれないです。そこに人が集まって「ポップス」というカルチャーになっていくだろうから、自分がやりたい歪なものをポップスとして認識させようっていう。今回のアルバムはまさに、そういう挑戦的な曲だけでできているなって思います。

―このアルバムに、なぜ『深海』というタイトルをつけて、どういうイメージで最後に「うみのそこでまってる」というインスト曲を入れたんですか?

「海の底」っていうまだ誰も行けてない、まだ誰もわからない場所に対して、自分たちは好きな想像ができる。だからここが、いわゆる俺らみたいなクラスの端っこの人間の居場所であってもいいというふうに想像したのが『深海』のテーマのきっかけでした。でも俺は、海の底から抜け出して楽になりたいんだっていう気持ちで生きているから、このアルバムを作り終えて「一旦、ちょっと外の世界で呼吸してみたいです」と思っていて。ただ作品自体は一生この形で残るから、いつか誰かが『深海』という作品を聴いたときに、「君にはこの海の底が待ってるよ」「このときの俺が作った曲たちは海の底で待ってるから」っていう祈りや願いを込めました。「うみのそこでまってる」は、アルバムのまとめとして「こういう場所に君はいたんだ」っていうものをちゃんと言えるオケであってほしいなというところで作って、こういうふうになりましたね。

―この先、外に行きたいなっていうふうに思っているんですか?

シンプルに言っちゃえば、「セレナーデ」みたいにはもう悩みたくないなという気持ちが近いんですけど。ちゃんと光を浴びられる人になりたいという気持ちはずっとありつつ、でも間違いなく俺はここにいたんだっていうのをわかっていてほしいという感じですかね。

―なとりさんの楽曲がどう変わっていくのか、もしくは変わっていかないのか、そこもまた楽しみですね。

そうですね。すでに今作っている曲は3rdアルバムに向かっているというか、外に行こうとしているようなものなので、楽しみだし、楽しみにしていてほしいなと思います。比較的、なとりの曲では光を見ているほうだと思いますね。

―前は、自分は裏方やプロデューサー志望だと言っている時期もあったけど、最近はどうですか? 人前に立つことが楽しくなりました?

楽しくはなりましたけど、まだ全然歌いたくはないというか、表に立ちたくない……やっぱりずっとネガティブなので、いつかこの声に消費期限が来るだろう、需要がなくなるだろうっていうふうに勝手に観測しているので、そうなる前に新しい手を打ちたいなとは思っています。でも、ライブアーティストとして求められる人にもなりたいですね。同世代の人が俺よりデカいキャパでやっているのとかを見ると、やっぱり悔しいなって思っちゃうので。自分もライブでちゃんと評価される人になりたいなとは思います。

―そういう矛盾を抱えているのが、人間としてリアルな姿であり、そういう歪さもリスナーに見せようと思えたのがこの2年の大きな変化、かつ、『深海』を語る上での重要なポイントですね。

そうですね、ずっと矛盾してるかも(笑)。

なとり

2nd Album『深海』

発売中

特設サイト:https://natori-official.com/abyss/

=収録曲=

1. 深海

2. ヘルプミーテイクミー

3. セレナーデ

4. にわかには信じがたいものです

5. DRESSING ROOM

6. EAT

7. FLASH BACK

8. プロポーズ

9. 恋する季節

10. 非常口 逃げてみた

11. 君と電波塔の交信

12. IN_MY_HEAD

13. 絶対零度

14. SPEED

15. 帰りの会

16. 糸電話

17. バースデイ・ソング

18. うみのそこでまってる

<ライブ情報>

なとり 3rd ONE-MAN LIVE「深海」

2026年2月18日(水) 開場 17:30 / 開演 18:30

2026年2月19日(木) 開場 17:30 / 開演 18:30

【会場】日本武道館

https://natori-official.com/