(左から)村上宗隆、斉藤和巳、今岡誠(写真:産経新聞社)

 「3年活躍して一人前」と呼ばれるほど、好成績を残し続けることが難しいプロ野球の世界。首位打者や最多勝など、タイトルを獲得する活躍を見せたものの、翌年に成績が落ち込んだ選手は決して少なくない。そこで今回は、タイトルを獲得した翌年に不振を経験した選手を取り上げる。[1/6ページ]

斉藤和巳(2004年)

[caption id="attachment_245414" align="aligncenter" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの斉藤和巳(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・経歴:南京都高

・ドラフト:1995年ドラフト1位

2003年成績:26登板20勝3敗、防御率2.83

翌年成績:22登板10勝7敗、防御率6.26

 

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 2003年は絶対的な成績を収めた斉藤和巳。しかし、翌年はまさかの不振に悩まされた。

 

 1995年ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンク)に入団。入団後数年間は右肩の故障に悩まされ、一軍に定着出来ないシーズンが続いた。

 

 2003年に開幕ローテーションを勝ち取ると、先発陣の柱として定着し、26 試合の登板で20勝3敗、防御率2.83、勝率.870という圧倒的な成績をマーク。

 

 同年は最多勝や最優秀防御率などの投手タイトルに加え、沢村賞を受賞。まさにリーグを代表するピッチャーとなった。

 

 翌年は2桁勝利(10勝)を挙げたものの、防御率は規定到達投手でワーストとなる6.26と大幅に悪化。前年の成績からは想像できないような不振に悩まされた。

 

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 それでも、2006年には26試合の登板で18勝5敗、防御率1.75、205奪三振、勝率.783を記録し投手四冠を達成。改めて見事なパフォーマンスを見せた。

 

 2008年以降は怪我に悩まされ続け、2012年限りで現役引退。一軍定着後の稼働年数は短かったが、一時代を築いたピッチャーの1人であることは間違いない。

 

 

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【了】