朝、顔を洗おうと前かがみになった瞬間、突然腰に激痛が走って動けなくなった——。
いわゆる「ぎっくり腰」は、誰にでも起こりうる身近な腰痛ですが、対処を誤ると回復が遅れたり、別の病気を見逃したりすることがあります。
動けないほど痛いときほど、何をしてよくて、何をしてはいけないのかを知っておくことが大切です。ぎっくり腰の正体と、痛みが強い時期に避けるべき行動、正しい対処法を解説します。
まず知っておきたい「ぎっくり腰」の正体
いつものように何気ない動作をしただけなのに、突然「ギクッ」と腰に痛みが走り、もうその体勢から動くことができない――ぎっくり腰と呼ばれるこのような腰痛の発作は、古くから世界中の人々を悩ませ続けてきました。例えばドイツでは中世からぎっくり腰を「魔女の一撃」と呼んでいて、怖がられてきました。
ぎっくり腰は「急性腰痛」。その原因は?
ぎっくり腰を医学的にいうと、「急性腰痛症」という病名に該当します。つまり、急に起きた腰の痛みということで、それ以上でも以下でもありません。
病名は、できるだけ病態(病気の成り立ち)がわかるように付けることになっています。例えば「椎間板ヘルニア」は、椎間板が飛び出して周囲を圧迫し(つまりヘルニアになって)、腰痛などを引き起こす病態の病名です。ところが、「急性腰痛症」には病態を表す情報がほとんど含まれていません。
それもそのはず、ぎっくり腰がどのように起こるのか、まだほとんどわかっていないからです。X線(レントゲン)検査などでは、骨折や明らかな異常がない限り、異常が見つからないことが多いとされています。現時点では、背骨をつないでいる椎間関節や、背骨と骨盤をつないでいる仙腸関節の周囲の靭帯のダメージ、言わば“腰の捻挫”がぎっくり腰の病態なのではないか、といった推測がされています。
最初の数日が痛みのピークで、数週間で軽快する
ぎっくり腰の多くは、前かがみになって荷物を持ち上げようとした時や、姿勢を変えた時など、日常生活でのどうってことのない動作に伴って起こります。
まず激痛が走り、数時間は移動さえままならないことも。そのような激しい痛みが少し落ち着いた後は、痛いながらもなんとか移動ぐらいはできるようになります。そして数日たつと、引き続き痛みはあるものの、がんばれば身の回りのことができるようになり、数週間で軽快するというのが、一般的な経過です。
今回は、ぎっくり腰の急性期、つまり痛みがひどい時期に、やってはいけないことと正しい対処法をお話しします。
やってはいけない行動1:無理に動かす
どんな病気でも、急性期にはまず安静が大切。ぎっくり腰の急性期でも、例えば痛み止めを飲んで痛みを抑えながら、体を使う仕事をしたり、スポーツに参加したりするなどの行為は、状態をより悪化させてしまいかねません。第一、突然起こった腰痛が、本当にぎっくり腰なのかどうかも、まだわかっていないのですから。急性の腰痛の原因として、ぎっくり腰のほかにも、血管や内臓の病気などの、直ちに治療が必要なものもあります。ぎっくり腰が起きたと思ったら、まずは安静にして、腰痛以外の症状が起きていないかを確認してください。
やってはいけない行動2:冷やしすぎる
ぎっくり腰の直後は、腰の筋肉などに炎症が起きていると考えられますので、冷やすことは理にかなっています。ただし、あまり長時間冷やしすぎると、血流が悪くなったり、筋肉が硬くなったりして、かえって回復を遅らせてしまう可能性もあります。また一般的に、数日たち激しい痛みが引いた後は、冷やすよりも温めたほうがよいと言われています。
やってはいけない行動3:治るまで安静を維持する
痛みがなくなる前に動かすと、治りが悪くなる――。このように思われる方もいることでしょう。実際、かつては医学的にもそう考えられ、安静が重要とされていた時期がありました。しかし、証拠(エビデンス)に基づく医学研究が進められた結果、これは間違いだとわかりました。今では、医師対象のガイドライン(治療指針)にも、急性腰痛では安静を維持するよりも、できる範囲で日常生活の活動を続けたほうがよいと記されています。
やってはいけない行動4:痛み以外の症状を様子見する
腰の痛みだけでなく、足がしびれる、尿が出にくいといった症状が現れた場合、背骨の中を走っている神経が圧迫され障害されている可能性が考えられます。その場合、早急に神経の圧迫を解除する治療が必要です。治療のタイミングが遅いと神経の働きが回復せずに、しびれや排尿障害などが残ってしまうことも。ですから、腰の痛み以外の症状がある場合は、迷わず受診してください。また、ぎっくり腰では、動かなければ痛みが比較的軽いことが多いとされています。もし、安静にしているのに痛むのであれば、それはぎっくり腰ではないと考えるべきでしょう。
やってはいけない行動5:マッサージに期待しすぎる
腰の痛みがあるときに、マッサージをしてもらって気持ちよく楽になったという体験をされた方もいるのでは? ただ、医学的には、マッサージが腰痛治療として明確に有効だと示す十分なエビデンスは、現時点では多くありません。また、とくに痛みの急性期に関しては「マッサージによって筋肉の炎症を強めてしまう可能性があるからよくない」と言われることもあります。しかし、それもまた十分なエビデンスの裏付けがありません。ということで、マッサージで一時的に症状が楽になるなら「絶対ダメ」と言うことはできませんが、あまり長時間または頻繁に受けたり、強い力でしてもらったりするのは、避けたほうがよさそうです。
ぎっくり腰の正しい対処
ここまでは、やってはいけないことを挙げてきましたので、ここからは正しい対処法を紹介します。
楽な姿勢のとり方
ぎっくり腰が起きた直後は、横向きに寝る姿勢が楽なことが多いようです。その際、膝を少し折り曲げるとよいでしょう。仰向けのほうが楽という場合にも、膝の下にクッションを置いて少し膝を曲げたほうが、痛みが和らぐと思います。一方、横になれない状況の場合は、腰かけて背中を少し丸め、固い壁などに背中を押しあてて姿勢を安定させるとよいでしょう。そして、激しい痛みが一段落するのを待ちます。もし、痛み止め(貼付薬や内服薬)やコルセットが手に入るなら、それらを使ってください。
こんな場合はすぐに受診
ぎっくり腰だと思っても本当はそうでなく、すぐに治療が必要な病気が起きている可能性も考えられます。動かしていない時も痛みが続く、腰や背中だけでなく胸やお腹も痛い、足のしびれ、発熱、体重減少など、腰痛以外の症状もある場合は、できるだけ早く受診してください。発症後の痛みが軽くなる気配がない、または痛みがひどくなるという場合も同様です。ぎっくり腰ではなく背骨などが骨折しているのかもしれませんし、内臓や血管の病気が原因の腰痛かもしれません。
ぎっくり腰は再発しやすい
ぎっくり腰は再発しやすいことが知られています。再発予防のため、荷物を持ち上げる時にはしゃがんで体に引き付けるようにして持つ、動作の最初に一呼吸置く、などの対策をとりましょう。また、腰痛体操などで腰回りを鍛えましょう。腰の負担を軽くするため、太り気味の人は減量も大切です。
ぎっくり腰かどうかの判断には検査が必要
今回は、ぎっくり腰の急性期の対処方法についてお話ししました。一番大切なことは、突然起きたその腰痛が、本当にぎっくり腰なのか? という点です。腰痛を繰り返し経験していて慣れてしまっているという人でも、原因がいつも同じとは限りません。初めて体験するような激しく痛む腰痛、初めてではないけれどもいつも少し違う腰痛などは、ぜひ医療機関で診てもらってください。
最後にぎっくり腰に関して、整形外科の専門医に聞いてみました。
ぎっくり腰(急性腰痛症)は、発症直後は炎症や筋緊張が強いため、無理に動かずに安静を保つことが重要です。腰部に痛みが限局し、時間経過とともに改善し、下肢の痛み・しびれ・筋力低下、発熱、排尿・排便障害を伴わない場合には、数日経過観察をしてもよいと考えます。
一方、痛みが増悪、下肢への放散痛やしびれ、脱力を伴う場合には腰椎椎間板ヘルニアなどの疾患の可能性もあるため、早期受診をお勧めします。
再発を予防するには、急な前屈姿勢や捻り動作を避け、物を持ち上げる際は膝も使い体に近づけること、日頃から体幹筋を意識した運動習慣や正しい姿勢が重要です。

