読売ジャイアンツ時代の村田修一(左)と中日ドラゴンズ時代の小笠原道大(写真:産経新聞社)

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[1/6ページ]

小笠原道大

・投打:右投左打

・身長/体重:178cm/84kg

・生年月日:1973年10月25日

・経歴:暁星国際高 - NTT関東

・ドラフト:1996年ドラフト3位(日本ハム)

 

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 40歳を迎えたシーズンに自身2度目のFA移籍を決断した小笠原道大。移籍を機に代打で復活を遂げた。

 

 1996年ドラフト3位で日本ハムファイターズに入団すると、2002年から2年連続で首位打者に輝くなど、瞬く間に球界を代表する打者となった。

 

 2006年には打率.313、32本塁打、100打点の活躍で打撃2冠(本塁打・打点)に加えて最優秀選手に選出された。

 

 同年オフにFA権を行使し、読売ジャイアンツへ移籍。リーグをまたいで2年連続となる最優秀選手を受賞するなど、移籍後も傑出した成績を収めた。

 

 だが、2011年以降は成績を落とし、2013年はわずか22試合の出場に。同年オフに2度目のFA宣言し、中日ドラゴンズに活躍の場を移した。

 

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 移籍初年度の2014年は、代打を中心に81試合に出場、打率.301、1本塁打、18打点と存在感を発揮した。

 

 翌2015年は53試合出場で打率.294をマークしていたが、同年限りでの現役引退を表明した。

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[2/6ページ]

村田修一

・投打:右投右打

・身長/体重:177cm/92kg

・生年月日:1980年12月28日

・経歴:東福岡高 - 日本大

・ドラフト:2002年ドラフト自由枠(横浜)

 

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 FA移籍によってリーグ優勝を叶えたのが、村田修一だ。

 

 日本大から2002年ドラフト自由枠で横浜ベイスターズに入団。ルーキーイヤーから25本塁打を放つなど、早くからチームの主砲として君臨した。

 

 2007年には自身初の本塁打王(36本)を獲得すると、翌2008年には打率.323、46本塁打、114打点と傑出した成績をおさめ、2年連続で本塁打王に輝いた。

 

 一方で、チームは2008年から4年連続最下位と低迷。2011年オフに国内FA権を行使し、読売ジャイアンツへの移籍を決断した。

 

 新天地でも中軸を任され、移籍初年度からリーグ3連覇に貢献。2016年には打率.302、25本塁打、81打点の好成績を残した。

 

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 翌2017年は数字を落としたものの、プロ入りから15年連続の2桁本塁打をクリア。しかし、若返りのチーム方針により、同年オフに戦力外通告を受けた。

 

 2018年は独立リーグでプレーしたが、NPB復帰は叶わず、現役引退を決断した。

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[3/6ページ]

髙橋聡文

・投打:左投左打

・身長/体重:176cm/87kg

・生年月日:1983年5月29日

・経歴:高岡第一高

・ドラフト:2001年ドラフト8巡目(中日)

 

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 やや停滞したシーズンを過ごしていた中、FA権を行使した髙橋聡文。FA移籍を機に輝きを取り戻した。

 

 2001年ドラフト8巡目で中日ドラゴンズに入団。高卒4年目の2005年に61試合に登板するなど、救援で頭角を現した。

 

 2010年には自己最多の63試合登板、4勝1敗31ホールド、防御率1.61の好成績をマーク。

 

 しかし、翌2011年は左肩痛によりわずか2試合の登板に。その後もなかなか登板機会を増やせないシーズンが続いた。

 

 2015年オフに国内FA権を行使し、阪神タイガースに活躍の場を移した。

 

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 移籍初年度の2016年には54試合に登板。復活の狼煙を上げると、翌2017年には61試合の登板で6勝20ホールド、防御率1.70とフル回転の活躍を見せた。

 

 だが、その後は再び左肩痛に苦しみ、2019年に現役引退を表明。阪神在籍は4年ながら、復活を印象付けるパフォーマンスを示した。

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[4/6ページ]

井納翔一

・投打:右投右打

・身長/体重:188cm/94kg

・生年月日:1986年5月1日

・経歴:木更津総合高 - 上武大 - NTT東日本

・ドラフト:2012年ドラフト3位(DeNA)

 

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 通算50勝の実績を引っ提げて、新天地に移った井納翔一。しかし、移籍後は思うような結果を残せず、わずか2年で戦力外通告を受けた。

 

 NTT東日本から2012年ドラフト3位で横浜DeNAベイスターズに入団。ルーキーイヤーから5勝を挙げた。

 

 翌2014年には25試合(159回1/3)を投げ、11勝9敗、防御率4.01と頭角を現した。

 

 その後も先発ローテーションの一角を担い、2020年は17試合(89回)を投じて6勝7敗、防御率3.94とまずまずの活躍を見せた。

 

 同年オフに国内FA権を行使すると、東京ヤクルトスワローズと読売ジャイアンツによる争奪戦の末、巨人への移籍を決断した。

 

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 ところが、移籍初年度はわずか5試合の登板にとどまり、防御率14.40と低迷。翌2022年はシーズンの大半を二軍で過ごし、一軍では7試合の救援登板に終わった。

 

 同年オフに戦力外通告を言い渡され、そのまま現役引退となった。

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[5/6ページ]

大和

・投打:右投右打

・身長/体重:177cm/77kg

・生年月日:1987年11月5日

・経歴:樟南高

・ドラフト:2005年高校生ドラフト4巡目(阪神)

 

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 球界屈指の守備力を誇り、レギュラー格を担っていた大和。新たな環境を求めて、同一リーグの他球団への移籍を決断した。

 

 樟南高から2005年高校生ドラフト4巡目で阪神タイガースに入団。内野手登録ながら外野手として出場機会を増やし、2013年に自身初の規定打席をクリア。

 

 翌2014年には121試合に出場し、打率.264、1本塁打、24打点、11盗塁、50犠打といぶし銀の活躍を見せ、外野手部門でゴールデングラブ賞に輝いた。

 

 しかし、その後は先発出場の機会が減少。2017年は再び二遊間に戻り、100試合出場、打率.280(規定未満)、1本塁打、16打点を記録した。

 

 同年オフに国内FA権を行使し、横浜DeNAベイスターズに移籍。

 

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 新天地では主に遊撃手として起用され、移籍2年目の2019年には自己最多の137試合に出場し、打率.237、37打点の数字に。

 

 以降も貴重な一軍戦力となっていたが、2024年は42試合と出番が激減。同年限りで退団となった。

 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。環境の変化を求めて他球団入りを決断する選手も多く存在するが、中には同リーグに移籍する選手も少なくない。ここでは、2010年以降にセントラル・リーグ球団間でFA移籍した大物選手を紹介したい。[6/6ページ]

丸佳浩

・投打:右投左打

・身長/体重:177cm/94kg

・生年月日:1989年4月11日

・経歴:千葉経大付高

・ドラフト:2007年高校生ドラフト3巡目(広島)

 

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 リーグ3連覇中の広島東洋カープから読売ジャイアンツに移籍し、“1人リーグ5連覇”を成し遂げたのが、丸佳浩だ。

 

 2007年高校生ドラフト3巡目で広島に入団すると、高卒4年目の2011年にレギュラーへ定着。

 

 2013年には盗塁王(29個)を獲得し、不動の3番打者として2016年からのリーグ制覇に貢献した。

 

 特に2018年には打率.306、39本塁打、97打点、10盗塁、出塁率.468と傑出した成績をおさめ、最優秀選手を受賞。同年オフに国内FA権を行使し、巨人に活躍の場を移した。

 

 移籍初年度は打率.292、27本塁打、89打点、12盗塁と安定した数字をマークし、2年連続で最優秀選手に輝いた。

 

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 その後も主力として活躍を続け、2024年まで12年連続で2桁本塁打をクリア。

 

 36歳を迎えた2025年は、故障で出遅れて90試合の出場にとどまったが、打率.267、6本塁打、26打点を記録。衰えを感じさせないパフォーマンスを示している。

 

 

【了】