いよいよ2026年も間近。毎年正月には「今年は良い年になりますように」と祈るべく、多くの人が寺社仏閣へ初詣に向かう。祈りを捧げられる神仏の中でも、とりわけ有名なのが「七福神」だろう。

  • 七福神のご加護にあやかりに浅草へやってきた

    七福神のご加護にあやかりに浅草へやってきた

七福神のご加護を効率的にゲットできるのが、台東区の浅草周辺にある「浅草名所(などころ)七福神」だ。『七』福神といっても実際に巡るのは9箇所なのだが、これは「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。九は鳩でありあつまる意味をもち、また、天地の至数、易では陽を表す」という故事に由来する。

「浅草名所七福神会」公式サイトの説明では「徒歩で4時間半」とされているが、ちょっと早足で巡ると実際どれくらいで周れるのか? 来年の福を願いつつ、「松屋浅草」の時計が正午を差すと同時にスタートしてみた。

  • 松屋の時計が正午を指すのを見届けてスタート

    松屋の時計が正午を指すのを見届けてスタート

(1)浅草寺(七福神:大黒天) ―言わずと知れた観光&SNS映えスポット

松屋浅草から最初に向かうのは、都内最古の寺(628年創建)にして日本を代表する一大観光地「浅草寺」である。

浅草寺に鎮座している七福神は「大黒天」。福の神や台所の神として知られるが、実は古代インドのマハーカーラ神(ヒンドゥー教の最高神・シヴァ)に由来し、本来は畏怖と強大さを備えた悪霊退散の守護神なのだと言う。この大黒天の御威光が世界中から人を吸い寄せているのか、平日にもかかわらず国内外の観光客でごった返している。

  • 雷門の前だけであらゆる地域・国籍の人々が揃いそうな賑わい

    雷門の前だけであらゆる地域・国籍の人々が揃いそうな賑わい

境内を歩いていてまず目に入るのが、和装の人の多さだ。最近はSNSに写真を投稿して楽しむ人も多く、特に若い女性たちが華やかな着物姿で浅草寺界隈を散策する光景があちこちで見られる。また、海外から訪れた観光客がレンタル着物で楽しんでいる姿も目にする。

こうした客の多さは、ひとえに浅草寺が撮って「映える」ためだ。壮麗な本堂をはじめ雷門・仲見世・宝蔵門・五重塔と見所には事欠かないし、本堂の近くでお香の煙を巻き上げる「常香炉」など、探してみれば細かな「エモさ」が山盛りである。

  • 夜の浅草寺とスカイツリー

    夜の浅草寺とスカイツリー

浅草寺の右手(東方向)を眺めれば、遠くに墨田区の東京スカイツリーもそびえ立っている。江戸以前からの長い歴史がある古刹と、現代の東京を代表する超高層建築を合わせて写真に収めるのも良いだろう。

  • 影向堂の周りに集まる着物の女性とカメラマン(?)

    影向堂の周りに集まる着物の女性とカメラマン(?)

また、本堂左手にある薬師堂・影向堂の周辺も紅葉が美しく、小川の流れる和風庭園のようになっていて、多くの男女が着物姿で記念撮影を楽しむ隠れフォトスポットだ。往来の邪魔にならないような配慮は必要だが、寺・樹木・空の青・着物を一度に撮れるため、こちらもおすすめである。

  • この御朱印を日が暮れる前に9箇所コンプリートしなければならない

    この御朱印を日が暮れる前に9箇所コンプリートしなければならない

ところで、浅草名所七福神を巡る際は、最初に行った寺社で所定の現金を奉納して「色紙」「福絵」「福笹」などを授与してもらい、それを使って他寺社でも御朱印や絵馬を受け取っていく形となる。浅草寺の場合は上記の影向堂で頒布しているので、今回はより簡便に御朱印をもらえる福絵を選択した。福絵には既に浅草寺の御朱印が押されているので、七福神巡りの残りは8箇所だ。

『浅草寺』:東京都台東区浅草2-3-1

(2)浅草神社(七福神:恵比寿)―三社祭で有名な穴場

次は浅草寺のすぐ隣にある「浅草神社」である。ここで祀られている七福神「恵比須神」は七福神の中で唯一の日本生まれ。恰幅の良い男性が釣竿を携えているイメージで有名であり、大漁成就の福の神として、漁業の盛んな日本に長らく開運招福をもたらしてきた御仁だ。

また、浅草神社は三社様(さんじゃさま)として知られ、神田祭(神田明神)・山王祭(日枝神社)に並ぶ江戸三代祭りのひとつ「三社祭」は大きな賑わいになる。

  • 浅草神社は明治時代の人物分離令により浅草寺から独立した経緯がある

    浅草神社は明治時代の人物分離令により浅草寺から独立した経緯がある

さて、目的は浅草名所七福神である。200円を奉納し、先ほど浅草寺で授かった福絵に赤い御朱印を押してもらった。この調子で残り7箇所も回ることになる。

次の目的地は西方向に少し離れた場所にある。浅草寺の周辺は仲見世・裏通り・伝法院通りに飲食店や食べ歩きが充実しており、特に伝法院通りは「浅草メンチ」や「大黒屋」など平日昼間から行列ができる店も多い。散策に向かう前の昼食や軽食をここで済ませても良いだろう。

『浅草神社』:東京都台東区浅草2-3-1

(3)矢先稲荷神社(七福神:福禄寿)―大銀杏に守られた静かな境内

  • シンプルだが清潔な境内を大銀杏(手前)が見下ろす

    シンプルだが清潔な境内を大銀杏(手前)が見下ろす

浅草寺界隈から西へ進んで国際通りを渡り、しばらく歩いた場所にあるのが第3の目的地、「矢先稲荷神社」だ。ここは三代将軍・徳川家光公が国家安泰や武道練成のため建立したもので、弓の腕を磨くための「通し矢」が江戸市民にも人気だったほか、拝殿の格天井に古今の日本馬乗史を描いた100枚の絵が奉納されているなど、とりわけ武術・武芸との縁が深い。

一方、ここの七福神「福禄寿(ふくろくじゅ)」は白髪童顔の穏やかな容姿で、福(幸福)・禄(生活や経済の安寧)・寿(健康長命)という三つを授ける福の神だ。家光公が求めたであろう武芸百般の侍とはイメージが真逆にも思えて面白い。

  • かっぱ橋道具街もインバウンドに人気のエリア

    かっぱ橋道具街もインバウンドに人気のエリア

矢先稲荷は浅草寺界隈と違って人影も少なく、境内自体も非常にコンパクト。区の保護樹木という大銀杏が立ち、手水舎も良い雰囲気を出している。観光地的な騒がしさから距離を置いた、のどかで生活感あるスナップショットを撮れそうだ。近隣の人気スポット「かっぱ橋道具街」へ掘り出し物に探しにいくのも一興である。

『矢先稲荷神社』:東京都台東区松が谷2-14-1

(4)鷲神社(七福神:寿老人)―「酉の市」「近代文学」ゆかりの場

かっぱ橋道具街からしばらく北に歩いた先にあるのが、入り口の大熊手が目印の「鷲(おおとり)神社」だ。ここで祀られているのは白髪・長頭の七福神「寿老人(じゅろうじん)」。中国道教の祖・老子が仙格化されたものであり、長寿福徳の巻物と杖、不死の霊薬を入れた瓢箪、長寿と自然調和を表すお供の牡鹿、不老長寿の桃など、見事なほどにご長寿コーデで全身を固めた神様だ。

  • 鷲神社は願い事を書いて中に入れる「叶鷲(かなりどり)」という木彫人形も人気

    鷲神社は願い事を書いて中に入れる「叶鷲(かなりどり)」という木彫人形も人気

境内には椅子やテーブル、給茶機も置かれている。浅草寺界隈からそこそこの距離を歩いて疲れが出るタイミングでもあるので、ここで休憩しても良いだろう。筆者は急いでいたので、御朱印とお茶だけを頂いて先へ急ぐことにした。

鷲神社は11月の酉の日(十二支)に開運招福のため関東各地で行われる「酉の市」の発祥地だ。酉の市の様子は明治時代の女流作家・樋口一葉が「たけくらべ」で描写したほか、正岡子規や岡本かの子など多くの文人が記している。境内には樋口一葉の文学碑があり、神社近くには「台東区立一葉記念館」もあるので、余裕があればこちらも見ておきたい。

『鷲神社』:東京都台東区千束3-18-7

(5)吉原神社(七福神:弁財天)―大河ドラマ効果で再注目

鷲神社の近くには5番目の目的地「吉原神社」がある。その名のとおり昔の「新吉原遊郭」に縁が深く、1872年(明治5年)に遊廓入口と四隅にあった稲荷神社を合祀して誕生した。ここで祀られている七福神「弁財天」は主に琵琶を奏る姿で表され、芸能・芸事にご利益があるなど、遊郭という地域性と深い結びつきが垣間見える。

  • 神社の手前にあるのが九郎助稲荷。ドラマそのままの御姿である

    神社の手前にあるのが九郎助稲荷。ドラマそのままの御姿である

参拝者は境内の規模と比べてかなり多い。理由はほぼ間違いなく、2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」による「聖地巡礼」効果だろう。ドラマは後世「江戸のメディア王」と称される版元・蔦屋重三郎(演:横浜流星)が主人公だが、彼の生誕地である吉原が前半の舞台であり、吉原神社も印象的な場面でたびたび登場した。

劇中でナレーションをつとめる九郎助(くろすけ)稲荷の神狐像(演:綾瀬はるか)も、2025年に新しく奉納されたものが存在感を放っていた。掲示板には「べらぼう」関連の観光情報もあるので、蔦重とヒロイン達の逢瀬を思い返したり、彼の足跡を辿ったりして楽しめる。

  • 吉原弁財天の中にはかなりギョッとさせられる案内や展示も多い

    吉原弁財天の中にはかなりギョッとさせられる案内や展示も多い

反面、江戸最大の遊郭・吉原は「べらぼう」劇中でも描写があるように、多くの遊女達が抑圧的な人生を送っていた場所だ。神社の近くには飛地の「吉原弁財天」があり、遊女にまつわる過酷な歴史を示した碑文や看板が並んでいる。吉原の遊女達は弁財天に何を祈り、願っていたのか……という想像をせざるを得ない。

神社の近くでは、蔦重が興した書店になぞらえた観光案内所の「江戸新吉原耕書堂」も2026年1月12日(月祝)まで営業している。吉原の歴史について理解を深めるうえでも、「べらぼう」の世界観により浸るうえでも、今のうちに行っておいて損はない。

『吉原神社』:東京都台東区千束3-20-2

(6)橋場不動尊(七福神:布袋尊)―江戸時代の建物が現在も残る

  • 山谷地域には昔ながらの看板建築も現存している

    山谷地域には昔ながらの看板建築も現存している

吉原神社から次までの道のりはかなり長い。吉原を抜けてひたすら東方向に進み、強い生活感や静けさの漂う山谷(さんや)を抜け、隅田川近くの突き当たりで左折した先が、6番目の「橋場不動尊(不動院)」だ。現在の本堂は江戸時代の1845年に建立されて以降、関東大震災や東京大空襲でも奇跡的に焼け残ったため「火伏せの不動尊」として知られている。

  • 大きな都営団地と隣接する橋場不動尊

    大きな都営団地と隣接する橋場不動尊

ここの七福神は「布袋尊(ほていそん)」。10世紀初期の中国に実在したという僧侶であり、一般的に幸福を詰め込んだ「頭陀袋(ずたぶくろ)」がトレードマークだが、橋場不動尊の布袋尊はこの袋を持たず、大きく丸々とした太鼓腹が代わりとなっている。インド神話の神々や中国道教の祖に混ざって、実在のお坊さんが七福神として並んでいるのだから驚きである。

橋場不動尊は住宅街の真ん中にあり、「浅草名所七福神」の中でも規模的には一番小さい。静かに参拝して御朱印を受けたら、次の場所に向かうのが良いだろう。

『橋場不動尊』:東京都台東区橋場2-14-19

(7)石浜神社(七福神:寿老神 ※2回目)―境内の茶処が休憩におすすめ

  • ここに来た時点で午後3時前。実はあまり時間がない

    ここに来た時点で午後3時前。実はあまり時間がない

橋場不動尊から北へ向かって明治通りを渡った先が、浅草神社七福神で唯一荒川区にある「石浜神社」である。ここは七福神の「寿老『神』」を祀っているが、鷲神社の寿老『人』と同じ存在でありながら漢字が異なっている。

  • 隅田川をまたぐ白鬚橋をスーパー堤防の上から撮影

    隅田川をまたぐ白鬚橋をスーパー堤防の上から撮影

境内は清潔で明るく、隅田川堤防沿いの景観とも合わさって非常に開放的。近くには隅田川をまたぐ「白髭橋」があるほか、スーパー堤防上の遊歩道も整備され、対岸で巨壁のごとく連なる防火機能付きマンモス団地「白髭東アパート」の威容も眺められる。神社そのものもスーパー堤防建設に伴う移転を経験しており、東京の土木事業や防災対策と結びつきが極めて深い場所だ。

  • かつては富士山の方角を眺めていただろう狛犬が、現在は東京スカイツリーを見つめている

    かつては富士山の方角を眺めていただろう狛犬が、現在は東京スカイツリーを見つめている

また、かつての石浜神社は境内から富士山を眺められ、この地域の富士講(富士山信仰)の中心地であった。現在の境内にある富士塚は昭和末期に新造されたもので、富士山そのものも周囲の建物に阻まれて見えなくなったが、代わりに東京スカイツリーを利用すれば良い写真が撮れそうだ。

境内にはカフェや食事に利用できる「石濱茶寮 楽」もあり、みたらし団子など持ち帰りのスイーツから豪華な御膳までメニューが充実。鷲神社と同様、七福神巡りの長歩きで疲労が溜まっている時の休憩や軽食に最適だ。

『石浜神社』:東京都荒川区南千住3-28-58

(8)今戸神社(七福神:福禄寿 ※2回目)―招き猫づくしの「KAWAII」神社

  • 境内の樹木(手前)をよく見ると招き猫の飾りがたくさん付けられている

    境内の樹木(手前)をよく見ると招き猫の飾りがたくさん付けられている

石浜神社でUターンして再び台東区へ入り、しばらく南向きに進んだ場所にあるのが8番目の「今戸神社」。ここは幕末の新撰組一番隊組長・沖田総司が看病のかいなく病没した地でもある。祀られている七福神は矢先稲荷神社と同じ福禄寿だ。

  • 【写真】ハートと猫のモチーフが目を引く今戸神社。縁結びで知られ、浅草七福神巡りでも屈指の“KAWAII”スポットだ

    ハート型のモニュメントにも招き猫&普通の猫がたくさん

現在の今戸神社は「招き猫」の発祥地として有名である(※発祥地は諸説あり)。境内の至る所に猫が潜んでおり、全部で何匹いるのかは見当もつかない。招き猫をはじめ猫カフェ・猫グッズなどを愛好する猫文化は海外から見ても魅力的なものであり、浅草駅前で人力車に乗り込んだ外国人観光客が、招き猫目当てに今戸神社へ直行することも多いという。

  • 御朱印もビニール袋も招き猫!

    御朱印もビニール袋も招き猫!

もちろん神社のお守りやグッズも猫づくし。ピンク色の紙を切り抜いて愛らしい招き猫をあしらった「切り絵ご朱印」も大変可愛らい。この招き猫が、後々の「ハローキティ」のような猫型キャラクターや、日本から海外に広がった「KAWAII」カルチャーにも繋がっているのかも?とも思わせてくれる。

『今戸神社』:東京都台東区今戸1-5-22

(9)待乳山聖天(七福神:毘沙門天)―通好みのスポットは「大根」が名物

  • 待乳山聖天の参拝者には着物姿の女性も多い

    待乳山聖天の参拝者には着物姿の女性も多い

今戸神社のすぐ近くにあるのが、今回の最終目的地であり、浅草寺にも並ぶほどの長い歴史を持つ「待乳山聖天(まつちやましょうでん)」だ。ここで祀られている七福神は古代インドの財宝神・ヴァイシュラバナに由来する「毘沙門天(びしゃもんてん)」。左手の宝塔で財宝や福をもたらし、右手の鉾で邪を払い、心に勇気や決断力を与えてくれる神である。

待乳山聖天の紋章は「巾着」と「大根」。巾着は商売繁盛の砂金袋、大根は無病息災・夫婦和合・子孫繁栄のシンボルであり、とりわけ大根は縁起物として境内でもあちこちに見かけられる。毎年1月7日に「大根まつり」が行われ、参詣者へ御神酒とともにふろふき大根が振る舞われているので、七福神巡りのタイミングと合わせるのも丁度いい。

  • こうした大根飾りのほか、本物の大根もお供え物に用いられている

    こうした大根飾りのほか、本物の大根もお供え物に用いられている

境内の全体が小高い山になっており、江戸時代には隅田川や山谷堀(隅田川~吉原を繋いでいた水路)に接していたのもあり、寺院・水辺・高低差の合わさった風光明媚さが歌川広重などの浮世絵に残されている。現在は隅田川の水辺も遠のき、山谷堀は埋め立てられて公園となったが、境内そのものの美しさが観光客を惹き寄せるのは現代でも変わらない。

待乳山聖天を人力車で訪れる着物女子や外国人観光客も多く、とりわけ本堂へ続く階段と常香炉のあたりが撮影スポットとしておすすめだ。「映える」景色を記録や思い出に残したがるのは、浮世絵が主要メディアだった江戸時代でも、SNS全盛の現代でもそう大差はない。

『待乳山聖天』:東京都台東区浅草7-4-1

七福神のご加護で良き新年を!

  • なんとか時間内に9箇所を走破!

    なんとか時間内に9箇所を走破!

待乳山聖天で福絵に最後の御朱印を授かり、ついに浅草名所七福神の福絵は完成。正午の松屋浅草前からスタートして、浅草周辺をぐるりと徒歩で反時計廻りして、終わったのは午後3時半頃。冬の日が傾き始める時間であった。

完走した感想としては、「思ったより早かったな?」という印象であった。多少の寄り道や見学を挟みつつ3時間半ほどで一周できたので、早歩きが得意な人なら、ちょっとしたウォーキングを兼ねてタイムアタックしてみるのも良いだろう。逆に、複数人でじっくり見学・観光したいならば、多少の余裕を取って午前中に始めることを推奨する。多くの神社は午後4時頃に御朱印の窓口が閉まるので、一日で全箇所を巡りたいなら注意である。

  • 浅草寺近辺は夜のライトアップも要注目

    浅草寺近辺は夜のライトアップも要注目

七福神達のご利益を沢山授かったのだから、2026年にはさぞや健康にも人間関係にも恵まれ収入や実績もアップして……と打算的な期待もしたくなるが、心願成就は正月に限らず毎日を健やかに過ごしてこそ。日々の取り組みや努力を七福神が後押ししてくれることを信じて、2026年も頑張っていきたいものである。

  • 「浅草名所七福神」を早足で全制覇! 『七』福神といっても、実際に巡るのは9箇所だ

    2026年の健康・繁栄を夜の浅草寺で祈りつつ、浅草を後にした