「認知症」と聞くと、高齢者を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、働き盛りでも発症する可能性があり、日本の若年性認知症患者数は推計約3.57万人とされています(人口10万人あたり約50.9人)。発症が家庭やキャリアの最前線に重なることで、生活の設計が一変し、本人だけでなく周囲の生活にも大きな影響が及びます。それでも、社会の理解や支援はまだ十分とはいえません。

生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。今回は松本健太郎さんにお話を伺います。


30年間営業として勤めた会社を退職し、51歳で転職をした松本健太郎さん。現在は講演活動と、自然派コスメブランドの工場施設内での仕事を中心に働いています。きっかけは、48歳で若年性アルツハイマー型認知症(以下、若年性認知症)の診断を受けたことでした。ブログで病気を公表した松本さんは「若年性認知症になってからも自分らしく働き、生きることができる」と言います。

松本さんと、松本さんをサポートする精神保健福祉士の大辻誠司さんにも話を聞きました。全3回のインタビューの3回目です。

1回目の記事→「午前2時出社」でも終わらない仕事。ミスを繰り返し、周囲の信頼を失った48歳の会社員——“若年性認知症”と診断されるまでの数年間
2回目の記事→48歳で告げられた“余命10年”。「死んでる場合じゃない、稼がなきゃ」若年性認知症になった父の決断とその後

できるだけ早く病気に気づいてほしい

診断後、アルバイト社員としてガソリンスタンドで週4日勤務し、規則正しい生活習慣や運動を心がけた松本さん。生活改善のおかげで健康診断の結果も改善していきました。病気の進行を食い止めようと、さまざまな情報を集め実践する日々のなかで、松本さんを勇気づけたのは当事者として活躍する人たちの存在でした。

  • ガソリンスタンド勤務では、おつりや給油量を間違わないよう、何度も繰り返しつぶやくなどの工夫をしていた(ご本人提供)

    ガソリンスタンド勤務では、おつりや給油量を間違わないよう、何度も繰り返しつぶやくなどの工夫をしていた(ご本人提供)

「あるとき、山中しのぶさんという方の活躍を知りました。山中さんは若年性認知症と診断されてから高知県でデイサービスセンターを開設し、今は2カ所の施設を経営している女性です。彼女の活躍を知って、若年性認知症だから何もできないわけじゃない、こんなふうに活躍している人がいる、と驚き、自分自身の未来にも希望が持てたんです。

それで、私もだれかの役に立つことをしたい、自分に何ができるかを考え始めました。数カ月間いろいろと悩み、まずはブログを開設して発信しようと決めました」(松本さん)

松本さんは2023年9月にブログ「あるつは今」を開設。診断を受けてからの日々の日記、食事や生活習慣改善に取り組んだ内容、病院での診察記録などを公開しています。

「できるだけ早く病気に気づいてほしい、という強い思いがあります。若年性認知症は高齢発症の認知症と比べて、進行速度が速いと言われます。早い段階で気づき治療を始めれば、進行スピードを遅くできる。私自身、会議中に同僚や上司たちから『病院に行ったほうがいい』と言われなければ気づかなかったと思うんです。気づかないまま診断が遅れ、もっと症状が進行していたでしょう。

だから自分の症状や経過をオープンにして『こんな症状があったら受診したほうがいいんだな』とヒントになればと思いました。開設から2年、これまで数万人が訪問してくれているようです。なかなか更新できないと『どうしたの?』と心配してメッセージをくれる人もいるし、専門家の方からも『参考になる』とコメントをいただいています」(松本さん)

認知症の人たちの希望になるために

松本さんが通う砂川市立病院の精神保健福祉士として松本さんの支援をしてきた大辻さんは、「ブログを開設して病気を公開する」と聞き「その勇気と行動力に衝撃を受けた」と話します。

「認知症と聞くと“何もできない”というイメージがあるかもしれませんが、実際は自分でできることもたくさんあります。松本さんは病気とともに生きながら、だれかの役に立つことを模索し、自分をさらに高めようと、できることを探し続けていました」(大辻さん)

松本さんの行動力に背中を押された大辻さんは、話を聞いた翌日に北海道保健福祉部の担当者に電話をかけ「ほっかいどう希望大使の制度を作ってはどうか」と提案しました。「希望大使」は認知症になっても希望を持って前向きに暮らす姿を社会に発信するため、厚生労働省が認知症当事者を大使として任命する制度です。都道府県ごとに「地域版希望大使」が設置されていますが、当時まだ北海道にはその制度がありませんでした。

  • ほっかいどう希望大使の委任状を掲げる松本さん(写真左から2番目)

    ほっかいどう希望大使の委任状を掲げる松本さん(写真左から2番目)

「若年性認知症はまだまだ偏見も多く、自分の病気を周囲に隠している人も少なくありません。病気を公表して経過を発信する松本さんの姿は、きっと多くの人の希望になるはずだと確信したのです。すると担当者がすぐに動いてくれました。翌年の予算会議を通過し2024年3月には『ほっかいどう希望大使』の募集が始まりました」(大辻さん)

松本さんは大辻さんから制度について説明を受け、妻の同意を得て大使に応募。その結果、2024年8月「ほっかいどう希望大使(認知症本人大使)」にほか2名とともに任命されました。大使は、認知症に対する正しい知識や理解を深めるための講演や当事者交流などの活動を行います。

松本さんは病気のために事務作業が難しいため、大辻さんが講演活動をサポートする役割を担うことになりました。

「私にはどうしてもできないことがあるので、講演依頼の対応や、予定の管理はすべて大辻さんにお願いしています。大辻さんは依頼を直接私に転送するのではなく、私にわかりやすい形でタイミングを見て連絡してくれるのでとても助かっています」(松本さん)

大辻さんは「松本さんが講演などで社会交流の場を持つことが若年性認知症の進行抑制にも役立っているのでは」と話します。

「松本さんは、常に食事・睡眠・運動・入浴の生活リズムを徹底的に意識して生活しています。薬での治療のほか、正しい生活習慣の積み重ねは病気の進行抑制にとても大切です。さらに、希望大使の活動では当事者、当事者家族、医療介護の現場で働く専門職など、さまざまな人と交流する機会があります。自分が社会の役に立っているという承認欲求が満たされることは、病気のいちばんの薬ではないか、と私は考えています」(大辻さん)

51歳で迎えた、希望に満ちた再就職

若年性認知症と診断後、自動車免許を返納した松本さんは、2年ほど通勤・通院を妻に車で送迎してもらっていましたが、その負担を軽減するために徒歩通院できる砂川市へ移住を検討します。

「会社の拠点は砂川市にはなく、砂川市に移住するなら転職しなくてはいけません。どうしようかと考えていたところ、あるご縁で株式会社シロの今井会長と会う機会がありました。今井会長は私の活動に興味を持ってくれ、一緒に認知症に対する社会の概念を変えたいと『うちで働かない?』と声をかけてくれたのです。ほっかいどう希望大使の活動も業務の一環としていいとも言ってもらえ、転職を決めました。転職について家族に相談したら『今よりも収入が落ちなければかまわないよ』って(笑)」(松本さん)

  • SHIROでは工場見学ツアー参加者へ説明を行うガイドも務める

    SHIROでは工場見学ツアー参加者へ説明を行うガイドも務める

それまで30年勤めた会社は松本さんにとって家族も同然でしたが、松本さんの選択を応援してくれ円満退社となりました。そして松本さんは2025年11月から51歳で新入社員に。シロが運営する「みんなの工場 by SHIRO」という、化粧品製造工場にカフェなどを併設した施設での勤務です。

「砂川市にある『みんなの工場 by SHIRO』で、受付の仕事をしたり、レストランで提供する野菜の畑仕事をしたり、冬場は雪のすべり台を作ったり、かまくらを作ったりもします。工場見学ツアーのガイドも練習中です。

そのほかには、平均して月2回くらいの講演や、当事者交流など希望大使としての活動があります。講演は主に道内ですが、1月には初めて東京での講演をする予定です」(松本さん)

営業部の管理職、そしてガソリンスタンド業務からの大きなキャリアチェンジ。仕事の変化をどんなふうに感じているのでしょうか。

「営業は売り上げ・利益・販売拡大のことを長年考え続け、業績向上や出世など結果が出ることがやりがいだったと思います。今はそのころとはまったく違います。シロの業務はまだ始めたばかりなのでこれからどうなるかわかりませんが、51歳でも希望を携えた再就職となりました。

もう1つの仕事であるほっかいどう希望大使の活動については、早期発見・早期治療につながるように広く若年性認知症のことを知ってほしいですし、私と同じ病気の人をできれば救ってあげたい思いです。当事者の方が笑顔で自分らしく過ごせるようになれば、それが私の生きがいになっていくと思います」(松本さん)

当事者や家族が安心して相談できるサービスを作りたい

若年性認知症当事者が直面する大きな課題として、社会の偏見があります。「何もできない人」という誤解や、「働けない」「役に立たない」という決めつけなどです。

「講演会では当事者の方たちと直接お話しする機会もありますが、当事者の方たちはそもそも表に出てこられないんです。本人が周囲に知られたくないこともあるし、恥ずかしいことだという認識があって家族が隠したがることもあります。公的機関に相談するには名前や住所を聞かれるから周囲に知られるのがこわい、と相談にもたどり着けない人もいます」(松本さん)

当事者同士が相談できる場が必要だと考えた松本さんは、さらなるサービスへの挑戦を考えています。それは若年性認知症当事者と家族のためのオンラインコミュニティです。

「インターネット上で個人情報を明かさず、アバター同士で相談しあえる窓口を作りたいと考えています。今のところそういうサービスを探しても見当たりません。それなら自分で作ろうと。サービス名は『オレンジネット』を考えています」(松本さん)

気軽に相談できる場所は、当事者だけではなく家族にとっても必要です。

「家族にとっても『夫が何回も同じことをするんだけど、どうしたらいいんだろう』といった悩みはなかなか相談できないらしいのです。だれかに相談しても『そんなのよくあることだよ』と言われてしまうと、それ以上は相談しづらいですよね。

あるいは診断が出て症状が進行している人の家族の場合、トイレで用を済ませたあとに拭き忘れたり、水を流し忘れたりするといった、生活上の悩みを打ち明ける場所もなかなかありません。

だれにも言えないまま心の中に心配事を抱える人たちを受け止め、安心して本音で語り合えるオンラインコミュニティを作りたいと思っています。今の会社が副業を認めてくれているので、少しずつ実現に向けて動き始めているところです」(松本さん)