日本では、推定3.57万人が抱えているとされている若年性認知症。発症年齢が比較的若いことから、就労や子育て、家計の維持など、社会生活の中核に関わる課題に直面しやすいのが特徴です。社会構造や働き方が大きく変化するなかで、個人や家族だけでなく、社会全体として支え方を考える必要性も高まっています。
3年前、48歳のときに若年性認知症の診断を受けた松本健太郎さん。30年間キャリアを築いた営業職でしたが、病によって大きな変化を強いられます。自分の仕事と家族の生活がどうなってしまうのか――。
生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。今回は松本健太郎さんにお話を伺います。全3回のインタビューの2回目です(※1回目の記事「午前2時出社」でも終わらない仕事。ミスを繰り返し、周囲の信頼を失った48歳の会社員——“若年性認知症”と診断されるまでの数年間)。
「死んでる場合じゃない、稼がなきゃいけない」
診断を受け、松本さんは4カ月間の休暇を取得しました。休暇中はインターネットで専門機関の研究などの信頼性の高い情報を調べ、進行を抑えるためにできることを探し、生活習慣の改善に真剣に取り組みました。
「調べてみると、生活習慣の改善が認知症進行を遅らせる可能性があるとわかりました。そこで、休職期間中は食事・睡眠・運動を徹底的に意識して、生活習慣の改善に取り組んでみたのです。食事は自炊して玄米中心にしたり、調味料を変えてみたりと、いろいろと試しました。毎日浴びるように飲んでいたお酒も週に1回飲むか飲まないくらいにして、意識的によく歩くようにしました」(松本さん)
休職期間中は保険組合の傷病手当が支給されますが、申請から支給までには時間がかかることもあり、家族の生活費は貯金を取り崩していました。ある程度貯蓄があったからなんとか乗り切りましたが、経済状況が厳しくなると家庭の雰囲気もだんだんと重くなってくるようでした。
「医師からは、薬を服用しなければ平均余命は約10年、服用しても約15年と言われました※。当時48歳です。何もしなければ年金受給まで達さないうちに人生を終えることになるなんて、信じたくない見通しでした。でも娘の進学もあるし、『死んでる場合じゃない、稼がなきゃいけない』と。あの時期は、とにかく病気を進行させないこと、生活費を補うこと、その2つをなんとかしなければ、という思いでした」(松本さん)
※本記事中の余命に関する言及は、当時に松本さんが医師から受けた説明や、その時点での受け止めをもとにしたものです。若年性認知症の経過や予後は、認知症のタイプや発症年齢、合併症、治療・支援の状況などによって大きく異なり、一律に示せるものではありません。
主治医の元へ上司2名が訪れ、話し合った「雇用継続」
「若年性アルツハイマー型認知症」の診断を受けた松本さんの就労をサポートしたのは、砂川市立病院の精神保健福祉士として認知症当事者や家族を支援している大辻誠司さんです。大辻さんによると、若年性認知症の患者は失職してから受診する人が多く、認知症と診断されたあとも働き続けるケースはまれなのだとか。
「私がそれまで支援していた患者さんは、すでに症状がかなり進行して失職していた方がほとんどで、就労支援できたケースはありませんでした。私にとって『働きたい』と強い意志を持った患者さんは松本さんが初めてだったんです。それで、上司の方2名に来ていただいて主治医と私との4人で、松本さんの雇用の継続について相談しました。
上司の方たちも松本さんとは長い付き合いだし、なんとかしたいという気持ちを持っていたのだと思います。職場での人間関係も非常に良好なようでした。『この病気だからと仕事を失うことにならないように』と配慮をお願いしたところ、松本さんが働き続けられるように検討してくださいました」(大辻さん)
その結果松本さんは営業部の管理職を離れ、復帰した2023年3月からは会社が経営するガソリンスタンドにアルバイト社員として勤務することになりました。
週4日勤務、時給制のアルバイト社員に
「ガソリンスタンドでの勤務経験もあったことから、自分にもできる給油や洗車やタイヤ交換、オイル交換などの業務を担当しました。病気のためあまり長時間働くことはできず、1日8時間の週4日勤務。時給のアルバイト社員ですから、それまでと比べると収入はガクンと落ちました。ですが、とにかく家に生活費を入れなくてはいけません。仕事は簡単かもしれませんが、一生懸命取り組みました」(松本さん)
✅ 次回『「若年性認知症=何もできない人」じゃない——51歳で迎えた“希望に満ちた再就職”』では、診断から3年経ち51歳となった松本さんの現在の状況などをお聞きします。
監修医より
若年性認知症とは65歳未満で発症する認知症の総称であり、全認知症患者の約5〜10%を占めます。原因疾患や臨床経過、社会的影響が高齢発症例と異なる点が特徴です。アルツハイマー型認知症も含まれますが、その他の疾患もあります。
原因に応じて対応が異なりますので、早期受診が重要です。社会生活がうまく送れなくなるため、周囲の理解とサポートが大切になります。職場の理解も重要ですが、仕事内容によっては継続できないこともあります。
まずは適切な診断が必要になります。診断結果で治療法も変わりますし、改善するものもあります。認知症の進行が免れない場合も、進行を抑える治療や生活の工夫が必要になるため、専門家による対応が不可欠です。
