物価上昇や労働力不足を背景に賃上げの動きが広がる一方で、実質賃金はむしろ減少傾向にあり、働けども生活が豊かにならない状況が続いている。そのため、労働に対するモチベーション低下や離職率の上昇など、さまざまなリスクが顕在化しつつある昨今、改めて“賃上げ”の影響を確認しておく必要がある。
「はたらいて、笑おう。」をビジョンに掲げるパーソルグループは記者向け勉強会を開催。パーソル総合研究所 研究員の砂川和泉氏が登壇し、2,500名を対象に実施した賃上げと就業意識に関するアンケート結果を交えながら、賃上げの実態と課題を論じた。
昇給は個人の努力だけでは難しい
砂川氏は、2023年以降にベースアップがあった人が7割、初任給の引き上げがあった人が6割いるなど、賃上げが着実に進んでいる状況に触れる。しかし「賃金は上がっているものの、それ以上に物価が上がっている」「パートタイム労働者の時間当たり賃金は伸びていますが、それに比べて一般労働者・フルタイム労働者の伸びは鈍いのが実態です」と説明した。続けて、メディアで“賃上げ”が頻繁に取り上げられる一方で「実際には給与が上がっていない人も多い」と現状を示した。
また、年収が上がった理由として「賞与・ボーナスが増えた」「ベースアップ」という回答が多かった点にも触れ、「個人の努力だけで物価上昇を上回る昇給を実現するのは難しい」「賞与やベースアップという形で企業が積極的に従業員へ還元していくことが大切です」と指摘。一方で「業績が上がらないとなかなか賃上げできない」と考える経営者も多いと説明した。
広がる退職金と賞与の月給化
初任給アップやベースアップの財源確保の方法として、退職金の一部または全部を前倒しで毎月の給与へ上乗せする“退職金の月給化”、賞与割合を減らして毎月の給与に組み込む“賞与の月給化”を導入する企業が増えているという。
砂川氏は「基本給アップに及び腰な企業は多く、固定給は一度上げると下げにくいため『業績が上がれば賞与に反映する』という方針をとりがち。しかし近年の人材不足の中、従業員の生活の安定や採用力向上のために、賞与割合を減らして毎月の給与を増やす企業も増えています。退職金も同様です」と背景を解説した。
「初任給の引き上げには反対」の声も
次に「賃上げが必ずしもモチベーション向上につながるわけではない」と説明。初任給の引き上げに伴い、給与水準の逆転を避けるために入社2年目以降の給与引き上げも同時に実施されるケースを問題視し、「初任給を上げると年代間の給与差が縮小し、『将来給与が伸びる』という期待が損なわれやすい」と副作用を指摘した。
こうした副作用は育成意欲にも影響するという。「本調査の自由回答でも給与差縮小への不満の声は多く、『初任給の引き上げには反対。年長者が後進に教えるモチベーションが失われ、引き継ぎや技術伝承がうまくいかなくなる恐れがある』といった意見もありました」と述べた。
5年以内の給与が転職リスクにつながる?
砂川氏は継続就業意欲に関して、「『他者と比べて相対的に給与が高いか』や『過去より上がっているか』よりも、『この先、給与が上がっていく期待を持てるか』が最も重要です」と強調した。
さらに「この先給与が上がっていく期待」を掘り下げ、「5年以内という近い将来を重視する人が約半数を占めることが分かりました」と説明。「『給料が上がらないかもしれない』という不安が転職意識につながり、その傾向は若年層ほど強い。若年層の給与が伸びないことは大きな離職リスクになります」と述べた。
「給与の未来展望を描けるか」
離職防止やエンゲージメント向上のために企業が取り組むべき点として、「休みのとりやすさ」「勤務時間の柔軟性」といった時間とのバランス、「給与・報酬水準の公開・共有」「評価ルール・基準の明確化とフィードバック」といった納得性とのバランスが重要だとした。
また「自社の給与水準に関する方針が明示されている」「報酬に関する方針が定期的に経営層から従業員に伝えられている」「性別などによる給与差をなくす取り組みがある」企業はまだ多くなく、導入余地は大きいと指摘した。
砂川氏は「企業が行うべきは、従業員が“給与の未来展望”を描けるように、給与決定における調整方針を明確化し、金銭的報酬を含めたトータルリワードで報酬設計を行うこと。そして、賃上げの伝え方・見せ方、給与決定の方針を従業員に示すことが重要です。 この先数年で給与が上がっていく期待を持たせるためにも、業績見込みと連動させて『給与がどのように上がっていくか』を示す姿勢が求められます」と締めくくった。









