集英社や小学館など多くの出版社が集まり、東京随一の古書店街として知られる千代田区・神田神保町。ここが今、世界的に注目を集めていることをご存じだろうか。

  • 数多くの書店看板が並ぶ神保町の風景

    数多くの書店看板が並ぶ神保町の風景

イギリスの雑誌「Time Out(タイムアウト)」は「世界で最もクールな街」2025年版ランキングで、東京・神保町を1位に選出した。千代田区のビジネス街と程近い場所に約130軒もの古書店が集まる独特な街並み、老舗からニューウェーブまで個性的なカフェの数々、カレーやラーメンといったグルメ面など、多くの点が高評価されたという。そのためか、現在の神保町界隈では外国人観光客の姿も度々見かけられるようになり、「矢口書店」など一部店舗はフォトスポットとしても人気となっている。

そこで当記事では、海外から神保町を訪れた方々に向けて、某バラエティ番組風に「ユーは何しに神保町へ?」を直撃取材。東京には浅草や渋谷のように外国人観光客が集中する街も数多あるが、その中にあって神保町をあえて選ぶ目的や醍醐味とは何だろうか。海外から日本を訪れる人々だからこそ気づく、神保町の魅力を紹介したい。

  • 靖国通りと白山通りの交差点は集英社文庫・新書の看板が目立つ

    靖国通りと白山通りの交差点は集英社文庫・新書の看板が目立つ

「日本の漫画大好き!」スペイン人カップルが口にした、意外な“昭和の名作”

取材は神保町のメインストリート・靖国通りを中心に、道ゆく外国人旅行者へ街頭インタビューを申し込む形で実施。ランチの予約などで急ぐ人や、撮影を警戒する人に断られたりもしたが、ご厚意で4組の旅行者からお話を伺うことができた。

最初に取材したのは、矢口書店の近くでカメラを構えつつ談笑していた男女。2人とも立派なカメラを首から下げており、見た目からも神保町観光の満喫ぶりが伝わってくるような明るい雰囲気だ。

  • 浅草や渋谷のように外国人観光客が集中する街が数多ある中、あえて「神保町」を選んだ目的は?

    矢口書店の前で長時間、写真撮影をしていた2人

男性:「出身はスペインのマドリード。Time Outで神保町が“ベストプレイス”と紹介されていたのを見て、ここの街並みや雰囲気、そして文化を撮影してるんだ。朝から見て回っているけど、ヴィンテージマガジン(古書)や漫画を探すのがとても楽しいよ! きっと明日も、神保町を見て回っているだろうね」

2人は日本の漫画やアニメも大好き。好きな作品は何かを尋ねると、海外で大人気な日本漫画の定番『ドラゴンボール』のほか、『進撃の巨人』や『呪術廻戦』などを挙げてくれた。

  • 【写真】すっかりフォトスポット化した「矢口書店」。インバウンドが多数撮影に訪れる名物書店だ

    矢口書店は1928年(昭和3年)築の建物自体もレトロで人気

男性「ただ、日本で買った漫画は日本語のセリフが読めないから、もっぱらコレクション用にしているよ。日本の漫画は作画もとても美しいから、読むというより眺めて楽しむんだ」

このほか意外なことに、2人にとって印象的な作品として、70年代末〜80年代初期の漫画『ダッシュ勝平』(作・六田登、小学館)の名前も挙がった。特に男性の方は、幼少期にTVアニメ版『ダッシュ勝平』を見たことが、現在までの日本漫画・アニメ好きに繋がっているのだという。

  • 神保町は屋外にも多くの古書が陳列されている

    神保町は屋外にも多くの古書が陳列されている

80年代のスペインでは純国産のアニメがあまり制作・放送されておらず、代わりに日本のアニメなどが数多く輸入されていたらしい。漫画・アニメに関する日本とスペインの歴史の違いが感じられる。

女性「神保町は書店もカフェも、全部とても素敵。カフェなら『Walkabout coffee』や『GLITCH COFFEE&ROASTERS』、書店なら『北沢書店』や『小宮山書店』に行ってみたい。他にもレトロ喫茶の『さぼうる』とか、まだ行きたいお店は沢山あります」

  • 威風堂々とした外観の北沢書店

    威風堂々とした外観の北沢書店

この2人はまさに、神保町の個性を求めて海外から来た観光客の好例と言える。今や世界的な知名度と人気を得ている日本の漫画・アニメ。そうした和製コンテンツに日々親しんでいる人にとって、神保町は秋葉原のような日本カルチャーを代表する街なのかも知れない。そこに神保町独特のカフェ文化も加われば、なおさら魅力的である。

「新宿・渋谷は人多すぎ!」食通アメリカ人の訴え

  • 食文化は神保町のもう一つの側面といえる

    食文化は神保町のもう一つの側面といえる

神保町は古書だけでなく、食の分野でも見どころが多い。特にラーメン屋については行列のできる有名店から、一目ではラーメン屋と気づきにくい隠れ家スタイルまで様々な店舗があり、本でなくラーメンを求めて神保町に足を運ぶ人も少なくないのだ。

そうしたラーメン屋のひとつから、たまたま外国人旅行者の男性が出てきたことに関心を持ち、話しかけてみた。アメリカのミシガン州から来たという男性は、かなり大掛かりなバックパックを背中に担いでいるが……?

  • 某ラーメン屋の前でサムズアップする男性

    某ラーメン屋の前でサムズアップする男性

「今まで世界中の色々な地域を旅してきたけど、アジア圏はこの日本が初めて。今は東京に来て1週間程度で、神保町のことはGoogle検索で知って興味を持ったんだ」

東京の滞在中、男性は浅草寺や神田明神といった寺社仏閣、ほかには皇居などを主に観光。その一方で日本の食文化、特にラーメンが好きなのだという。

「神保町は良質なラーメン屋がとても多いと聞いたので、食べに来たんだ。現在はアメリカにもラーメン屋が多くあるけど、本場・日本のラーメンは本当にグレートだね」

いっぽう、神保町の顔である古書や漫画については、さほど興味が無いらしく、むしろ美味しい飲食店やカフェを探しているとのことであった。また、男性は神保町全体の印象について、都内の他スポットと比較する形で「歩きやすい」とも語っている。

  • とりわけ平日昼の神田すずらん通りは閑静な雰囲気

    とりわけ平日昼の神田すずらん通りは閑静な雰囲気

「都内では新宿や渋谷にも行ったよ。エキサイティングで面白い体験だったけど、混雑が物凄いうえに街並みも雑然としているから、歩いているだけで疲れてしまう。それに比べれば、神保町は比較的おだやかな雰囲気で、のんびり歩いていられるから気に入ったね」

近年は東京都内をはじめとして、日本国内のあちこちで“オーバーツーリズム”の影響が顕在化している。そうした中で神保町は、多くの魅力を持ちながらゆったり散策できる“穴場”となっているのかもしれない。

スイスやドイツからも「本」を求めて神保町へ

  • 書店と書店の合間に純喫茶のある神保町靖国通り

    書店と書店の合間に純喫茶のある神保町靖国通り

神保町の靖国通り周辺は街路樹が綺麗に整えられており、往来する多くのビジネスマンに混ざり、外国人観光客も頻繁に見かけられる。そうしたなか、ゆっくりとこちらへ歩いてくるカップルにも話を聞いた。

  • 「ロンリープラネット」で紹介された古書街にひかれて訪れたというスイス人夫妻

    「ロンリープラネット」で紹介された古書街にひかれて訪れたというスイス人夫妻

女性「私たちは本が大好き! この神保町にも古本を探しにきたんです」

その語り口はエキサイティングだった。スイスから来日したこの夫妻はすでに3週間滞在しており、最終日の直前に神保町を訪れたとのこと。この街は海外の旅行ガイドブック「ロンリープラネット」誌でも日本の大きな古書店街として紹介されており、それを見て神保町観光を決めたそうだ。

  • 地域を代表する書店のひとつ・神保町ブックセンター

    地域を代表する書店のひとつ・神保町ブックセンター

2人は京都・大阪から東京の間で様々な観光地を訪れており、東京へ到着したら真っ先に神保町へ向かったというから驚きである。

男性「石川県の金沢、岐阜県の飛騨、長野県の上高地、静岡県の修善寺と、本当に色々な所を見てまわりました。今回の旅はここまでですが、将来的には北海道にも行きたいですね」

長旅の最終地・東京で、他のメジャーな観光スポットでなく神保町をチョイスするというのが流石である。本好きをそれだけ惹きつける誘引力が、この神保町にはあるということだろう。

最後に、靖国通り沿いを歩いていた別のカップルにも話を聞いた。男性の方は初冬だというのに半袖Tシャツ姿で、サブカル感のあるスタイルが街の景色になじんでいた。

  • 男性のTシャツの絵柄は「ハウルの動く城」

    男性のTシャツの絵柄は「ハウルの動く城」

男性「ドイツのライプツィヒから来たんだ。神保町にはついさっき着いたばかりだよ。妻が日本の観光地を見て回りたいというから調べてみたら、神保町がとても良さそうだったから提案してみたんだ。特定の店は決めてないけど、これからあちこち覗いてみようと思ってるよ」

  • 神保町には書店やカフェに加えて様々な店舗が集まる

    神保町には書店やカフェに加えて様々な店舗が集まる

男性が着ているTシャツの絵柄は、スタジオジブリのアニメ映画『ハウルの動く城』のビジュアルを使用したものだ。聞いてみると2人ともジブリ映画が大好きで、特に『ハウルの動く城』『もののけ姫』などが好みだという。アニメや漫画の面白さは、国境や文化の相違を軽々と越えてみせる。そのことが最もよく表れる街こそが神保町なのだ。

神保町はクール系・文化系「穴場」として発展するのでは

  • 本の街・神保町

    本の街・神保町

今回取材をした外国人観光客はわずか4組ながら、その国籍も目的も多種多様。その中から見てとれたのは、海外から神保町を訪れる人々は「有名だから」「街並みが大きいから」といった第一印象やハード面よりも、神保町独特の個性やソフト面を理解したうえで的を絞っていることであった。

漫画・アニメなどコンテンツ産業を観光に活かしている都内の街としては、秋葉原・池袋・中野が有名である。近いうちに、ここに神保町が並んで4大サブカルタウンとなる可能性もあるだろう。

  • こうした看板建築など、戦前~戦後のレトロ建築が数多く現存しているのも神保町の見所

    こうした看板建築など、戦前~戦後のレトロ建築が数多く現存しているのも神保町の見所

ラーメン屋から出てきたアメリカ人男性が言及したように、都内各所がオーバーツーリズム化するなか、神保町が従来の佇まいを強く残しつつ、“歩きやすい穴場”として愛されていることも要注目だ。古い街並みや建物を保全しつつ、街の賑わいを適度に向上させていきたいと考える時、神保町の風景から学べることは多いはずである。

神保町は明治時代初期に近隣で法律学校などが多く建てられ、その学生に向けた書籍販売・買取から古書店街としての歴史がスタートした街である。太平洋戦争時には靖国通りの古書店街が奇跡的に空襲被害を免れ、それが古い建物や古書文化の維持につながるなど、神保町は時代の流れを色濃く受け継ぎながら今に至った。そして今後も「古書」「漫画」「カフェ」といったコンテンツ&カルチャーに世界が注目している流れを受け、神保町は更に発展していくと思われる。

  • 筆者も店先で気になった古書を購入!

    筆者も店先で気になった古書を購入!