大きな湯船に全身を預け、浮遊感を味わいながらポカポカ温まる安らぎの場、それが銭湯である。
近年は手軽なレジャー性や健康効果、昭和レトロな建物などが再評価され、銭湯には若年層の客も目立つようになった。それを牽引したのは間違いなく「サウナ」だろう。2019年のドラマ『サ道』とサウナブーム以降、サウナ目当てで銭湯を訪れるサウナー(サウナの愛好家)が大幅増。現在はブームも沈静化したが、サウナ&水風呂&外気浴の流れや「ととのう」という言葉は、愛好家に限らず一般レベルで定着したと言っていい。
しかし、銭湯があくまで「お風呂やさん」である以上、その原初的な魅力はやはりお風呂の湯そのものにある。広い浴槽のなか脚を伸ばし、じっくり温まって全身の緊張がほぐれ、息の通りがスムーズになっていくあの開放感は何物にも代えがたい。寒さでストレスも感じやすくなる冬シーズンを乗り切るためにも、サウナだけでなく温浴もしっかり活用し、一層ととのっていきたいものである。
当記事では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする筆者・デヤブロウが、とりわけ「お湯」へのこだわり&個性が強い銭湯3軒を東京23区内からセレクト。都心部で入れる「天然温泉」、東京固有の「黒湯」、そして「薬湯・入浴剤」をテーマに優れた店舗を紹介する。
■ 江東区で「天然温泉」の露天風呂! 『深川温泉 常盤湯(ときわゆ)』
「天然温泉」と聞けば、多くの人は箱根(神奈川県)や草津(群馬県)といった観光地をイメージするのではないか。しかし実は東京23区でも、天然温泉に入れる銭湯は数多い。
都内の銭湯は塩化物泉やメタケイ酸泉などがあり、『天然温泉 久松湯』(練馬区)や『中野寿湯温泉』(中野区)などが有名だが、なかでも近年知名度が急上昇したのが江東区の『深川温泉 常盤湯』だ。(※以下「常盤湯」と記載)
常盤湯は江東区の都営大江戸線・清澄白河駅と森下駅の中間にある、創業80年以上の歴史ある銭湯。2023年に全面リニューアルを実施し、旧来の風情ある「宮造り建築(寺社のような和風建築)」を保ちつつ、清潔でモダンなインテリアに生まれ変わった。休日には店内に入るのが順番待ちになるほどの人気である。
天然温泉は、肌触りがしっとり&すべすべで少し塩気のあるナトリウム塩化鉱泉。特に男湯の温泉浴槽は屋外の露天スペースにあり、和風庭園のような植栽を眺めながら天然温泉をのんびり満喫していると、まるで遠方の温泉宿に来たような感覚にもなる。同じ浴槽に電気風呂もあり、温泉の効果と電気風呂のビリビリ感を同時に味わうというレアな体験も可能だ。
内湯も高濃度炭酸泉、シルキーバス(ミクロ泡の風呂)、ジェットバスなど設備充実。お湯は全て高純度の軟水で肌触りが非常に良く、保湿・保温をさらに促進する。水風呂とサウナはどちらも露天スペースにあり、外気浴用の座席も複数。最新式のサウナで身体を加熱し、キンキンに冷えた水風呂で引き締めてから外気浴というルーチンが非常にスムーズだ。
常盤湯のある深川地域は「深川めし」などで有名なほか、常盤湯に近い『深川芭蕉通り』近辺にはシブい居酒屋・飲食店が点在。一方、清澄白河駅側の『深川資料館通り』は和の雰囲気が香る散策路として知られ、『清澄庭園』や『江東区深川江戸資料館』など観光スポットも多い。庭園や資料館などを一日ゆったり楽しみ、常盤湯の風呂上がりには芭蕉通りで一杯! などといった休日プランもオススメである。
『深川温泉 常盤湯(ときわゆ)』:東京都江東区常盤2-3-8/最寄駅:都営新宿線・大江戸線「森下駅」徒歩5分、都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河」から徒歩5分/12:00~翌00:30(木曜休)/料金:入浴550円、サウナ平日500円(男)、400円(女) 土日祝600円(男)、450円(女) ※2時間まで/レンタルタオル150円(バスタオル)、100円(フェイス)、200円(セット)
■港区の超高級エリアにある下町系「黒湯」銭湯『麻布黒美水温泉 竹の湯』
東京23区内で入れる温泉の中には、海外も含めて他地域にほぼ無い「東京固有」のものも。それが「黒湯」である。現在の東京都にあたる地域に海が広がっていた太古の昔、海草や植物化石(泥炭)が海底から地下へ蓄積され、その成分が地下水に溶け込みコーヒーのような黒褐色の冷泉を生んでいるのだ。
黒湯の銭湯は主に大田区内に集中しているほか、『御谷湯』(墨田区)、『戸越銀座温泉』(品川区)など都内あちこちに点在。そのなかでも、なんと港区の麻布という都心ど真ん中のリッチな立地にも黒湯の銭湯があることをご存知だろうか。
『麻布黒美水温泉 竹の湯』(以下「竹の湯」)があるのは、都営大江戸線・東京メトロ南北線の麻布十番駅近く。浴槽は「オール黒湯」であり、浴室内の熱めの湯船とぬるめの湯船、なんと水風呂まで全て黒湯となっている。黒湯はミネラルや有機物が豊かな弱アルカリ性で、肌触りはトロトロと滑らかで「美人の湯」「美肌の湯」とも呼ばれている。サウナもあり、温冷交互浴をしながら黒湯を楽しむのにうってつけである。
竹の湯がある港区麻布エリアはご存知の通り、23区内でも屈指の高級タウン。麻布十番駅から竹の湯までの道中にも数多くのハイクラスな飲食店やショップが点在し、近隣には韓国やオーストリアなど大使館も複数。六本木ヒルズや東京タワーなど港区内のランドマークにも直近で、こうした場所の観光と竹の湯を組み合わせても良いだろう。
その反面、竹の湯自体はこじんまりとした普通のビル型銭湯で、外観も内装も清潔ながら、いたって普通。麻布地域に長く在住している高齢の常連客だけでなく、学校帰りの子供達や若年層のサウナーなど、年齢を問わず多くの人々に愛されている。一般的なイメージやマスメディアでの紹介からは見えづらい、南麻布の温かい地域コミュニティに触れられる銭湯だ。
『麻布黒美水温泉 竹の湯』:東京都港区南麻布1-15-12/都営大江戸線・東京メトロ南北線「麻布十番駅」徒歩8分/15:30~23:30(月・金休)/入浴550円、サウナ込入浴料1,100円 ※2時間まで ※レンタルタオル付 レンタルタオル100円(バスタオル、フェイスタオル)
■ 杉並区の大人気銭湯!「ミルク風呂」と「薬湯」で温まる『小杉湯』
天然温泉や黒湯だけでなく、特徴的な入浴剤や原料で独特の肌触りや香りを持たせた「薬湯」も、銭湯の楽しみのひとつ。特定の薬湯を常設している銭湯のほか、『薬師湯』(墨田区)などのように日替わりや臨時で多種多様な薬湯を行う店舗もある。とりわけ杉並区の人気銭湯『小杉湯』は、店舗オリジナルの「ミルク風呂」と、定期的に入れ替わる薬湯の2種類が魅力だ。
小杉湯があるのはJR中央線・高円寺駅の『純情商店街』からすぐ近く。1933年(昭和8年)建設の宮造り建築は壁面や屋根の細部装飾がとても見事で、2020年(令和2年)には国の登録有形文化財にも選ばれている。内部は昔ながらの風情が色濃い脱衣所に対し、浴室は白くてピカピカ。中温のミルク風呂、熱めの薬湯、ジェットバス3種の浴槽、水風呂の4つがあり、高円寺在住の方々はもちろん銭湯ファンも日々多く訪れている。
小杉湯の名物・ミルク風呂は初代経営者の時代から90年以上も引き継がれてきた、小杉湯オリジナルの入浴剤。ミルク香料に加えてワセリン・ミツロウ・ミネラルオイルの保湿成分3種を配合したもので、肌触りはもの凄くトロトロしており、さながらシルクに包まれているような気分だ。ミルクやバターにも近いほのかな香りを堪能しながら、ややぬるめの湯に身を委ねているとリラックス度は抜群である。
薬湯は生薬や植物性原料など自然素材にこだわったものから、甘酒やクラフトコーラをベースにしたユニークなものまで、毎月8~10種ほどを実施。湯温は43.5℃とかなり高めな江戸っ子スタイルで、頑張って肩まで浸かるのも、半身浴でゆったり浸かるのも心地よい。薬湯効果もあってガンガン身体が熱されていくので、水温調整が絶妙な水風呂と組み合わせれば、サウナ無しでもガッツリと温冷交互浴&ととのいを楽しめる。
小杉湯は浴室外の取り組みが盛んなことでも知られている。例えば待合室の部分は小規模なアートギャラリーになっており、漫画や絵本も数多くを常備。清涼飲料水やアルコール類の販売もクラフト系が充実しており、お風呂上がりの時間もゆったりと楽しみ寛いでいられる。
そして銭湯のある高円寺自体も活気ある商店街や歓楽街、個性的な雑貨店や古着屋などで有名なエリア。中小のライブ会場も数多く、北口ロータリーには路上ミュージシャンや路上アーティストが度々出没する。中央線カルチャーを代表するディープな街・高円寺を巡り歩く時は、小杉湯でのリフレッシュタイムを途中で挟むのがベストである。
『小杉湯』:東京都杉並区高円寺北3-32-17/JR中央線「高円寺駅」徒歩6分/平日14:30~25:30、土日祝8:00~25:30(木曜休)/入浴550円、サウナ込入浴料1,100円 ※2時間まで ※レンタルタオル付 レンタルタオル100円(バスタオル、フェイスタオル)
■銭湯が「ビアバー」や「シェアスペース」運営など新しい取り組みも
上記のように人々の心身を温めてくれる銭湯だが、銭湯を巡る現況は必ずしも温かくはない。厚生労働省『衛生行政報告』によれば、全国の銭湯軒数は昭和40年代をピークに右肩下がりで、令和元年度から6年度まででも668軒が廃業。現在も建物・設備の老朽化に加え、経営者の後継不在、燃料費高騰などの原因により、日々多くの銭湯が店を畳まざるをえなくなっている。
こうした流れを遅らせる、もしくは食い止めるための取り組みが、現在の銭湯業界では活発だ。銭湯の建て替えやリノベーションに加え、飲食系やアニメ・ゲーム作品と銭湯とのコラボ、銭湯やサウナを主軸にした物産展や文化展示イベントも各所で行われている。こうしたアクションは、家風呂の普及で存在感の薄まった銭湯という文化に、「癒やしの場・楽しみの場」として新たな立ち位置を与えるための動きとも言える。
また、最近は有力な銭湯が別業態の新店を持ち、街づくりや地域産業へ本格的に関わる事例も出てきている。例えばJR錦糸町駅近くの『黄金湯』(墨田区)は、銭湯2階で宿泊施設『黄金湯 お宿』やカフェ『コガネキッチン』を運営。2023年には湯上り後にクラフトビールを飲める醸造所兼ビアバー『BATHE YOTSUME BREWERY(ベイズ・ヨツメ・ブルワリー)』も開業している。近隣の『大黒湯』『さくら湯』も黄金湯グループが経営しており、周辺のお風呂文化を牽引する存在だ。
当記事で紹介した小杉湯も、隣地にコワーキングやカフェで利用できるシェアスペース『小杉湯となり』を2020年オープン。2024年には東急不動産と共同で、東急プラザ原宿『ハラカド』の地下に銭湯2号店を設けた。他にも物産系のコラボイベントや近隣不動産の紹介など多角的な活動を続けており、現在の小杉湯はいち銭湯の枠を越え、地域コミュニティと銭湯カルチャーの発信拠点にもなっている。
銭湯業界の厳しい情勢は、残念ながら今後もしばらく続くだろう。その一方、ヘルスケアや地域コミュニティの拠点として銭湯を位置づけ、盛り上げていくための動きは活発な点には多くの希望も感じられる。東京都心部の銭湯は、サウナはもちろん、天然温泉や黒湯、薬湯などの個性や魅力をたくさん持っている。こうした都会ならではの「いい湯だな♪」という文化が末長く残ってほしいものである。















