1995年10月にスタートしたフジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)が今年30周年を迎えるのを記念して、「フジテレビドキュメンタリー」公式YouTubeチャンネルでは、大きな反響を集めた話題回の期間限定配信を、月1回のペースで3作品展開している。

第1弾「結婚したい彼と彼女の場合 ~令和の婚活漂流記2024~」、第2弾「しっくりくる生きかた」に続く第3弾として26日に配信がスタートしたのは、日本では許されていない、スイスでの“安楽死”を選んだ女性と、その家族に密着した「私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録~」(2024年6月2日放送)。再発を繰り返して全身に転移したがんによる耐えがたい苦痛の中で、大切な人との別れに葛藤しながら大きな決断をしたマユミさん(当時44)と家族の最後の日々や看取りの場面に、多くの視聴者が心を動かされた。

マユミさん亡き後もその家族に寄り添い、取材を続けるのは、フジテレビの山本将寛ディレクター。放送から1年3カ月が経って改めて感じる家族の印象や、この取材を通しての自身の変化、そして11月に放送が予定されている続編についても語ってもらった――。

  • 最期の瞬間を迎えようとするマユミさん(右)に寄り添う夫・マコトさん (C)フジテレビ

    最期の瞬間を迎えようとするマユミさん(右)に寄り添う夫・マコトさん (C)フジテレビ

放送前の不安が吹き飛ぶ反響「もっと視聴者を信じていいんだ」

「私のママが決めたこと」は、TVerの見逃し配信が約84万再生を記録。これはドキュメンタリーとして異例の数字で、19年11月から番組が配信されているTVerの「報道・ドキュメンタリー」ジャンルで歴代最高記録となった。

SNSでも大きな反響となったが、山本Dは「“安楽死”というものを扱うだけに、放送前は当然賛否がたくさん来るだろうと覚悟していました」と打ち明ける。

マユミさんの取材を始めたのは、最期を迎える1カ月前。この時点で彼女はすでに安楽死という選択を決断していたため、そこに至るまでの苦悩や葛藤をカメラで収めていなかったことが、放送にあたっての不安になっていた。

「マユミさんの苦しみや葛藤は後日談として伺って紹介しているのですが、やっぱりカメラでリアルを捉えているのと話で聞くのとでは、伝わり方が違うと思っていたので、どれだけ丁寧に説明しても見方によっては“安楽死を簡単に決めていいのか”と思われてしまうのではないか、という懸念を持っていたんです」

批判の矛先が、覚悟を持って取材を受けてくれた家族にも向かいかねない。しかし、いざ放送を終えると、「批判的な意見は本当に少なかったんです」と安堵した。

「やはり命に向き合うという機会は誰にでも訪れることなので、見ている人が映像に表現されている以上の情報を想像してくれたことで、あの家族が相当な覚悟を持ってこの決断をしたことが伝わったのだと思います。今回の番組を通して、ドキュメンタリーに目を向けてくれる視聴者の方々のことを、自分自身がもっと信じていいんだと気付かされました」

また今回の番組は、「安楽死の是非」を問うのではなく、「家族の決断の記録」にフォーカスすることで、“生きること”や“大切な人”について考えるきっかけになるドキュメンタリーにすることを意識。「家族がみんなで話し合って決めたことに対して批判を言う人が本当にいなかったので、こちらの思いがしっかり届いて良かったなと率直に思います」と胸をなで下ろした。

「山本さんが来てくれて本当に良かった」

放送を見た家族からは、制作者冥利に尽きる言葉が。夫のマコトさんは「こうして最期の記録に残してくれてありがたいです」、娘たちは「山本さんがママと一緒にスイスに行って最期まで撮ってもらって良かったです」と言ってくれたそうで、長女からは「ママも最後に“山本さんが来てくれて本当に良かった”ってすごく言ってました」と伝言もあった。

これを受け、山本Dは「僕が取材することで、家族の最後の大事な時間を奪ってしまうことにもなるので、申し訳ないという気持ちもありました。でも、撮らせていただくからには中途半端な気持ちで撮って中途半端な形で放送に出すのが一番失礼だと思っていたので、その気持ちが伝わっていたのが、取材者という立場を超えて、心からうれしかったです」と感激したという。

SNSでは、この家族を応援する声であふれていたが、マコトさんは、日本では許されていない安楽死という選択肢自体に否定的な声にも目を通した上で、「意見は自由ですし、僕たちは気にしないようにしています」と話していたという。山本Dは「ご家族が4人でしっかり向き合えていたから、マユミさんが亡くなった後も考えが変わらず、今も前に向かって歩んでいるんです。とても強い家族だなと思います」と実感していた。