
今季の東北楽天ゴールデンイーグルスのブルペンを支える西垣雅矢だが、一昨季は「もう投げられないかもしれない」と思うくらいどん底にいた。だが、たった2年で投球フォームも登板内容もがらりと変貌を遂げ、信頼をつかむまでに成長。いかにして1軍のマウンドに帰ってきたのか。その復活劇が、本人の口から語られる。(取材・文:阿部ちはる)
プロフィール:西垣雅矢(にしがき・まさや)
生年月日:1999年6月21日(26歳)
身長/体重:184cm/88kg
報徳学園では3年春に甲子園に出場し、エースとしてベスト4進出に貢献。早稲田大では最速150キロの直球と鋭いフォークを武器に活躍し、2021年ドラフト6位で楽天に入団した。プロ4年目の今季はキャリアハイとなる活躍で東北楽天ゴールデンイーグルスのブルペンを支えている。
2年目に起きた異変「もう投げられないかもしれない」
キャリアハイの成績で楽天のブルペンを支えている男がいる。昨季までの3年間で47試合、防御率2.85だった西垣雅矢は4年目の今季、9月15日時点で58試合に投げ防御率1.80。さらにリリーフ失敗ゼロと抜群の安定感を見せ続けている。
上がるマウンドは勝ちパターンに限らず、投手がランナーをためてしまった時の火消し、逆転の可能性を探る僅差の場面など決まっているわけではないが、いつも緊張感のあるしびれる場面だ。
失点したくない状況でこそ、西垣の名はコールされる。それは何より首脳陣からの信頼の証。2年前、「もう投げられないかもしれない」とさえ感じた背番号49。紆余曲折がありながら、しかし確実に、一歩一歩確かな足跡を刻んできた。
2021年のドラフト6位で早大から入団。即戦力としての前評判どおり1年目から24試合に登板した。リリーフとして着実にステップを踏み、将来は勝利の方程式入りへ。その道筋は見えていた。
しかし2年目、シーズン初登板となった4月12日のオリックス戦(楽天モバイル)で頓宮裕真に頭部死球を与えてしまい危険球退場。すると翌日のキャッチボールで異変が起こる。
「1球目、ボールが届かなかったんです」。
いつもどおりに投げたボールが手前で弾んだ。
「あ、イップスや」
「これ、イップスじゃないかもしれん」どん底で、ふと気づいた
一軍登録は抹消されたが、二軍では試合で投げながら感覚を取り戻していく方針となった。だが、感覚は一向に戻ってこない。ごまかしながらの投球が続いた。
「ストライクが入らないんです。もう真っすぐを投げるのが嫌すぎて、キャッチャーにスライダーとフォークしか(サインを)出さないでくださいと伝えてマウンドに上がっていました。そして10試合ほど投げたあと、無期限で試合から外れようということになったんです」
外野でキャッチボールをすればスタンドにボールが入ってしまう。ブルペンで投げれば周囲のフェンスにぶつかりガシャーンという音が響く。
「楽しくなかったですね、野球が」
西垣は当時を回顧する。
「毎日のキャッチボールが嫌でした。ドキドキするんです。もうこのまま投げられへんのかなと思いましたね」
状態は悪くなる一方。しかしそんなどん底の中、ふと気が付いた。
「手に力が入っていない気がする」
トレーニングルームにある握力計を握ってみたところ、右手の握力が10kgほどしかなかった。「これ、イップスじゃないかもしれん」。
地獄から見えた光「この症状が治らなければ…」
[caption id="attachment_231633" align="alignnone" width="530"] 東北楽天ゴールデンイーグルスの西垣雅矢(写真:阿部ちはる)[/caption]
症状の要因は胸郭出口症候群だった。これは斜角筋のそばにある神経が圧迫され、手などにしびれが出る症状だ。西垣は痛みやしびれといった症状があまり強くなかったそうだが、治療を開始するとすぐにボールが投げられるようになった。
「イップスじゃないと思うことにしたんです。この症状が治らなければ握力は戻らないし、50kgあった握力が10kgしかなくなったら、そりゃボールも変なところにいくわ、と思って」
真っ暗なトンネルに光が差した。4月からの3カ月間を「地獄」と振り返ったが、出口が見えればあとは進むだけだ。治療を続けていくうちに感覚は少しずつ戻っていき、9月5日のイースタンリーグ・西武戦で復帰登板。オフにはウインター・リーグにも参加し、翌24年の開幕一軍に名を連ねた。
ようやく戻ってきた一軍の舞台。すると4月10日のオリックス戦(京セラドーム)でプロ初勝利。同21日の西武戦(ベルーナ)でプロ初セーブを挙げた。結果だけを見れば順調な復活劇だ。
だが、3年目の西垣にはまだ課題が残っていた。それが、コントロール。8月12日のソフトバンク戦(みずほPayPay)で1回2/3を投げ8失点し、課題が明白となった。そこでオフのフェニックスリーグではとにかくインコースに投げ込んだという。
「一昨年の復帰直後は右打者のインコースに投げられなかったというか、正直、サインも出なかったんです。ただ試合で投げないことには克服できないのかなと思い、フェニックスリーグでは配球は関係なく、とにかくインコースに投げました」
さらにボールの出所が見えやすいから打たれてしまうのではないかと考え、体をひねって投げる投球フォームに改良。するとマウンド上で新しい発見があった。
「ちゃんと投げないと、と思うとしんどくなっちゃうので」
「ひねりを加えたフォームだと、僕自身も投げやすいですし、特に右打者は(ボールが自分に向かってくる感覚があり)怖いのではないかなと。打者の反応を見たときに自分が少し優位に立てているのではと思えるようになっていきました」。
加えてクイックやサイドスローを駆使して打ち取るなど、変幻自在なフォームで打者を翻弄。ある種の不気味さを持った投手へと変貌した。
「あれは攻め方のひとつですね。自分がしっかりコントロールできる時はいいのですが、『今日は普通に投げたら打たれそうだな』と思った時に、コントロールではなく自分の間合いで勝負しようと。ちゃんと投げないと、と思うとしんどくなっちゃうので、打者が嫌がることをしていきたいなと考えたんです」
それらの工夫がハマり結果もついてくると、少しずつ自信が芽生え始めた。
「昨年までは打者ではなく自分と戦っていたんです。ちゃんとストライクが投げられるのかなと。そうなるとストライクゾーンに投げられたとしてもそれはただ投げているだけなので、結局は打たれてしまう。そういうレベルの低い投球が続いていました。でも今は打者がどういう感じで打ってくるのか、自分の状態も把握した上でどんな投球をすればいいのかが少しずつ考えられるようになってきています」
ストライクゾーンばかりを意識していた日々を乗り越え、一つレベルが上がった状況で課題と向き合うことができている。充実した表情で西垣は続けた。
「これができるようになったらピッチングの幅が広がる」
「できることが少しずつ増えてきているのがすごく嬉しいんです。これができるようになったらピッチングの幅が広がるなと思うことができた時。また、今はコントロールにも自信が出てきたことで初球をボール球から入っても大丈夫と思えるので、配球のバリエーションも広がる。やっぱりストライクが入ることが1番楽しいです」
どん底でも逃げることなく自身と向き合い、這い上がってきた。マウンドに立てる喜びを知るその背中は頼もしく、大きい。今は自身の成長を感じながら心から野球が楽しめている。だが西垣に慢心はない。
「今年がよかったからこそ、来年が大事になる。やはり続けることが1番難しいと思うので、来年も再来年もしっかり50試合以上に投げたいですし、大事な場面を任せてもらえるようなピッチングを長く続けていきたいです」
西垣のプロ野球人生はまだ始まったばかり。前を向き進化を続ける右腕の輝かしい未来はもっともっと先にある。今年はまだ、その第一章だ。
(取材・文:阿部ちはる)
【了】