【前編:会社員の熱唱と紙吹雪が感動を呼び起こす―真夏の“狂騒の宴”】では、“新宿のサマソニ”“サラリーマンの本気の夏フェス”とも称される「三井ビルのど自慢大会」の現場に潜入し、その熱狂と感動をレポートした。後編では、なぜこの“のど自慢”がここまで人々に刺さるのか―このビルで働く大人たちがステージで輝き、仲間はもちろん"外の人“たちをも虜にする理由を、まちづくりの視点も交えて掘り下げていく。
都庁を抱えるオフィス街・西新宿のど真ん中で毎年夏に行われる、50年も続く伝統的イベント「新宿三井ビルのど自慢」。この大会は、見る人によって様々な感情を呼び起こす、ハイコンテクストなコンテンツだ。見学初回でしかない筆者でもいかに伝えるべきか四苦八苦するほど、とにかく見応えがありすぎる。純粋に観るだけで楽しむことができる最高のエンタメなんだけども、さらに知りたいと思ったら、XやYouTubeなど各種SNSを掘ってみるのが良い。同じように取り憑かれた「先人」のコアファンたちが、活発にコメントや投稿を残してくれている。そうしたアーカイブコンテンツを見れば、そこにどんなドラマがあるかがわかる。
■見る人それぞれ、いかようにも味わえる多重奏性が肝
開催されるのは平日の3日間であるが、コアファンの中には予選から決勝まで全日参加という猛者も少なくない。そんなファン代表の一人である、小僧(@takaku_steadygo)さんに、ヒアリングを申し込んだ。
彼によると、素晴らしいステージで場を沸かせた優勝者・ターリー屋のステージは「悲願の優勝」なのだという。実は、先述のくだりで三井担当者も触れていた「どうしても出場したくて、ついにはビル入居・出店まで決めてしまったことを公言している企業」こそが、このターリー屋だ。
「西新宿エリアに複数店舗あるにも関わらず、社長が三井ビルのど自慢を好き過ぎて2019年に出店したカレー店、ターリー屋。これまでは社長自ら出場し、チャゲアスの『エピローグ』や清水翔太『化粧』など、いい声でいい歌をシンプルに歌うパフォーマンスでみんなから愛されていましたが、前回2位入賞で今回は殿堂入りによる出場不可(3位以内に入ると5年間出場できないというルール)。はたして今回どうするのか注目だった中、なんと新入社員が一人でnobodyknows+の『ココロオドル』を5人のラッパーそれぞれの声色まで一人で完全再現するスゴ技を披露。社長のイメージが強すぎて、まさにnobody knows(誰も知らない)だった中、とんでもない下剋上で王座を掴みました。このイベントへの強い想いを持ち続けた社長が、それでもたどり着けなかった頂点に、その意思を継いだ新入社員がたどり着くというこの物語。まるで名匠が撮った映画を見ているようでした」(小僧さん)
前情報なしでも感動に震えた自分の視界の先に、さらに奥深く広がるシナリオ。ちなみに例年と比較して今年感じた特徴を尋ねると、「明確に『別れ』を宣言していたアクトがいくつもあったこと」という回答。これもまさに“ビルで働く人たち”による宴であることに起因するもの。何年もウォッチし続けてきたからこそ語れるコメントは、小僧さんのXアカウントからnote記事で読んでみて欲しい。
第47回の感想noteです。#三井ビルのど自慢https://t.co/kDacYrTtmr
— 小僧 (@takaku_steadygo) August 12, 2025
■のど自慢の裏に、まちづくりの精神あり。
「新宿三井ビルのど自慢」は、見ればみるほど複合的に様々な要素が重なった上で出来上がっていると感じる。例えば、新宿三井ビルのつくりにおいてもそうだ。
現場を見れば感じられるのだが、一つのビル内のテナント同士のイベントながら、半屋外空間である広場のスペース「55HIROBA」を使うことで「一般公開」イベントとなっていることが大きい。地下1階にあたるステージフロアは半地下になっており、ぐるりと取り囲む地上部分から、大ホールの上層シートのようにステージを鑑賞することができる(立ち見だけれど)。
地下1階フロアも高低差がつけられているので、ステージ側から見るとさながら大劇場で、歌っている方もさぞかし気持ちよいだろう。一般の人が見学しやすく、恒例行事として愛されている様子は、当日も現場の風景からよく感じとることができた。内に閉じていない公共空間としての広場、そうした設計がなされているからこそ、これだけの盛り上がりを見せるのど自慢大会がなし得たといえる。
新宿三井ビルは、まちづくりからの観点を反映してビルの設計がされている。現在の西新宿エリアは、淀橋浄水場であったところを1960年以降に再開発して生まれた。10以上の区画に分けて1968年に、小田急、京王、住友不動産、第一生命、三井不動産の5社によって「新宿新都心協議会(略称SSK)」が発足。「ただのコンクリートジャングルにならないように」と、「ビル間を回遊しやすいような造りのビルをと、街全体で話し合って進めてきた」のだという。新宿三井ビルもそうした機運の中で、今の会場となっている半地下の広場「55HIROBA」を設けた。
たまたま使える場所があったからイベントを行ったのでなく、最初から人が集い、入り混じることを念頭につくった、文化をなさんとする豊かな思想があらかじめそこにあったのである。もしもその当時、ビル内におさめる形でコミュニティスペースやフロアをつくっていたのであれば、ここまでの結果にはならなかっただろう。まちづくりの基本は、ひらくこと・融和することだとつくづく思う。
■すべてはテナントのため。変わらず“黒子”であり続ける
また、三井不動産担当者への取材を通して印象的だったのは、一貫して「テナントのための催しである」という目的意識をブレずに持っていたことだ。業務の一環として行っているわけだが、本イベントに関しては目標数値もまったくない。また、「集客はまったくしていない」という。
「ビルのテナントさん向けのイベントなので、外の方が来てくださるかどうかって実はあんまり気にしていないんです。もちろん来てくだされば盛り上がっていいのですけれど、あくまでもテナントさんが楽しんでくださればいい。『注目をされたい』という目的に向かって走ってなくて、テナントさんに喜んでもらう、その目的だけでやっているので」
これだけの影響力があれば、付随する副次的効果も少しは追いたくなってしまいそうだが、目的意識のブレなさが、これだけのしなやかな強さをもつイベントをつくり上げたんだなあと妙に納得してしまった。
主役はこのビルに入居するテナント企業の人たち。だから、当日は内部関係者用の席もない。完全に“黒子”であるイベント担当者は、数年のスパンで担当が変わるというが、引継ぎは運営マニュアルくらいしかなく、「こうやるべし、というのはないんです」。
「絶対守らないといけないことがあるとしたら、安全面の話。外から見ても面白いイベントではあるんですが、私たちにとっては真剣に、テナントさんのためのもの。だから、事故が起こらないということと、テナントさんに嫌な思いさせないっていうのだけは必ず守る。……そのプラスアルファでどこまで楽しめるかということで、周りの方々が自発的に楽しんでくださっているのはありがたいなと思います」
今後について何か新しい仕掛け等は考えているのか尋ねてみると、こう返ってきた。
「ライブ配信しようか……といった話もありますが、セキュリティの問題など色々議論もあり、やめています。いろんなアイデアはあるものの、特にこれから変えていこうというより、逆に同じものをいかに続けていくか。これをずっと守っていこう、という感じです」
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団体での参加が多いのも、担当としては嬉しいことなのだという。「のど自慢に出る瞬間だけじゃなくて、そこに至るまでのプロセスで社内懇親が深まると考えているので、グループで出られるというのはすごくいいこと」
■より良い明日を願い進む我らのための「労働讃歌」
実は筆者も、かつてほんの短期間、この新宿界隈のビルの一角に勤務していたことがある。しかし恥ずかしながら、本イベントの存在すら知らなかった。――当時の私は慣れない仕事についていくのに必死で、それどころじゃなかったのである。生でステージを見ている時、いやYouTubeで当日の映像を振り返っていても、その裏に多層に織り重なる社会人のリアルな現場を見るようで、組織の中でアップアップしながらもがいていた当時の自分を思い返し、「ああ、会社員をやりながらこんなステージを……みんなでつくっている……会社員ってすごい、美しいな……」と胸が詰まってしまう。会社員を諦めてフリーランスという道を選んだ今だからこそ、その輝きがより一層眩しく映る。そして思う、踊るっきゃねえ、と。
前編で、「一流のエンターテイメントはホスピタリティ」と述べた。改めて調べて見ると「ホスピタリティ」とは、様々な解釈があるものの、総じて「おもてなし」といった言葉から想起される一方向のものではなく、対人関係において対等で双方向の「思いやり」であり、相互に発展していく行為や行動を指す概念だという。つまり、「個」が集まる社会において共生、共存を目指す基本的な心のやり取りと姿勢であるといえる。
このビルに勤務している人も、そうでない人も。会社員である人も、そうでない人も。仕事が生きがいだっていいし、家族のために、趣味のために、生きるために仕事をするのだっていい。すべての働く人のための讃歌であり、極上のエンターテイメント。
踊る阿呆に見る阿呆、ええじゃないかええじゃないか。ENJOY,IT’S JOIN、呼応する心 響き続ける。「三井のど自慢」の根底に鳴り響いているのは、より良い明日を欲する我々のための日本的グルーヴなのかもしれない。














