JR東海が7月末に公開した、超電導リニアの新しいL0系改良型試験車である中間車「M10」。環境性能の向上をテーマに、「無塗装に金帯」「リブレットフィルム」「超高温電磁石を採用した低コスト化」を採用している。「リブレットフィルム」に関して、報道では「サメ肌」と表現された。ここまでは今年2月に発表されたプレスリリースの通りだが、なぜ「サメ肌」だと省エネになるのか。海の生き物とリニアの関係はいかに?

  • <!-- Original start --></picture></span>「M10」は中間車としてL0系の編成に組み込み、走行試験を実施する(画像提供 : JR東海)<!-- Original end -->

    「M10」は中間車としてL0系の編成に組み込み、走行試験を実施する(画像提供 : JR東海)

オリンピック競泳記録を塗り替えた「サメ肌」の効果

「サメ肌」は文字通り、海で泳ぐサメの表面を模した構造である。日本では古くから、サメの皮をおろし器として使っていた。細かなざらつきによって、おろし金よりも細かくすりおろせる。とくにワサビをおろすときに使うと、細かな泡状となり、空気を含むために風味が強くなる。また、人の肌が角質硬化してざらざらした状態を「サメ肌」と称した。

ところが、サメの肌は皮ではなかった。1980年代に科学者が電子顕微鏡で分析したところ、サメ肌の特殊構造がわかった。ざらついた皮膚ではなく、「楯鱗(じゅんりん)」という小さな鱗(うろこ)で覆われていた。ひとつひとつの鱗の大きさは100~200マイクロメートルで、表面にV字状の溝がある。これがぎっしりとサメの体表面を覆っていた。

サメは獲物を追うために高速で泳げるよう進化した。最も速い種類はアオザメで、最高100km/hにもなるという。そのスピードに楯鱗が貢献しているのではないか。スピードを求める航空業界や自動車業界、宇宙開発に関わる技術者たちが注目し、研究が進んだ。そしてひとつの答えが導かれた。ひとつひとつの鱗が集まった構造により、微細な渦が発生する。その渦が体表面で発生する大きな乱流を打ち消す効果があった。

すべすべな体表面に空気を流すと乱流が発生し、進行方向と逆向きの抵抗力が発生し、これが空気や液体の摩擦抵抗となる。一方、サメの鱗はV字形の溝によって微細な縦渦を発生させ、大きな乱流を打ち消す。乱流による抵抗が少なければ速度が上がる。同じ速度なら使うエネルギーが小さくなる。サメの楯鱗のような微細な凹凸構造を「リブレット(Riblet)」という。

リブレットの効果を示すエピソードとして、オリンピック水泳競技の高性能水着禁止騒動がある。英国のスピード(Speedo)社が開発した「ファーストスキン」は、NASA、バイオメカニクス、サメの研究者が開発に加わり、水着全体をリブレット加工した。その後継製品「レーザーレーザー」も競泳選手に人気があり、世界記録が塗り替えられていった。それほどリブレットの効果は大きいわけだ。しかし、国際水泳連盟は水着の素材を繊維のみとしたため、ポリウレタン素材を使うリブレットは禁止となった。

オーディオファン、エアチェック世代には懐かしの「BASF」も関わる

JR東海が2月20日に発表した「超電導リニア 新しいL0系改良型試験車の製作について」によると、リブレットは「M10」だけでなく、すでにL0系の他の車両でも実験しているという。製作は日立製作所だが、リブレットを説明する図に「(C)BASF Coatings」とある。

  • <!-- Original start --></picture></span>中間車「M10」の特徴に「リブレットフィルムの適用」「台車周りの形状最適化」を挙げている(画像提供 : JR東海)<!-- Original end -->

    中間車「M10」の特徴に「リブレットフィルムの適用」「台車周りの形状最適化」を挙げている(画像提供 : JR東海)

カセットテープで音楽を楽しんだ世代なら、日本でカセットテープのブランドとして流通した「BASF」を懐かしく思うかもしれない。BASFはドイツで150年の歴史を持つ総合科学メーカー。磁気テープの素材となるアセテート樹脂の開発に関わったという。日本市場に1888年から参入し、1974年からBASFジャパンが稼働している。その関連会社が「BASF Coatings」。「M10」のリブレットフィルムはBASFコーティングジャパンが担っている。

2022年10月、BASFはルフトハンザドイツ航空グループのルフトハンザ・テクニック社と共同開発したリブレットフィルム「AeroSHARK」をスイス・インターナショナル・エアラインズの「ボーイング777-300ER」に施工し、安全性と操縦性に影響がないことを確認した。流動シミュレーションにて、機体表面のリブレット加工で摩擦抵抗が1%以上減少。その結果、年間で約400トンの燃料と1,200トン以上の二酸化炭素排出量を削減できるという。

山梨リニア実験線では、2024年8月から現行車両にリブレットフィルムを適用し、走行試験を実施していた。つまり、リブレットフィルムは「後付け」も可能。そして「M10」が新車に施工した最初の例となった。

徹底的な省エネで航空機並みの効率化

「M10」の外観は無塗装だが、素材がシルバーのため、ぎらりと光る。ゴールドのラインは高速で流れる光のイメージ。東海道新幹線はアルミボディに白と青で塗装しており、この色がアイデンティティだった。L0系もそれにならっている。シルバーボディの鉄道車両は通勤形電車に多く、ステンレスによる低腐食性、メンテナンス性に優れている。ただし、「M10」が無塗装ボディを採用した理由は、塗装による二酸化炭素排出を削減するため。無塗装にすることで、塗装の乾燥工程で必要だった1両あたり約9トンの二酸化炭素を削減するという。

L0系も含め、台車周辺の形状も変更された。従来の台車は車両の連結部にあり、そこだけ張り出す形状だったが、「M10」では数値流体解析による最適化を図り、張り出し部分を横方向に長くし、車体となめらかに続く形状とした。その結果、16両編成で運行する場合に、リブレットと組み合わせて空気抵抗を約1%削減できるとのこと。自動車関係の文献をあたると、空気抵抗は速度の2乗に比例して大きくなる。リニア中央新幹線は500km/hで走るから、先に述べた航空機と同様な省エネ効果、二酸化炭素排出量の削減を期待できるだろう。

  • <!-- Original start --></picture></span>超電導コイルの高温化で大幅な省エネを実現した(画像提供 : JR東海)<!-- Original end -->

    超電導コイルの高温化で大幅な省エネを実現した(画像提供 : JR東海)

台車周りに関連して、走行装置の「超電導磁石」が「高温超電導磁石」に換装された。従来の超電導磁石はマイナス269度まで冷却する必要があったため、台車に液化ヘリウムと液体窒素を搭載し、冷凍機で液化したヘリウムによって磁石を冷却していた。一方、新たに搭載した「超高温伝導磁石」はマイナス255度で作動する。その差は14度だが、この温度だと冷凍機で超電導コイルを直接冷却できる。液体ヘリウムが不要になり、配管も節約可能。消費電力も低下する。超電導の高温化は研究が進み、開業までにさらなる改良の余地がありそうだ。

イメージ一新の座席もリサイクル素材を使用

車内は座席の配色を暖色系としたことで、従来のL0系とは異なる印象を与えている。座り心地もL0系より改良されたとのこと。加えて、「座席にサトウキビの搾りかすを使うなど環境に配慮した改良」が施されたとテレビ東京が報じていた。

  • <!-- Original start --></picture></span>暖色系で上質感を演出した車内。シートは集中スイッチによる自動回転が可能で、折返し運行時の清掃係員の負担を軽減する。荷棚部分にプロジェクターを配置した(画像提供 : JR東海)<!-- Original end -->

    暖色系で上質感を演出した車内。シートは集中スイッチによる自動回転が可能で、折返し運行時の清掃係員の負担を軽減する。荷棚部分にプロジェクターを配置した(画像提供 : JR東海)

サトウキビの絞りかすは「バガス」と呼ばれる。砂糖を製造する際、サトウキビから樹液を絞った残りの繊維質である。サトウキビ全体の約25%がバガスとなり、うち9割が食物繊維のセルロースという成分になる。農林水産省によれば、日本において年間約35万トンのバガスが発生しているとのこと。このうち8割以上が砂糖生産時にボイラーの燃料となるほか、家畜の飼料として使われる。その残りの処理を進めるため、近年は「紙」「デニム生地」「かりゆし」などにアップサイクルされているという。

鉄道車両には厳しい難燃化基準があるため、バガスの採用は大きなチャレンジだったのではないか。この分野に関しては、リニアに限らずすべての鉄道車両で応用が利くはず。リブレットやバガス生地など、超電導リニアのために開発した技術が現行の新幹線や在来線に応用されるかもしれない。

もうひとつの注目ポイントは、荷棚に並んだ多数のプロジェクター。JR東海によると、膜内装の平滑面を生かし、天井に映像を投影する予定だという。リニア中央新幹線は品川~名古屋間285.6kmのうち、約86%の246.6kmがトンネルとなるため、車窓風景はほとんど見えないし、明かり区間もほぼ一瞬で通り過ぎてしまう。車窓風景の代わりとして、天井に映像を投影するとは良いアイデアだと思う。同様のしかけは、北越急行の「ゆめぞら」で実用化されており、トンネル内で「花火」「海中」「星座」などの映像を楽しめる。「M10」の天井にはどんな映像が映されるだろう。試作車で試験段階ではあるものの、ぜひ実用化してほしい。

ところで、なぜ「M10(えむじゅう)」なのか?

7月末に報道公開された際の映像を見ると、新しい中間車に「L25-952」というナンバーが振られていた。やはりL0系シリーズの車両といえるだろう。では、なぜ「M10」と呼ぶのか。さらにニュース映像では、JR東海の丹羽社長が「えむじゅう」と呼んでいた。「L0系」は「エルゼロ系」と呼んでいただけに、筆者にはかなり違和感があった。

これについてJR東海に聞いたところ、「Mは普通中間車、10は10番目に作成されたL0系車両の意味があります。正式な名称は『L0型改良型試験車 M10』です」とのことだった。改良型試験車を含むL0系において10番目の中間車であり、その車両記号が「M10」というわけだ。

  • <!-- Original start --></picture></span>細かいところだが、座席のUSBコンセントがL0系在来車の「Type-A」から「Type-C」になった(画像提供 : JR東海)<!-- Original end -->

    細かいところだが、座席のUSBコンセントがL0系在来車の「Type-A」から「Type-C」になった(画像提供 : JR東海)

「M10」はすでに山梨リニア実験線を走行しており、山梨県立リニア見学センター「どきどきリニア館」などの展望スポットで眺められる。「どきどきリニア館」の2階で「M10」の写真を展示するほか、動画上映も実施している。JR東海の丹羽社長が語ったところによれば、これは「28年にわたる試験走行の協力に感謝の気持ち」とのことだ。

リニア中央新幹線の開業に向けて、車両が進化し続けている。私たちが乗車する車両は「M10」をさらに進化させた車両になるだろう。