「指導者として野球を教えたい」──春夏連覇を狙う横浜高校・村田浩明監督…

2025年夏、高校野球激戦区である神奈川を制したのは、春夏連覇を狙う横浜高校!

チームを率いるのは、2020年4月から指揮を執る村田浩明監督。2024年5月に刊行された『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)より、横浜高校村田浩明監督の頁から一部抜粋で公開する。横浜高校・村田浩明監督の原点とは──。(文・大利実)

 

 

最初に選んだ道は県立高校の教員

 

 高校時代はキャプテンを務め、涌井秀章(中日)や石川雄洋(元DeNA)らとともに2004年夏に甲子園に出場している。

 2学年下に「スーパー1年生」と騒がれた福田永将(元中日)がいたこともあり、夏の大会は二番手捕手。

 当時の小倉清一郎コーチの厳しい指導に、村田キャプテンが感情的に“キレた”こともひとつの原因だった。

 

2018年発売『激戦 神奈川高校野球 新時代を戦う監督たち』で、貴重なエピソードを語ってくれた。要約して、紹介したい。

 

「夏の大会前に、渡辺(元智)監督が脳梗塞で倒れて、小倉コーチが指導している時期がありました。

 ぼくはキャプテンなので、厳しいことをめちゃくちゃ言われる。6月の東北遠征では、ダルビッシュ有がいた東北高校(宮城)との試合前に、小倉コーチと些細なことで言い合いになって、『だったら、試合に出ねーよ!』と反抗したんです。

 スタメン発表したあとだったので、『いいから、お前は試合に出ろ』と言ってきたんですけど、『出るわけねぇだろう!』とまた反抗。

 小倉コーチはとんでもなく怒っていましたけど、こっちも納得いかなくて……。

 この試合でぼくの代わりに出たのが福田で、そこで大活躍。

 小倉コーチも『お前なんて、もういらねぇよ』となったんですよね。今思えば、幼かったと思います」

 

 「小倉見たか、ばかやろう!」

 

 個人的には、神奈川高校野球史に残る名場面だと思っている。

 

 決勝で神奈川工を下したあとには、泣きながら勝利の校歌を歌い、優勝インタビューでも泣き続けていた。

 感情が表に出るタイプだった。

 

 指導者の道を視野に入れながら日本体育大に進んだが、硬式野球部ではなかなかうまくいかず、3年生になる頃にはほぼ休部状態となった。

 渡辺監督に相談に行くと、「うちの練習を手伝ってみないか」とありがたい言葉をもらい、3年生の冬から学生コーチとしてチームに入るようになった。

 4年時(2008年)の夏には、土屋健二(元DeNAなど)らを擁して夏の甲子園でベスト4にまで勝ち上がった。

 

「指導者として野球を教えたい」という気持ちは、日に日に強くなり、渡辺監督からは「横浜高校に戻ってこい」と誘いもあった。

 渡辺監督、小倉コーチのもとで野球を学べるのは幸せなことだったが、県立高校の教員採用試験を受験することを決意した。

 

 当時、任されていたのはBチームの指導。

 メンバーには入れないが、他校であれば活躍できるような能力の高い選手がたくさんいた。

 陽の目を見させてあげたい。横浜に憧れる気持ちはOBとして十分に理解できるが、もし魅力のある学校がほかにあれば、違う選択肢もあったかもしれない。

 

 たどり着いた結論は、「県立の監督として甲子園を目指す」。

 私学が圧倒的に強い神奈川において、県立高校が甲子園に行くのは奇跡に近い確率であることはわかっていた。

 でも、だからこそ、名門私学とはまた違うやりがいがあるのではないか。

 

 夏の甲子園期間中に教員採用の二次試験を受け、見事に現役で合格。初任の霧が丘では、野球部の部長を4年務め、2013年から白山に移り、秋から監督に就いた。

 

 グラウンドの草取りを自ら行い、横浜のOBの協力を得て、打撃練習ができる鳥かごを設置するなど、環境作りから始めた。

 当初は、「村田監督は厳しそう」という噂が広まり、14人いたはずの部員が新チーム初日には4人しか出てこないこともあったが、「野球部が一生懸命にやっている」という評判が広まり、全員がグラウンドに戻ってきた。

 

 それまでは秋春の県大会に出るのがやっとだったチームが、コンスタントに地区予選を勝ち抜くようになり、2017年夏の県大会では2勝を挙げて3回戦進出。

 続く新チームは秋ベスト16、春ベスト16、夏(北神奈川)ベスト8と、ひとつ上のステージで戦うことができた。

 

「白山での7年間があるから、今の自分があるのは間違いありません。

 選手に愛情を注いで、一生懸命に取り組むことで、本当にいろいろな方が応援してくれて、力をもらいました」

 

 同じ県立高校の指導者として大きな刺激を受けていたのが、当時は大師を率いていた野原慎太郎監督(横浜清陵監督)だ。

 村田監督は横浜出身、野原監督は東海大相模出身で、名門私立で3年間過ごしたのちに、県立の指導者になった共通項があった。年齢は村田監督が4つ下になる。

 

「大師を強くしていく野原さんの姿を見て、言い訳はできないなと。

 野原さんは『県立も私立も関係ない』と口癖のように言っていました。本当にその通りだと思います」

 今も二人の良き関係は続いているが、それは野原監督の章で紹介したい。

 

 

書籍情報

『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』

大利実 著 定価:1980円(本体1800円+税)

 

本書は、全国屈指の激戦区・神奈川で互いに切磋琢磨しながら鎬を削る監督たちの熱い想いを一冊にまとめた書籍である。

 

優勝争いの中心にいる横浜、東海大相模、慶應義塾、桐光学園。

常連校の壁に挑む相洋、横浜隼人、横浜創学館、日大藤沢、桐蔭学園。

革命を起こす準備を進める立花学園。古豪復活へ力をつける武相。

旋風を狙う県相模原、横浜清陵、川和、市ケ尾。

 

選手にさまざまな個性があるように、監督にもさまざまな色がある。

夏の勝者はわずかに1校。

神奈川の頂点、そして甲子園の頂点に挑む監督たちの戦いに迫った――。

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書籍『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』

 

【了】