ジョー・アーモン・ジョーンズが語る新たな挑戦、「音楽にお金を払うのはバカらしい」時代との戦い

エズラ・コレクティヴは昨年のマーキュリー・プライズに続き、今年のブリット・アワードで「グループ・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2010年代から注目されてきたロンドンのジャズ・シーンは、彼らの大躍進もあって、ひとつの頂点に達したと言えるだろう。

そんなエズラ・コレクティヴでの活動と並行して、早くからソロ活動も展開してきたのが鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズ(Joe Armon-Jones)。2018年のデビュー作『Starting Today』、翌年の2作目『Turn To Clear View』とアルバムを重ねながら実験性を深めてきた彼が、ついに最新アルバム『All The Quiet Part.1』を発表した。この6年ぶりの新作は、6月リリース予定の『同 Part.2』と2部構成の大作となっている。

以前のインタビューでも語っていたように、彼は演奏のみならずダブ・ミックスにも自ら取り組み、ジャズとレゲエの融合をより深い次元へと押し上げている。その探究心は、他の追随を許さない。ヌバイア・ガルシアやヤズミン・レイシー、Wu-Luも参加した今作では、過去2作には参加していない3人のドラマーを起用し、彼の音楽の核でもあるリズムをさらに追求している。

さらに、彼がここで真摯に向き合おうとしているのは「音楽の価値」そのものだ。『All The Quiet』二部作を通じて、彼は現実とSFを股にかけたストーリーを描きながら、音楽はなぜ必要なのか、それをどう守るのかという根源的な問いと対峙している。そんな彼の姿勢は、ミキシングへのこだわりなど作品の細部にまで反映されている。ジョー・アーモン・ジョーンズが過去作で実践してきたこと、そして現在地を尋ねた。

―まずは1作目『Starting Today』のコンセプトを聞かせてください。

ジョー:あれは、自分のバンドと初めてレコーディング・スタジオに入り、一緒に作り上げた作品だった。タイトル・トラック「Starting Today」に参加しているシンガー、アシェバー(Asheber)とは、ケヴィン・ヘインズのバンドで1年ほど共演していたんだ。彼はそのバンドでスポークン・ワードを披露していて、実はシンガーだとは知らなかった。

あるギグで、彼が歌っているのを初めて聴いた。その歌声が本当に美しくて、心を打たれたんだ。ギグのあと、すぐに彼に声をかけた。「来週スタジオでレコーディング・セッションをするんだけど、来てくれない?」と。彼は「いいね、参加できると思う」と快く応じてくれた。そこで僕は、バンドの他のメンバーを集めて準備を進めた。

レコーディング当日、僕らはすでに「Starting Today」のボーカルなしのバージョンを録り終えていた。アシェバーが本当に来てくれるか確信がなかったから、念のために録っておいたんだ。セッションの終盤、残り40分くらいのところで、彼がスタジオに現れた。まさに「そろそろ終わろうか」というタイミングだったね(笑)。

彼には事前に何も伝えていなかったし、リハーサルもしていない。残り時間はわずか40分。そんな状況で、彼は「Starting Today」を完全に即興で――つまりフリースタイルで歌ったんだ。バンドが演奏を始めた瞬間、彼は曲のコンセプトを瞬時に理解し、即座に歌詞を書いて、その場で表現してくれた。僕の音楽人生の中で、最もインスパイアされた瞬間のひとつだったよ。

―ベーシストのムタレ・チャシは、『Starting Today』から最新作の『All The Quiet Part.1』まで一貫して参加しています。彼はどんなベーシストなのでしょうか?

ジョー:ムタレのことは、大学生の頃から知っている。彼は、これまで自分が聴いた中でも、一緒に演奏してきた中でも、最も優れたベーシストの一人だ。どんなジャンルでも演奏できるし、ただ巧いだけではなく、オーセンティックな演奏もできるんだ。

ベーシストに求められるあらゆる要素を持ち合わせていて、即興演奏のクオリティも圧倒的に高い。常に他の演奏者の音に耳を傾け、そこへ自然にベースの要素を加えてくれる。ライブで演奏を聴くと、まるで事前に決められたパートのように聞こえることが多いけど、実はそれが即興だったりするんだ。

ムタレ・チャシが参加した「Starting Today」のパフォーマンス動画(2018年)

―では、2作目『Turn To Clear View』のコンセプトを聞かせてください。

ジョー:『Turn To Clear View』の背景にあるテーマは、「自分の目標達成を妨げる要素から距離を置く」ということ。何かを成し遂げたい、前に進みたいと思っていても、些細な問題や障害が立ちはだかり、それが原因で前進できなくなることがある。そうした些細な障害からは、一度距離を置こう、というメッセージを込めているんだ。それは同時に、そんな時こそ音楽を楽しもう、というメッセージでもある。

音楽活動も他の仕事と同じように、ストレスや悩み、考え事がつきまとう。音楽で生計を立てていると、「自分はなぜ音楽をやっているのか」「なぜこんなにも時間を費やしているのか」といった根本的な問いを忘れてしまいがちだ。だからこそ、音楽の喜びを忘れないように、自分へのリマインダーとして『Turn To Clear View』というコンセプトを掲げたんだよ。

―なるほど。

ジョー:レコーディングの進め方は、『Starting Today』のときと同じだった。メンバーには事前に音源を渡していないし、譜面も用意していなかった。まずは、僕がイメージしている演奏のフィーリングを口頭で伝えて、そこからみんなで曲について話し合った。そして実際に一緒に演奏してみて、まずは何が生まれるのかを試していったんだ。

前作との違いがあるとすれば、『Turn To Clear View』では「この曲は誰と共演すべきか」というイメージがより明確だったね。たとえば「Yellow Dandelion」は、ジョージア・アン・マルドロウの歌声を想定してレコーディングしたんだ。僕は以前から彼女と一緒に仕事がしたいと強く思っていたから、彼女に合いそうな楽曲を自分で作り、それを送った。すると、彼女も僕の書いた音楽を気に入ってくれて、最終的に楽曲として完成させることができたんだ。

―『Starting Today』と『Turn To Clear View』の2作では、クウェイク・ベースとモーゼス・ボイドという2人のドラマーが起用されています。彼らがどんな奏者なのか聞かせてください。

ジョー:2人はまったく異なるタイプのドラマーだよ。どちらも独自のサウンドを持っていて、とても個性的だ。僕は2人の演奏を簡単に聴き分けられる。クウェイクは最近だとサンファのアルバム(『Lahai』)にも参加していたけど、どの部分が彼の演奏かすぐに分かったよ。

クウェイクの素晴らしいところは、ライブの場においても、「もしかしたらできないかもしれない」ような演奏にあえてチャレンジするところ。成功する確率が五分五分の難易度でも、彼はそれに挑むんだ。そして、彼の音楽的センスでもってそれを成し遂げてしまう。僕はそういうサウンドが大好きなんだ。ジャズ・ミュージシャンが限界ギリギリのところで良いアイデアをひねり出そうとする、その瞬間のサウンドがたまらない。不可能に近い領域まで攻めて音を探し求める、その姿勢がカッコいいと思う。クウェイクはまさに、そういうギリギリを攻めるのが得意なドラマーなんだ。

―モーゼス・ボイドはどうでしょう?

ジョー:モーゼスとは、クウェイクよりもずっと前から一緒に演奏してきた。スウィングのギグもやったし、セッション・ミュージシャンとしていろんな現場を共にしてきた。大学時代には、彼とビバップ・スタイルの演奏もよくやっていたよ。やがて彼は自身のプロジェクトを立ち上げ、自分の名義で作品を発表するようになった。その活動はとても刺激的で、彼はジャズ・ミュージシャンにとっての新しい進路を切り拓いていると思う。つまり、クウェイクもモーゼスも、僕にとっては大きなインスピレーションの源なんだ。

―あなたの作品で、クウェイク・ベースとモーゼス・ボイドはどのような貢献をしてきたのでしょう?

実は『Starting Today』では、2人が同時に演奏していたんだ。つまり、あれはかなり野心的なセッションだった。正直に言うと、当時の僕はレコーディングのプロセスをまだよく理解していなかった、というのが理由なんだけどね(笑)。

―それはなかなか無茶ですね(笑)。

ジョー:みんなが同じ部屋に入って一緒にレコーディングするほうが、お互いの様子がよく見えるし、コミュニケーションも取りやすいだろうと思っていたんだ。だから、当時はマイクの置き場所やドラムサウンドの調整なんて、正直まったく考えていなかった。でも実際には、演奏者を全員同じ部屋で録音すると、ドラムサウンドの調整がすごく難しくなる。マイクが他の楽器の音まで拾ってしまうからね。

その代わり、部屋には素晴らしいバイブスが生まれる。だからこそ、アルバムを録音する際には、どのような方法で録音するかを慎重に検討する必要がある。特にジャズのように即興演奏が重要なジャンルでは、その即興性をどう生かしたいのかまで含めて、録音方法を考えなければならないんだ。2人が同時にドラムを演奏したときは、マジで大変だったよ。

―結局、どうやって形にしたんですか?

ジョー:彼らはスタジオで演奏を重ねるうちに、どんどん息が合っていった。最終的には完全にシンクロして、サウンドもばっちりハマっていた。だから僕は、あとから「何を残すか」を選べばよかったんだ。たとえば、「このパートではクウェイクのキックドラムを活かして、こっちのパートではモーゼスのスネアを使う」みたいにね。

『Starting Today』は流れるようなサウンドになっているけど、実際には2人のドラマーが思いきり演奏していたから、普通にドラムミックスをしようとすると、とても収まりきらないほど情報量が多かったんだ。でもその時は、ミキシング・エンジニアが本当にうまくまとめてくれて、最終的にはうまくまとまった。

今だったら、きっと別の方法で録音すると思う。でも『Starting Today』には、当時の自分の成長の過程がしっかり刻まれていて、それが面白いなって思っているよ。

新作に参加した3人のドラマー、音楽を守るための戦い

―次は新作『All The Quiet Part.1』について。これまでと違う3人のドラマーが参加しています。ジェイガ・ゴードン、ナシェット・ワキリ、そしてモーガン・シンプソン。それぞれがどんなドラマーなのか聞かせてください。

ジョー:ジェイガとは共演の機会はそれほど多くないけれど、彼がグリーンティ・ペン(『All The Quiet Part.1』の6曲目「Another Place」でWu-Luと共にフィーチャリング参加)の『Man Made』でドラムを演奏していたことがきっかけで知り合って、1週間ほど一緒に過ごしたんだ。彼はとてもソリッドで、的確なプレイをするドラマーだよ。スネアを叩く位置が常に安定していて、途中で変えたりしない。そういう点でも、サウンド・エンジニアから愛されるタイプなんだ。

一定の音色を繰り返し再現できるというのは、些細なことに聞こえるかもしれないけど、実はとても重要なことなんだ。というのも、マイクを定位置にセットして、ドラムのスナップ音を録ろうとしているエンジニアにとって、サウンドチェックのときと実際の演奏で音が違うと、すごくイラっとするんだよ。最初に求めていた音が録れなくなってしまうからね。ジェイガはそうした正確さも備えているんだ。

―ナシェット・ワキリはどうでしょう?

ジョー:ナシェットは、今回のアルバムのほとんどの曲に参加している。彼とは昔から何度も共演していて、ワキリ・ヒック(Wakili-Hick)という名義でも活動している。彼も僕たちと同じく、Tomorrow's Warriorsの出身だ。

彼のすごいところは、リズムを完全に一定に保てるところ。僕はこれまで色んなミュージシャンと演奏してきたけど、自分からリズムをズラす人もいれば、向こうから仕掛けてズラさせる人もいる。でも、ナシェットのリズムは絶対にブレない。ずっと一定のリズムをキープするんだ。これは、ダブのようなジャンルでは必要不可欠なこと。だから彼は今回のプロジェクトにおいて非常に重要な存在だった。

アルバムで聴ける多くのドラムビートは、彼が生み出したものだ。僕がピアノでメロディを弾いて、曲の大まかな雰囲気を彼に伝えると、それに合わせて彼がドラムを演奏してくれる。今回は、彼が最初に演奏したものをそのまま採用することが多かったね。

ナシェット・ワキリのドラム演奏

―モーガン・シンプソンは昨年の来日公演にも参加していましたが、彼についてはいかがでしょう?

ジョー:モーガンについても、同じようなことが言える。彼は「Hurry Up & Wait」という曲に参加している。とても多才なドラマーで、僕が好きなジャンルを何でも演奏できる。それに彼は、ロッカーズ・ビート(1拍目と3拍目にバスドラム、2拍目と4拍目にスネアが入るロックっぽいレゲエのビート)を演奏するのが物凄く上手い。

ロッカーズ・ビートは、(ステッパーズのように)バスドラムの四つ打ちでテンポを支えることができないから、ドラマーはハイハットを使ってテンポを保つ必要がある。これができる若い世代のドラマーはほとんどいない。あのビートを叩けるのは大体40〜50代のミュージシャンばかりなんだけど、モーガンにはそれができるんだ。

―その3人を起用したアルバムのコンセプトを教えてください。

ジョー:アルバムにあわせて物語を書いたのは、今回が初めてなんだ。コンセプトは、現実とSFの両方に通じるものになっている。まずSF的な側面から話すと、舞台は未来の世界。そこでは音楽が神聖なものとなり、貴重な資源として扱われている。その理由は、政府が音楽を禁止してしまったから。音楽は政府に隠れて、密かにやらなければならないものになってしまった。

アルバムの『Part 1』と『Part 2』のジャケットに描かれている場所は、音楽が流れ着いた”最終到着地”。つまり、僕たちが音楽を守ることができる最後の光景を表している。この世界では、残された数少ないマイクや楽器、ピアノ、ギター、アンプなど、音楽を生み出すために必要なすべてのものが政府によって禁止されている。だから僕たちは、それらを守るために城塞都市を築いているんだ。

物語のなかでは、政府側の勢力が、残されたわずかな音楽や楽器を滅ぼそうと城塞都市に攻め込んでくる。そして、僕たちはその音楽を守ろうとして彼らと攻防を繰り広げている……そんなストーリーなんだ。

『All The Quiet』Part.1、Part.のジャケット

―音楽を守るために戦う、架空のストーリーということですね。

ジョー:うん。でも、現実の世界においても、音楽はそういう未来に向かって進んでいくんじゃないかと、僕は想像しているんだ。今だって、音楽は本当に大切にされているとは言いがたい。”不可欠な資源”のはずなのに、大切にしていない人が増えているように思う。

音楽は人間社会の重要な一部だ。これまでにも、かつては大切にされていた伝統や価値観が、社会の近代化とともに「必要ない」と見なされ、社会から抹殺されていった歴史がある。今のところ、音楽はまだそうなっていない。それぞれの国にはそれぞれの音楽があり、宗教や文化とも深く結びついている。食べ物と同じで、僕たちは音楽なしでは生きてはいけないからね。

でも一方で、ビジネスや経済の観点から見ると、音楽の価値が下がってきている側面もある。音楽にお金を払うなんてバカらしいと思っている人もいれば、酸素や水のように、タダで提供されるべきだと考えている人もいる。でも、そうした「無料のスキーム」では、いずれすべてが崩壊してしまう。

そうした状況が進むと、音楽家は生活のために、自分の関心とは無関係なスタイルの音楽を作らざるを得なくなってしまう。ブランドとの契約仕事や、収入を得るための制作に追われ、本当に表現したい音楽は空き時間に追いやられてしまう、みたいなね。

―わかります。

ジョー:他国の状況は詳しくわからないけれど、今のイギリスでは、行政が音楽教育に充てている予算がどんどん削減されている。音楽を”真っ当な仕事”として、人のためになる大切な職業として捉える人も、だんだん減ってきているように感じる。これは僕が住んでいる国で実際に起きていることだけど、他の国の友人たちからも、似たような話をよく聞くんだ。

子どもたちに音楽の重要性を教えないことは、大きな弊害を生むと思う。最近は、音楽をものすごく狭い枠のなかで捉えてしまっている人も多い。たとえば、マクドナルドやスターバックス以外にも、たくさんの食べ物が存在ことを忘れてしまっているようにね。他にも選択肢があることを知っていれば、世界はもっと広く見えるはずだ。

音楽もまさに同じような状況で、みんなが同じようなものばかりを聴いている。とてもニッチな、少数派のコミュニティだけが、それ以外の音楽に触れているっていう(笑)。

ミキシング作業で発見した「謙虚さ」

―『All The Quiet Vol.1』で行なった作曲に関するチャレンジがあれば教えてください。

ジョー:いちばん大変だったのは、アルバムのミックス作業だった。今回はじめて、自分でミキシングを担当したんだ。これまでも曲の一部やパートを少しミックスすることはあったけど、アルバム全体を自分ひとりでミックスするのは初めての経験だった。

過去の作品では、サウンドをエンジニアに整えてもらって、自分がOKを出せば世に出すことができた。でも今回は、アルバムのサウンドに関して、ほぼ99%を自分で手がけたんだ。コードの響き、楽器のテクスチャー、使用するシンセサイザー、チャンネルごとのEQ調整、全体のコンプレッション・レベル……それらのすべてについて、自分自身で「どれくらいが適切か」を判断し、「これで満足だ、このサウンドでいい」と、自ら承認しなければならなかった。その決断を下すことが、こんなにも難しいものなのかと実感したよ。

これまでの自分は、何かしら言い訳をして、そうした”最終判断”をいつもどこかで先延ばしにしてきた。でも今回は、最終的にその音が完成したと、自分で認めなければならなかった。ミックスを完成させるというのは、ある意味でその曲を「引き渡す」ような行為なんだ。その感覚に気づかされたんだよね。

自身が所有するAquarii Studiosにて、ダブミキシングについて語った動画

―自分で自分の作業や判断を認めることを学んだってのは、深いですね。

ジョー:とにかく、ミキシングからは本当に多くのことを学んだよ。もちろん、技術的な意味でのミキシング全般についてもそうだけど、自分の能力に対する”謙虚さ”をもつことができるようになった。

僕は過去にも、ミキシングについて5年ほど勉強してきた。本気で向き合ってきたつもりだったんだ。でもあるとき、「ミキシングにも様々なレベルがある。そして世の中には、僕がピアノを弾いてきた年月よりもずっと長く、ミキシングに取り組み続けている人たちがいるんだ」と気がついた。

彼らは、僕がバンドでピアノを演奏するときの感覚や姿勢を、ミキシングにおいて同じように持っている。その瞬間に必要とされている音、心地よいと感じられる音を聞き取る能力をもっているんだ。それは、僕がピアノの音やコードを聴き取る力を何年もかけて鍛えてきたのとまったく同じだ。そのことに気づいたとき、自然と自分の中に”謙遜さ”が生まれたんだ。

―それは大きな気づきですね。

ジョー:あと、僕が特に好きなミックスって、エンジニアが”勇敢な選択”をしているのが耳でわかるものなんだってことにも気づいた。たとえば、パーラメントやファンカデリックなんかが、まさにいい例だ。

彼らのドラムサウンドって、正面から聴こえてくるだけじゃなく、左端のずっと遠くのほうから聴こえてきたりもする。『Maggot Brain』に収録されている曲の多くでは、ドラムの音がすごく遠いんだ。普通のエンジニアなら、頼まれでもしない限りそんなミックスはしない。あれだけ遠いと、ドラムがクリアに聴こえなくなるからね。でも僕は、そういうミックスを聴くと、「ああ、このエンジニアは思い切った判断をしたんだな」と感じるんだ。

―では、今回のミックスに関して、あなたが行なった”勇敢な選択”について教えてもらえますか?

ジョー:制作の最後に、音楽をテープレコーダーにかけて聴いてみたんだ。使ったのは、安価なオープンリール型の磁気テープを使うタイプのレコーダーで、そこを通したときに出てくる音、テープ特有のざらついた質感や、少し粗さのある感じがすごく気に入ってる。

それから、ラジオ向けのミックスでよく耳にするような、極端に持ち上げられたハイエンド(高音域)はあえて削っている。ああいう音って、ちょっとポップ過ぎるというか、過剰にプレゼンされすぎているように思うんだ。全部の要素が前に出過ぎていると、明るい色だけで描かれた絵と一緒で、どれもが目立ちすぎてしまう。ミックスでも同じような現象が起こりうるんだ。

最近のミックスは、ラジオやスマホでの再生に特化するあまり、他の部分が犠牲になっているように感じる。だけど僕は、自分の音楽を聴いてくれる人たちを信頼してる。きっとみんな、ちゃんとしたスピーカーやヘッドフォンを所有していて、音楽をしっかり味わいたいと思ってくれているはずだ。僕はそういうリスナーのために音楽を作っている。ベースの音はできるだけクリアに聴こえるようにしているし、音の設計も、そうした環境を前提に考えている。それに僕が本当に聴きたいと思う音楽は、テープで録音されたもので、ハイエンドが控えめで、過剰なコンプレッションもかかっていない。とにかく温かみのある、素敵なサウンドにしたかった。

―ミックスの観点で面白かったのは「Danger Everywhere」でした。

ジョー:あの曲では、サウンド・デザインを通じて”緊張感”を表現しようと試みた。ストーリーとしては、城塞都市に暮らす人々が音楽や楽器を守っていて、常に外の世界からの圧力や脅威を感じながら生きている。そんな状況下における緊迫感を音で描きたかった。比較的アブストラクトな一面を追求した楽曲で、サウンド・デザイン的な要素と、バンド的な要素が組み合わさっている。

あと、この曲では、テープレコーダーを使ってドラムやホーンの音を再生した。使ったのは速度設定が2段階あるタイプで、再生速度を遅くすると、音がより豊かに、よりビッグになって響くようになる。この曲や「Show Me」では、さまざまな楽器の音の速度を緩めて、引き伸ばしているんだ。

―その「Show Me」もミックスにこだわってますよね。ドラムの音がすごく面白い。

ジョー:もし他の人がミックスを担当していたら、絶対にこんなサウンドにはならなかっただろうね。僕じゃなかったら、もっと鮮明で、ベースもくっきりとした音になっていたと思う。

この曲に関しては、そこまで時間をかけなかった。どこか崩れかけているようなサウンドが制作中すぐに出来上がったから。ここでもピッチにはこだわっていて、テープレコーダーを使って音を遅めの速度で再生している。その上にいくつかレイヤーを重ねていった。仕上がりに満足しているという意味では、「Hurry Up & Wait」も気に入っているね。

―次回作の『Part 2』はどんな感じになりそうですか?

ジョー:どこまで話していいのか分からないけど(笑)、今回のアルバムは2部構成になってる。全体で20曲あるんだ。ストーリーは共通しているんだけど、『Part 1』は戦いが始まる前、嵐の前の静けさみたいな雰囲気。一方で、『Part 2』はその真っ只中っていう感じかな。

『All The Quiet (Part I)』

発売中

日本盤ボーナストラック収録

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14689

『All The Quiet (Part II)』

2025年6月13日リリース

日本盤ボーナストラック収録

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14690