2023年に東京都が費用の一部助成を開始したこともあり「卵子凍結」の認知度が高まっています。一方、卵子凍結への正しい理解が広まっているとは言い難く、言葉が一人歩きしてしまっている感も。
日本不妊カウンセリング学会認定の不妊カウンセラーとして、第三者的な立場で不妊・卵子凍結の相談に応じる笛吹(うすい)和代さんは、「卵子凍結をしても妊娠が保証されるわけではない」と言います。意外と知られていない卵子凍結のリアルを、後悔しないクリニック選びのポイントとあわせて語ってもらいました。
■「卵子凍結 = 妊娠」ではない
――「年齢とともに卵子は老化する」と知って、卵子凍結に興味を持った女性も多いと思います。卵子凍結を考える上で、まず知っておくべきことを教えてください。
まずおさえておくべきは、卵子凍結をしたからといって妊娠が保証されるわけではないということです。そもそも凍結する卵子の個数が1個や2個では妊娠に至る確率は非常に低いですし、20~30個の卵子を凍結したからといって妊娠に「絶対」はありません。妊娠は個人差が大きい領域ですし、不妊の原因はさまざまだからです。
また卵子凍結の結果は、実際に凍結卵子を使う5年後、10年後にしかわかりません。当時の排卵誘発(卵胞(卵子)を発育させ、排卵を促すこと)の方法が自分に合っておらず、凍結した卵子が1つも胚盤胞(はいばんほう:着床できる状態になった受精卵)にならなかったからといって、過去にさかのぼってやり直すことはできないのです。
また、凍結卵子を使用する際は不妊治療を受けることになるので、パートナーがそれに賛同してくれるかという点も忘れてはいけません。不妊治療は男性がためらいがちな精液検査を伴うため、結婚を考えた段階で凍結卵子を持っていることを明かして、使用について話し合うことをおすすめします。
凍結卵子の使用には年齢制限もあるので、妊娠を望むのであれば、卵子凍結をして終わりではなく、パートナーを探すことも忘れないようにしましょう。
■後悔しないクリニック選び! 見落としがちな6つのポイント
ここからは、笛吹さんが紹介する後悔しないためのクリニック選びにおける6つのポイントを見ていきましょう。
1. 不妊治療の実績があるクリニックを選ぶ
卵子凍結が一般的になってきたのはここ数年ということもあり、卵子凍結の実績だけでクリニックを比較・検討することは難しいことも。
そこで、1つの指標として、不妊治療の実績を確認しましょう。卵子凍結は体外受精の技術を利用して行います。また未受精卵の状態で保管するため、使用時には通常の体外受精ではなく顕微授精の技術が必要になります。そのため、不妊治療の実績があるクリニックを選ぶことをおすすめします。
ただ、東京都では70を超えるクリニックで卵子凍結ができるのに対し、地方では不妊治療の実績があるクリニックでも卵子凍結を行っていないことがあり、選択肢が限られてしまうことも。また新しくできたクリニックのため、どうしても実施件数が少ないということもあるでしょう。その場合は、院長のそれまでの経歴などを参考にするとよいでしょう。
2. 生殖医療専門医がいるクリニックを選ぶ
「生殖医療専門医」とは、生殖補助医療技術(ART)と呼ばれる、不妊治療領域を中心とした生殖医療(不妊治療)のスペシャリストであり、不妊治療の専門医です。不妊治療を専門としているため、不妊治療で難渋した場合も、さまざまな選択肢を持っている医師が多くいます。
生殖医療専門医が在籍していないクリニックでは、先進医療項目(オプション)つまり"最先端の技術"を利用できないケースも少なくないのが現状です。先進医療項目については賛否両論ありますが、少しでも妊娠率を上げたいなら、凍結卵子を使用する際に先進医療を取り入れられる選択肢があるところだとよりよいでしょう。
3. 排卵誘発の方法と採卵個数
採れる卵子が多ければ多いほど妊娠確率は上がるので、排卵誘発の方法が大事になってきます。
卵巣刺激の方法は、1個~2個しか採卵できない自然周期採卵から3個~5個程度の低刺激採卵、10個~15個以上の採卵も可能な高刺激採卵とさまざまな方法があります。
さまざまな排卵誘発法がある中でも、一人ひとりの状況に合わせて、最大量の卵子を採ってくれるドクターが理想です。ただし、クリニックによっては刺激方法が限られているところも。クリニックを選ぶ際には、排卵誘発の方法と1回の採卵で得られる目標採卵数をしっかりと確認しておくことが大切です。
4. 胚培養士の技術が高いクリニックを選ぶ
採卵された卵子の保管や使用時の融解、精子注入、培養など、実際に卵子を扱うのは「胚培養士」です。卵子凍結は胚培養士の技術が重要になってくるので、できるだけ胚培養士のスキルが高いクリニックを選ぶようにしましょう。
一般の方が胚培養士の技術を判断するのはなかなか難しいですが、ホームページに胚培養士の育成プログラムの記載があるクリニックや、年間実績数が多いクリニックは胚培養士の技術が高い傾向にあるといえるでしょう。また学会認定の資格(生殖補助医療胚培養士)を持っている胚培養士が在籍しているかどうかをチェックするのもひとつです。
5. 妊娠率よりも年間実績数を見る
つい妊娠率に目がいきがちですが、実は、妊娠率は分母を操作することでいくらでもコントロールができてしまいます。そのクリニックや胚培養士の実力を見極めるには、不妊治療の年間実績数に目を向けた方がいいでしょう。
6. 保管条件と使用時のルールを確認する
転院(凍結卵子の持ち出し)の可否や、天災時の補償、クリニックの倒産時の凍結卵子の扱いなど、保管条件と使用時のルールについてもあらかじめしっかりと確認しておくことが大切です。中には、患者の同意なく保管費用を上げられる旨の規定を設けているクリニックもあるかもしれませんので、そうした点にも注意してください。
地方在住の方で、「採卵は東京で、移植は地元で」と、転院を前提に考えている方もいるかもしれませんが、現実には転院が難しいことも知っておいていただきたいです。
医師同士が懇意にしている場合はスムーズに転院できる場合もありますが、凍結卵子が全滅した際に責任の所在がはっきりしないため、受け入れ先が見つからないこともあります。事前に説明会などで必ず確認をしましょう。
避けた方がいいクリニック
いま挙げたポイントについて、生殖医療専門医在籍の有無、不妊治療の年間実績数、排卵誘発の選択肢などはホームページに掲載されていることもありますが、保管条件と使用時のルールは通常公開されていないことがほとんどです。
そのため、説明会や個別相談でより詳しい情報を入手する必要があります。個人的に説明会・個別相談で情報を出し渋るクリニックや、説明会・個別相談を開催しないクリニックは避けた方がいいと考えています。きちんと患者さんの悩みや疑問に対し、答えてくれるクリニックを選ぶとよいでしょう。
■気になる費用
卵子凍結にかかる費用は、大きく分けて「採卵費用」「保管費用」「授精・移植費用」の3つに分けられます。
「授精・移植」のステップは、世間一般でいう不妊治療にあたりますが、凍結卵子の授精・移植には保険が適用されないため、これら3つの費用はすべて自費になります。
採卵費用は、採卵個数・回数によっても変わりますが、東京都内の場合、50~60万円前後。地方の場合、30~40万円前後でできるクリニックもあります。ここでお伝えした費用よりも安いところはありますが、採卵個数が少ないため価格が抑えられている、なんてことも。自身が希望する採卵個数や手法などをもとに、比較・検討することをおすすめします。
保管費用は、パッケージ化されていたり、卵子1個単位での設定になっていたり、クリニックによって料金体系が大きく異なりますが、10個前後の卵子を5年間保管する場合、40~50万円前後が目安になってきます。
また、凍結した卵子を使用するときのことも頭にいれておきましょう。凍結卵子を使用する授精・移植というステップでは、凍結卵子融解料がかかる上、すべて顕微授精になるため、1回あたり都内の場合で50万円前後、地方の場合で30~40万円の費用がかかります(凍結卵子は一度にすべて融解利用するのではなく、複数回に分けて利用する場合があります。利用時の融解個数はクリニックによってさまざまです)。
人によりけりですが、妊娠するまでに授精・移植を2~3回繰り返すケースが多いため、実際には100~150万円の費用がかかる可能性が高いでしょう。
これら3つの費用を合計すると、総額200~250万円前後になります。授精・移植の費用はホームページ等ではなかなか公開されていないので、想定以上に費用がかかることも。説明会で料金表をもらい、事前にしっかりとシミュレーションしておくことをおすすめします。
<東京都の助成金>
また、ここではよく話題に上る東京都の助成金についても確認しておきましょう。
東京都では、卵子凍結および凍結卵子を使用した体外受精の両方に対して助成金制度を設けています。卵子凍結に関する助成制度では、東京都内に住む18歳~39歳の女性が対象となり、助成額は最大30万円。
このうち、卵子凍結を行った際に最大20万円が助成され、保管中の調査に回答すると、次年度以降は1年ごとに2万円の助成を5年間受けることができます。
また、将来凍結卵子を使用して体外受精を行う場合にも助成制度(東京都内に住む妻が43歳未満の夫婦が対象)があります。1回の体外受精につき最大25万円が助成され、助成回数は女性が40歳未満の場合は最大6回まで、40歳以上の場合は3回までとされています。
■卵子凍結の前にやった方がいいこと
――最後に、卵子凍結を考えている女性にメッセージをお願いします。
卵子凍結をする前に、まずは「何歳で出産したいのか」「何人子どもが欲しいのか」など、将来のライフプランを必ず考えていただきたいです。
卵子凍結をする際はライフプランから逆算して考えることが重要。なんとなく卵子凍結をしても後悔する結果になる可能性があるからです。例えば、2人子どもが欲しいのであれば、凍結卵子が15個では足りない可能性が高いので、凍結卵子の個数を増やす、あるいは早めに妊活をして1人は自然妊娠で産むなど、対策を考えなければなりません。
これを機に改めてご自身の人生を見つめ直し、「本当に卵子凍結が必要なのか」「本当に子どもが欲しいのか」も含めて、改めて考えてみていただきたいです。卵子凍結にかかる費用は決して安くはないですし、結果が保証されているわけでもありません。特別養子縁組といった選択肢もあるので、さまざまな選択肢を踏まえて判断していただきたいですね。