野村不動産は11月12日、“Co-Living (コリビング)”という新しい暮らし方を提案する物件「TOMORE (トモア)」の第一弾を発表した。コリビングとはどのような暮らしなのか、シェアハウスとはどう違うのか。事業を先導する黒田翔太氏に伺った。
野村不動産が提案するコリビングという暮らし方
“Co-Living (コリビング)”とは、ライフとワークをセットにした新しい住居の形態だ。従来のシェア型賃貸住宅(シェアハウス)とコワーキングスペースを融合し、ビジネスパーソンに充実した環境を提供することを目的としている。
このコリビングという新しい暮らし方・働き方に先鞭を付けたのが野村不動産。同社は2019年に「TOMORE (トモア)」の計画を立ち上げ、2021年11月に実証事業として東京・日本橋人形町にコワーキングスペース「TOMORE ZERO (トモア・ゼロ)」を開設。そして2024年11月12日、ついに第一弾物件として「TOMORE品川中延」が発表された。
プロジェクトを先導しているのは、野村不動産 住宅事業本部 賃貸・シニア事業部 賃貸住宅事業二課長の黒田翔太氏だ。
黒田氏は2010年に入社し、現在15年目。不動産投資ファンド商品の立ち上げと運用に約10年従事したのち、従業員組合の委員長に就任。ここで会社風土の変革に奮闘するとともに、野村不動産の上層部との折衝を経験した。その課程で「自分の意志で、会社を動かし、社会を変えたい。」と一念発起し、同社初の社内起業を実現したのが「TOMORE」となる。
「2020年ごろから、これまでの不動産ビジネスでは描けなかった価値を創り出す新しい業態が増加してきました。会社員が起業したり、フリーランスが活躍したりするように働き方も多様化してきている中で、10年・20年先を見据え、野村不動産をもっと挑戦を楽しめる強い会社にしていきたかったんです」と、黒田氏はその思いを語る。
「TOMORE」のターゲットはアクティブワーカー
野村不動産社内の「イノベーション推進制度 (社内通称:NEXPLORER[ネクスプローラ])」を利用し、3人の仲間とともに社内起業第一号案件として「TOMORE」事業を立ち上げた黒田氏。その目的は「これからを担う世代のために価値ある事業を作る」という点にある。
事業がスタートした2020年当時といえば、コロナ禍まっただ中。事業の停止が危ぶまれた時期もあったというが、コロナ禍に起こった社会環境やワークスタイルの変化を伝えることで事業を存続させたという。
「野村不動産の住宅事業に関するこれまでの商品は、「プラウド-PROUD‐」に代表されるように、どちらかというとアッパー層、ファミリー層向けが中心でした。ミレニアル世代、Z世代の価値観が多様化してきていること、そしてアプローチの仕方も異なることを伝えることがスタートでした」(黒田氏)
黒田氏率いるチームが想定したターゲットは、20~30代のアクティブワーカー。具体的には、起業家やフリーランス、副業活動などを行っている、あるいは興味を持っている社会人となる。
コロナ禍を経てリモートワークは急速に浸透し、いつでも・どこでも働ける時代が訪れつつある。しかし20代を中心とした若年層の生活環境は1K・ワンルームが中心で、働くための十分な空間がない。カフェを初めとした外部空間にも限界があり、オフィス以外で快適に働ける空間は不足気味だ。
また、住まいとオフィスを往復する忙しい毎日を送る若年層は、業務外の新しい人脈・多様なネットワークをなかなか生み出せない。昨今は東京23区の賃貸物件の家賃も高騰しており、新たな活動に向けて環境を変えるにも経済的な制約が大きい。
黒田氏は、こうした次世代アクティブワーカーの環境課題の解決をコリビングに見いだし、上層部を必死に説得。これを受けて黒田氏らを支持する役員陣も現れ、ときには日をまたぐ議論も行いつつ、「TOMORE」事業は進んでいった。
シェアハウスとコリビングの違いと「TOMORE」の狙い
では、シェアハウスとコリビングはどのような違いがあるのだろうか。そもそも、シェアハウスにはさまざまな問題があったと黒田氏は指摘する。
国土交通省が2015年に調査した結果によると、実は従来型のシェアハウスは築20年以上の物件が70%超を占めるという。加えて、東京都内のおよそ95%が30室未満と小規模施設にあたる。つまり、価値が低下した物件をシェアハウスにリノベーションした物件がほとんどということだ。
必然的に、専有部は一人で快適に暮らすことを想定していない設計になり、共有部は住人の交流を前提にしていない設計のまま利用されることになる。ゆえに、いわゆるシェアハウスはコンパクトな部屋とちょっとした共有リビングがあり、どちらかというと安価な価格帯をメリットとすることが多かった。
「私は本当に働き方が多様化していく中で、ライフとワークをセットにした住居を提案したいと思いました。専有部にはちゃんとプライベートスペースがあり、コンパクトでも水回りがついていて、一人暮らしとして完結する。共有部にはリビングがあるだけでなく、自分が活動できるコワーキングスペースがしっかりと設けられている物件です」(黒田氏)
だからこそ、黒田氏はハード面を充実させられる100室以上の物件にこだわった。そして100室以上の大型物件は不動産デベロッパーでなければなかなか造れない。実際、都内に同規模の施設は現在10数件しかないという。
加えてソフト面にも注目した。従来のシェアハウスでは、住人ごとに共有部となるリビングの利用率が大きく偏りがあった。これは、自らコミュニティに働きかけ、参加するのは想像以上にハードルが高いからだ。ある程度できあがっているコミュニティならなおさらだろう。
「共有空間は意外と使われていなかったりするんですよ。シェアハウスに期待されている体験が生まれずに出ていく方はすごく多いので、ここをしっかりデザインしていくことが重要だと思っています。だからコミュニティ運営には力を入れることにしました」(黒田氏)
「TOMORE ZERO」で行われたコミュニティの実証実験
こういったシェアハウスの課題を解決し、コリビングという新しい暮らし方を実現するために黒田氏が行った施策のひとつが「TOMORE ZERO」となる。2021年に開業した「TOMORE ZERO」は、東京・日本橋人形町の物件の一階を利用した、共有空間の実証事業だ。その大きな特長は、「"コミュニティ運営付"コワーキングスペース」という点にある。
「この場所で得られた知見やノウハウが、最終的には『TOMORE』という住まいの中にあるコワーキングスペースに繋がっていくので、空間のデザインはカジュアルにし、ワークよりもライフ寄りにしています。仕事に関係なく応援し合えるような繋がりを作りたかったんです」(黒田氏)
そのこだわりは随所に見られる。例えば、入り口周辺に一人で仕事をしたい人向けのパーソナルブースや各種OA機器を配置し、リビングエリアの前で靴を脱ぐかたちにしているのもそのひとつだ。仕切りを作ることなく空間の持つ役割を変えている。これによって、入り口から奥にかけて人が集まりやすくなるという“人だまり”のグラデーションを作っているという。
だが、そのままではコミュニティは生まれない。日本人はなかなか親しくない隣人に話しかけることはないため、自然に任せると仕事だけをして帰ってしまう。そんなコミュニティ内の仲介役として配置されたのが、コミュニティ運営に携わる「コミュニティオーガナイザー」だ。
「シェアハウスを見ていると、わっと集まる人と遠巻きに見ている人に別れるんです。そして世の中には後者が多いんですね。そういう人たちに接点を作る役割を担う人が現地に必要だと思いました。会話が起こらないと共有空間に価値が生まれないんですよ」
とはいえ、野村不動産にはそのノウハウがない。そこで黒田氏はシェアオフィス「MIDORI.so」を運営するMIRAI-INSTITUTEを探しだし、コミュニティオーガナイザーを任せるという形を取った。
現在、「TOMORE zero」を利用しているのは6割が近隣にお住まいの方だという。年齢層は20代から40代まで幅広く、半分は会社員。航空業界の方からエンジニア、マーケティング、編集者までさまざまな職業の方がコミュニティに参加している。
3つの空間を使い分けられる「TOMORE品川中延」
こうして約5年の構想期間を経て、ついに2025年2月に第一弾物件「TOMORE品川中延」の竣工が実現する。品川区中延駅から徒歩1分、総戸数135戸という大型のコリビング賃貸レジデンスだ。もちろんこちらの物件でもコミュニティオーガナイザーがコミュニケーションの手助けをしてくれる。
コンパクトな居室にはトイレとシャワーと洗面台が設置され、一部にはバスタブも付く。共有部分を通らずに自室に帰宅できる設計のため、一人暮らしと変わらないプライベートが確保できるだろう。一方でランドリーとキッチンは共有だが、シェアランドリーサービスを導入することで、入居者同士がストレスなくランドリーを利用できるよう工夫している。
キッチンを利用したい人は、7階に用意された約100平米の共有空間「コリビングスペース」を利用することになる。出入り口近くにキッチンエリアを設置し、中央にダイニングエリア、奥にリビングエリア、ルーフバルコニーという設計になっており、ここに「TOMORE zero」の知見が活かされている。
「“リビングエリアの奥に賑わいを作る”というのは、TOMOE ZEROからの基本方針のひとつです。シェアハウスでは出入り口付近に賑わいを作りがちですが、そうするとキッチンを利用したいだけの人はリビングに寄りつきにくくなってしまうんですよ」(黒田氏)
そして1階には「コワーキングスペース」を用意。1階に降りたらいつでも仕事ができ、外部との交流も可能だ。出入り口近くにワークエリア、中央にカウンターエリア、奥にコミュニティエリアと、こちらも人だまりのグラデーションができるように設計されている。
なお「TOMORE」はまだ第一弾物件が発表されたばかりだが、将来的には「TOMORE」居住者は他の「TOMORE」のコワーキングスペースも利用できるというプラットフォームを作る予定だという。
また、法人向けのワークスペース「H¹T」、スポーツクラブ「メガロス」、宅配型収納サービス「WONDER STYLE」といった野村不動産グループのサービスを優待価格で利用可能。その他、スペシャリティコーヒーの「ONIBUS COFFEE」やシェア型書店「渋谷○○書店」と連携したサービスも提供予定。自分でサービスを選び、生活を設計できる。
「生活の中で自分が知らなかった世界を知れる」
これまでのシェアハウスにあった課題を見直し、ワークスペースを加えた新しい暮らし方“コリビング”を実現する「TOMORE」。黒田氏は“自分のこれからのキャリアなどを考え、生活に変化を足したい人”、“自分の活動のきっかけが欲しい、変わりたいという人”に、この「TOMORE」を勧めたいという。
「当たり前のようにやっていた自分の仕事が、他の方からすると価値があるということを知るきっかけにもなりますし、生活の中で自分が知らなかった世界を知れる、それ自体がTOMOREの付加価値だと思っています。シェアハウスを利用したことがない方、共有空間に抵抗のある方にもぜひ居住してもらいたいですね」(黒田氏)