ティコ(Tycho)を象徴付けるものといえば、究極的にクリーンで、100メートル先の水底を見通せるほどのクリアなサウンドだろう。ただ、そのクリアサウンドを実現するには、ただ聴いただけでは分かり得ない、僅かに音を汚すような手段を用いることで、それを実現している。
今年8月に発表された最新アルバム『Infinite Health』では、グリズリー・ベアーのクリス・テイラーがプロデューサーとして参加しているのも、大きなトピックだ。テイラーがもたらした「汚し方」のアイデアによって、近年の作品にはなかったアナログ要素が付与され、格段に聴き心地が良い。それに、ボーズ・オブ・カナダと比較されたデビュー当初のサウンドと、ティコことスコット・ハンセンの音楽的原点である、フレンチハウスへの標榜もあり、彼の音楽遍歴が交錯する個人史的な作品でもある。
このインタビューでは、彼が究極のクリアサウンドを目指す理由や哲学、彼の手法の骨の髄まで。それから、今作のコンセプトや、注目楽曲の解説。そして、最新ツアーでの新たな試みや、来年1月に控える来日公演の意気込みまで、とことん話してくれた。
今明かすクリアサウンドの哲学
—あなたは10年前に、日本のEFFECTOR BOOKという雑誌で、BOSSのチューナーを最も重要なペダルとして語っていたのですが、「内蔵のバッファーがサウンドの肝だから」という理由に、当時ティーンだった私は衝撃を受けたんです。そのペダルへのこだわり、そういったサウンドのディテールへのこだわりというのは、今も持ち続けていますか?
スコット:その時にどんな文脈で話をしたのか覚えてないけど(笑)、BOSSのチューナーを使うことで、バッファーがDIレコーディング(アンプを通さずに直接コンソールに接続する手法)において、どれほど大きい変化をもたらすかということを初めて体験したんだ。もちろんアンプを使うことで違いが出るのは間違いないけど、その時は、とある音色を再現しようと試みたんだけど上手くいかないという状況でね。それで、ああ、そうか、チューナーっていうのはただの透明な存在でしかないと思っていたなってね。それでチューナーに繋いでみたら、アタリがあって、面白いものになったんだよね。
ちょうど(取材日の)2日前、ツアーのリハーサルで……今夜からツアーに出るんだけど、全く同じ会話をギタリストのザックとしたよ。彼はワイヤレス・システムに切り替えたがっていたから。それで、BOSSのチューナーを使うのをやめた時に、この問題が以前にもあったことを思い出したんだ。他のチューナーではこのバッファーのサウンドを得られなかったんだよね。それで同じようなバッファーが内蔵されたものを使ってみたら、まったく同様のサウンドを再現することができた。エフェクターは、僕にとっては最もお気に入りのギアなんだ。もちろんシンセサイザーも大好きだけど、エフェクターはとても情熱を傾けているものだと言えるだろうね。
ティコのスタジオ機材/シンセ解説動画
—そのBOSSのチューナーは、しばしば音が悪くなるとも言われます。相反して、あなたのサウンドはいつもクリアな印象です。今作においても、ディストーションがかかるトラックはあっても、サウンドとしてはクリアでクリーンな印象を受けました。かといって、過度にハイファイというわけでもない絶妙なバランスだと思います。このシグネチャーとも言えるサウンドの哲学を教えて下さい。
スコット:そう言ってもらえて嬉しいよ。というのも、このアルバムで僕が意図していたのは、間違いなく初期の作品におけるロウファイ的な美学を持ち込むことだったからね。というのも、何年もの間、自分のサウンドを可能な限りハイファイに研ぎ澄ますことに時間を費やして来たから。でもそれも、ちょっとクリニカルというかクリーン過ぎるというか、そのレベルに達したところで止めないといけないと思っていた。だから、このアルバムではもっとオーガニックな感じに立ち戻りたかったんだよね。このアルバムがロウファイ的な作品だとは言わないけれど、そういう感覚を持ったものにしたかったんだ。
今回はグリズリー・ベアーのクリス・テイラーが大部分のプロデュースとエンジニアを手掛けてくれたんだけど、『Painted Ruins』のサウンドが本当に好きでね。『Veckatimest』も好きだけど、あの最新アルバムには音響やテクニカルな面での大きな進化があったと思う。あのサウンドを作った人がこのアルバムを一緒に作ってくれたら良いなと思ったんだ。彼もベーシストだし、このプロジェクトに興味を持ってくれたのはラッキーだった。彼はサウンドをオーガニックな形に落とし込むのが上手だし、リヴァーブやテクスチャーに対する感性が自分と似通っているようにも感じた。どんなものが感覚的に気持ちいいのか心得ていて、それを押しつけがましくない方法で実現してくれたと思う。僕のやりたいことをすべてやらせてくれたし、それでいて心地良いものにまとめてくれたんだ。
—具体的に、そうしたサウンドを実現するために用いたテクニックや機材などはあったのでしょうか?
スコット:色々なやり方があるけど、このアルバムは100%デジタルで作ったところが大きいね。アンプはすべてプラグインを使用しているし、ほとんどのパートでAmpliTubeやTONEXを使っているよ。シンセサイザーに関しても、普段使っているシンセのエミュレートソフトを使用したんだ。そうすることでポスト・プロダクションの段階で、より自由度が高くなるから。色々と手を加えたり変更したりすることが可能になった。とにかく、すべてにおいて可能な限り融通が利くようにしておきたかったんだ。クリスはそれをハードウェアに通したんだけど……The Culture Vultureというチューブ・ディストーション・ユニットとかね。倍音と歪みを発生させる真空管ユニットで、スプリング・リヴァーブもあって。すごく良い感じのクラシックでアナログなレコーディング・チェーンを実現させたんだ。僕と彼との世界観を両立できるようにと自由度の高い状態を保って作っていったんだけど、いよいよ完パケという段階で、そうしたアナログなハードウェアに通すことで、個性が生まれたんだ。
The Culture Vultureの解説動画
過去から再発見した新しい可能性
—今作は、アルバムとしては久しぶりに円形と三角形(山)がアートワークに用いられていますね。このモチーフを再び用いた理由を教えてください。
スコット:このアルバムで、僕は過去と現在の間に線を引きたいと思ったんだよね。『Dive』(2011年)のような初期のアルバムのアイデアを参照したり、そのアイデアに近いものを作ろうと思った一方で、新たな側面に光を当てたものにもしたかった。何らかの形で進化を遂げているといいんだけど。そういう意味で、アートワークはそうした僕の思惑を反映したものにしたかったんだ。アートワークは当時のことを想起させたり反映したりするものでありながら、ある意味で進化し、現代的に昇華されたものにしたくて。
—雄大な自然の中に浮き立つ円形の物体は、『2001年:宇宙の旅』のモノリスであったり、ドゥニヴィル・ヌーブ監督の『メッセージ』に出てくる宇宙船を思い出させる、SF的な印象です。SFというテーマは作品の中にあったのでしょうか?
スコット:ある意味ではそうかもしれない。このアルバムは明らかに、有機的なものに対して化学的、人工的なものを並置することをテーマにしているからね。そこに、張力を創り出したかったんだ。惑星間の張力みたいな。それを、人工的な物体を有機的な景色の中に配置することで表現したんだよ。そこにあったのは、何か人智の及ばない、僕たちの理解を超えた未知の存在。僕はつねに、人間の経験というのは、人生を歩んでいくうちに、身近なあれこれがただのBGMやノイズのようになってしまうことだと思ってきた。それでいて、誰もが未知の存在が「そこに実在している」という感覚を持っていて、でもそれが何なのかは完全には理解していないと思うんだ。それは、僕たちの人生のさまざまな場面で、ほんの一瞬だけ、ごく僅かに淡く姿を現すことがある。そうした感覚をこのアートワークで表現したかったんだ。
『Infinite Health』(CD)のアートワーク
—『Infinite Health』には精神と感情と肉体に健康をもたらすというテーマもあるようですが、「健康」ということを深く考えるキッカケがあったのでしょうか?
スコット:歳を重ねていくなかで、家族を持って、今では子どももいるし、両親や自分自身が歳を取っていくのを目の当たりにしたり、子どもたちの新しい人生が始まったりして、自分たちがこの連続体の中にいて、その中のごく小さな世界を生きていることを実感したからじゃないかな。結局のところ、この連続体が永遠に続くわけではないという結論に達したんだよね。自分の死や、そこへ向かうプロセスをできる限り受け入れるべきなんじゃないかと思ったんだ。最終的にそれが不可能だったとしても、少なくともそこに対して平常心を保つ努力をすべきなんじゃないか。そのために必要不可欠なものが「健康」だと気づいたんだよ。大切な人たちに良い影響を与える唯一の方法は、自分自身が健康でいることだ。だから身体的、精神的に健康であることはとても重要なことだと思うし、少なくとも今の僕の人生においては、それがすべてなんだ。
—「健康」いうテーマは、先ほどアートワークの話に出て来た「過去と現在に線引きをしたかった」というテーマにも繋がっているということでしょうか。
スコット:確かにそうだね。過去と向き合い、それに対して平和を築き、後悔しているかもしれないことや、自分が過去どうたったのかという事実を受け入れることも非常に大きな要素だと思うよ。その上で、今の自分自身や、自分に残されたものを受け入れることが重要なんだ。
思えば、長い間未来のことばかりを考えて生きてきたような気がするよ。たとえば、音楽に関して言うと次のアルバムやツアー、来年の予定……次に何をすべきかばかりを考えてきた。もちろんそれも大切なことだし、5年後や10年後にどうありたいか、未来設計をすることも重要なことだよ。でもその一方で、今この瞬間、きちんと地に足が着いていないと、年月だけがあっという間に過ぎてしまって、その時の自分を振り返ることすらできなくなってしまう。だから、僕にとっては、コロナ禍がこの素晴らしい機会を提供してくれたと思っているんだよね。悲劇的な側面が強い出来事だったけど、自分がどこにいるのか一旦立ち止まって振り返って、これからの未来をどうしたいかを考える良い機会でもあったと思う。今、この瞬間にいること、それにもっとこの瞬間に意識を向けて、大切な人たちともっともっと繋がることが大事だと気付かせてくれたから。
—あなたはISO50として、そうしたアートワークや映像をみずから手がけるデザイナーとしての側面も持ち合わせていますよね。制作する上で音とアートワーク、どちらが先に浮かぶものですか? 作用し合う部分もあるのでしょうか?
スコット:アートワークはほぼ、音が出来上がってから作るね。時々、アルバムの制作中にアートワークに取り掛かることもあるけど、その時点では、その作品がアルバムのカバーになるかどうかは考えていない。過去には、仮のカバーといった感じのアートワークを作って、音楽をその箱に合わせて詰め込むような作り方をしたこともあるよ。要するに、そのカバーがビジュアル的に表現しているようなアルバムを作りたいと思ってね。でも、ほとんどの場合はまず音楽を作って、その後で視覚的に再解釈するというプロセスを踏んでいる。音楽を作っている間も視覚的なイメージは常に頭の中にあるんだけど、それに対して腰を据えて取り組むということはせずに、最終的に自分の中で解釈に達する時を待っている感じなんだ。
Photo by Jamie-James Medina
—では、今作『Infinite Health』に影響を与えたアーティストや作品などがあれば教えてください。
スコット:自分がもともと多大な影響を受けて来た音楽、たとえばポストロックや、2000年代初頭のロック。特にインターポールのようなバンドを参照している。彼らのようなドライブ感のあるギターサウンドをもっと自分の音楽にも取り入れたいと思ったんだ。もちろん、ボーズ・オブ・カナダもそうだね。彼らもサウンドや質感、メロディに多大な影響を与えていると思う。一方で、それまではまったくやっていなかったのに、ここ10年の間にDJとしての活動もかなり増えてきて、ダンス・ミュージックやクラブカルチャーといったもののオーバーラップにもすごく興味を持つようになった。そのことも、このアルバムの何曲かに大きな影響を与えていると思うよ。
—ポストロックで言うと、昔聴いていたのはどのあたりですか?
スコット:実を言うと、若い頃はあんまり聴いていなかったんだよね。たとえばジョイ・ディヴィジョンのような音楽には、もっと後から触れるようになったんだ。若い頃は本当に典型的な、アメリカのティーンエイジャーの音楽……ヴァン・ヘイレンとかレッド・ツェッペリン、ドアーズとか、もう少し後だとガンズ・アンド・ローゼズとか、メガデスみたいなメタルにハマっていた(笑)。それから2000年代初頭に、自分で音楽を作るようになってから、インターポールとかブロック・パーティのような音楽を聴き始めたんだ。彼らがポストロックかどうかと言われると怪しいけど、そういった音楽に影響を受けているのは間違いないね。
ティコとインターポールは2022年にUSツアーを一緒に回っている
—1曲目の「Consciousness Felt」ではブレイクビーツ、2曲目の「Phantom」ではフィルターハウスといったように、現在進行形でクラブシーンでリバイバルしつつある要素が込められていますよね。これらを用いたのにはどんな理由がありますか?
スコット:もともと最初の頃にインスパイアされたのが、ダフト・パンクやCrydamoureレーベルといった、1990年代のフレンチハウスシーンだったんだよね。ドラムンベースやLTJブケム、Photekなんかにもハマっていたけど、自分でそういう音楽を作りたいと思うきっかけになったのはフレンチハウスだった。あとはやっぱり、ダンス・ミュージックが最初のインスピレーションと言えるだろうね。両親が家でよく70年代のファンクやソウルをかけていて、僕の育った環境には常にディスコが流れている感じだった。そのへんが音楽の原体験なんだけど、ダンスに対して強い反応を示す子どもだったんだ。小さい頃は、音楽の意味を考えるよりも、その音楽が自分をどう動かすかの方が大事だから。単純に「この曲で踊りたい」と思っていたんじゃないかな。
そこからチルアウト・ミュージックを作るようになって、自分の作る音楽がチルハウス、ロック、エレクトロニカを融合させたものだと認識するようになったけど……それしか自分には出来ないと思い込んでいたし、そういうものを期待されていたんだとも思う。だから、このアルバムではその枠を少し超えて、最初の頃に純粋に惹かれた音楽を反映してみようと思ったんだ。あとはさっきも話したように、DJをしたり、他の人の音楽をプレイしたりすることも大きかった。僕はダンスが大好きだし、DJセットをプレイして、みんながそれに合わせて踊るのを眺めるのが好きだから。
—「Phantom」は一番お気に入りの曲だそうですが、どの辺りに手応えを感じています?
スコット:なんというか、アルバム全体を通して描かれているアイデアがたくさん詰まっている曲だと思う。その上で、ひとつに上手くまとまっているというか。この曲は、サウンド的にも、エモーション的にも、確固たる空間にしっかりと存在している感じがするんだ。クラブシーンに根差している感じもする。暗い深淵のような要素を含んでいる一方で、同時にアップリフティングで明るいエネルギーも感じられる。そのクールなバランスを保っているところが気に入っているんだ。
—あなたとダンスミュージックの距離感には不思議なバランスを感じます。生楽器が活きていて、フォークトロニカ的とも言える塩梅を感じるからかもしれません。実際のところ、踊らせるための機能性と録音芸術としての実験性についてどのようなバランスを意識されているのでしょうか?
スコット:バランスを取ることは大事だと思う。自分が単なるダンス・アーティストだとは思われたくないし、純粋にダンス・ミュージックだけを作り続けるのは絶対に嫌なんだ。クラブやダンスフロアで聴くのが大好きな曲もあるし、DJセットでプレイするのも本当に好きだけど、家でひとりで聴くのはまた少し違うというか。僕にとってのダンス・ミュージックには、独自の使い方や文脈がある。ダンス・ミュージックは本当に純粋なアートフォームだから、それを実現するための特別なスキルを持った人たちがいるわけだし、自分に彼らのように上手く作れるとも思えないんだ。だからこそ、自分はその要素を借りて、自分自身がより理解しているエレクトロニックかつテクスチャーのある、オーガニックなものとの組み合わせ方を模索しているんだよ。そのふたつのバランスを取るというのが、常に自分の目指しているところだと言えるだろうね。
—最初のEP『The Science of Patterns』(2002年)を久々に聞き返したら、今のTychoと聴き比べて意外にもギャップを感じないことに驚きました。もちろん最新作に進化を感じているのが前提の質問ですが、最初のEPを発表した20年以上前と比べて、大きく変わったこと、逆に変わらないものについてどのようにお考えでしょうか?
スコット:不思議なんだけど、SFMOMA(サンフランシスコ近代美術館)でDevon Turnbullのサウンドシステムを使って『The Science of Patterns』をプレイするまで、このアルバムをずっと聴いていなかったんだ。(今年6月に)SFMOMAでちょっとしたセットをやることになって、このシステムを通して音楽をプレイする機会に恵まれたんだけど、その時に古い作品を素晴らしいスピーカーで聴くことができたんだよね。それで、自分の音楽がとても純粋でクリーンなものだったことに驚いたんだ。それに、昔の頃に感じていたほど、過去と現在との繋がりは絶たれていないようにも感じた。とても興味深いことだと思いつつ、自分の音楽が進化していないんじゃないかと心配にもなるけどね(笑)。でも、今の僕の音楽はもっと多様性があって、音響的にもよりオフェンシブで、なんというか……より肌感覚的なものと近づいているように思う。それこそが、僕が達成しようとやってきたことなんだ。つまり、純粋にエレクトロニックな空間にあった音を、現実世界へと持ち込むというかね。
最新作での新たな挑戦、来日ツアーに向けて
—収録曲についてもお聞かせください、タイトル曲「Infinite Health」ではゲストボーカルを招いていますが、なぜコーシャス・クレイに歌ってもらうことになったのでしょう?
スコット:実はずっとファンで、一緒に仕事が出来ないかってずっと機会を探っていたんだ。出会いは数年前、彼がOutside Landsフェスティバルでプレイした時に、ちょっとだけオンラインやメールでコンタクトを取っていたんだ。そこから、ライブのあとに直接会う機会があって、お互いに繋がりを感じたんだろうね。それで今回ようやく実現したんだ。
彼の感性やメロディのセンス、ボーカルの質感……そのどれも本当に美しい。彼がやっていることのすべてが素晴らしいし、芸術性に満ちていて、そこに確固たる意図を感じるんだ。彼が書く歌詞のイメージにも共鳴するというか、僕自身にも共通する経験を語りかけてくれるようで、僕にはすごく共感できるものばかりなんだよ。ちなみに実は、この曲にはフルボーカル・バージョンもあってね。今作はなるべくインストゥルメンタルな作品にしたかったから、ボーカルは敢えて控えめに使ったんだけど、フルバージョンも近日中にリリースする予定だよ。
—その「Infinite Health」のイントロで使われているシンセサウンドが好きなのですが、どんな機材やソフトを使っているのでしょうか?
スコット:もし、アルペジエーターがかかった、シーケンスされたモジュラー・シンセサイザーのように聞こえる部分を指しているんだったら、それはNative InstrumentsのReaktorのことだね。モジュラー・エミュレーションの音色のひとつなんだけど、面白い音だよね。この音を見つけた時「わあ、すごい!」って思った(笑)。このサウンドが曲全体にインスピレーションを与えてくれたと思う。最初のこの部分を基盤にして、曲全体を作り上げていったんじゃなかったかな。
—次に「Restraint」ですが、ギターのトーンが絶品ですね。この曲のギターはどのように音作りをしたのでしょうか?
スコット:ありがとう。それはサンプリングだね。サンプリングしたへフナー・ベースをキーボードで演奏したんだ。バイオリン・ベースに似ているけど、高い弦と高い音だけしかなくて、しかもそれをかなりピッチを上げてから、サンプラーを通してキーボードで演奏したんだよ。ギターが弾けるようになる前は、サンプリングされたギターや、ギターに近い音のシンセサイザーの音色(パッチ)を使って演奏していたんだけど、今作にもそのやり方を取り入れて実験してみたかったんだ。このサンプリングは、「Infinite Health」と同じものだよ。メインのコードやコーラス部分で入ってくる、基本的なコードを使っている。アルバム全体で他のいくつかの曲にもこの音色を使っているんだけど、この作品に多大な影響を与えてくれた音色なんだ。
—私は常々、ベースをピックで弾く曲が世の中に増えればいいなと考えていて。「DX Odyssey」でもベースがかなりアクセントになっている印象を受けましたが、どのような狙いがあったのでしょうか?
スコット:(笑)僕もピックで弾いたベースの音が好きだよ。あのうねるような、攻撃的な感じがいいよね。ベースのサウンドそのものが好きというのもあって、今回のアルバムにはシンセ・ベースをたくさん取り入れている。ピッチを変えたベースラインを作って、その後ろに同じようにプレイするシンセ・ベースを重ねていくというやり方をしてみたんだよね。それで、深みのあるエレクトロニックなサブ・ベースの音を作り出しつつも、ハーモニクスとドライブの効いた、攻撃的な雰囲気の、ハイブリッドなベース・サウンドに仕上がったんだ。僕は昔からずっと、ドライブがめちゃくちゃ効いたベースサウンドが大好きだから。
—今作で新たに導入した機材であったり、新たに試みたことがあれば教えてください。
スコット:基本的にはMinimoogを使っているね。Minimoogはずっと、僕のメインの機材だから。ただ、このアルバムに関して言うと、そのMinimoogのエミュレーションを使うことにも挑戦したよ。具体的には、Universal AudioのUAD x Minimoog Model Dと、SoftubeのModel 72という2つのエミュレーションだね。すごく優秀で、ミックスの中ではほとんど違いが分からないくらいなんだ。実際に、Minimoogで作った曲もこうしたソフトウェア・シンセサイザーに変換してみたんだけど、そうすることでかなり自由度が高まったよ。結果的に、実際のレコーディングでは実現出来なかったことも試すことができた。
たとえば、「Consciousness Felt」のリード部分。最初は閉じられたシンセサイザーのサウンドでレコーディングしていたんだけど、ミキシングの段階でソフトウェア・シンセに移行してから、フィルターをどんどん開けていって、結果的に完全にオープンな状態にすることで、すごくクールなサウンドになったんだ。まるで新しい音の空間に辿りついたような感覚だったよ。
—今回のアルバムではコラボレーションが多くの成果を挙げていますが、他にも一緒にやってみたいアーティストはいますか?
スコット:Duskusは今、もっとも好きなダンス・ミュージック・プロデューサーのひとりだね。ジョイ・オービソンもすごく好きだよ。彼らのことは本当に尊敬している。いつか彼らと何か作ったり、僕の曲をリミックスしてもらえたらすごいことだよね。
—ジョイ・オービソンはどんなところが好きですか?
スコット:90年代、Jonny Lにすごくハマっていたんだけど、その時代のドラムンベースは攻撃的で、仄暗さや不安感がつきまとっていて、そういうサウンドに惹かれていたんだ。そこではメロディやアレンジはそれほど重要ではなく、エンジニアとしての技術的なスキルがすべてだった。ベースの音が本当に素晴らしくてね。僕にとって、ジョイ・オービソンの作品には、現代版のJonny Lみたいに感じるものが結構ある。とても優れたエンジニアリングが施されたサウンドで、どの音も非常に考え抜かれていて、味わい深く表現されている。プロデューサーとして心から尊敬しているし、目標にもしていきたいけど、僕とはまったくの別次元にいるような気がするよ(笑)。
—今作は比較的ダンサブルな曲も多く、非常にライブ向きな印象を受けたのですが、ツアーの演奏面で新たに挑戦することはあるのでしょうか?
スコット:そうしようと意識していたわけではなかったけど、収録曲のほとんどがツアー向きだったのは非常に良かったね。ライブ・バージョンに変換するのは、今作がこれまでで一番簡単だった。すべての音色や処理にソフトウェアを使っているから。これまでのようにアンプやらたくさんのペダルやら、色々な種類のシンセを使っていた頃とは違って、同じチェーンを引き出せば良かったから。これまでは、パッチの写真をたくさん撮って、それをプラグインで再現しようと試みてきたんだけど、実際に同じような音になっているか自分でもわからないことが多かったんだ。でも、このアルバムでは、ほぼ1対1の翻訳ができたような感じだった。同じプラグインを引き出してライブで使う、ただそれだけだから。
もちろん、技術的な難しさはあるよ。リアルタイムでたくさんのプラグインを使うとなると、かなりの処理能力が必要になるからね。すべてをバランスよく調整して、効率的にプラグインをプレイする方法を見つけることが、技術面における最大のハードルだったね。
—ライブで演奏するのが楽しみな『Infinite Health』の収録曲を教えてください。
スコット:今のところ、「Phantom」を演奏するのが楽しそうだと思っているよ。「Green」もよさそうだね。ただ、「Green」自体は今回のアルバムで最も難しい曲だった。曲として書き進めるのも、ミキシングも本当に難しくて、自分が思い描いていたようなサウンドにするのがすごく大変だったんだ。それをライブ・バージョンに落とし込む作業は、まるで一から曲を作り直すような作業だったよ。あとは、「Totem」がライブでいちばん聴き映えする曲になっていると思うよ。実際、アルバム・バージョンよりも好きなんだ。ライブでこそ、力強いサウンドを押し出してくれる曲だね。
—来年1月に来日ツアーも決まりました。どんなライブになりそうですか?
スコット:映像や照明に関しても、それぞれの効果がどう作用し合うのか、じっくり時間をかけて検討したいと思っている。サウンドを新しい方向へ進化させて、全体をもっと感覚的で生々しくてドライブ感のあるものにするために、今はいろいろと考えているところだよ。常にそういうことは考えてきたけど、ようやくここに来て、その程よいバランスを発見したような気がするんだ。ライブがアルバムを聴くのとは違った体験になるように、曲を昇華させていけたらと思っている。
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TYCHO
Japan Tour 2025
[大阪] 2025年1月30日(木) BIG CAT
[東京] 2025年1月31日(金) Spotify O-EAST
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アーティスト先行受付:10/29(火)17:00~ 10/31(木) 12:00
国内 https://eplus.jp/tycho-artistonly/
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オフィシャル先行受付:10/31(木)17:00~ 11/10(日) 23:59 https://eplus.jp/tycho/
一般発売日:11/23(土) 10:00
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