大田区が構想する「新空港線」に、初めて国の予算がついた。「新空港線」は東急多摩川線を矢口渡駅から地下化し、将来的に羽田空港へ直通する構想の路線。JR線・東急線の蒲田駅と京急線の京急蒲田駅を結ぶ「蒲蒲線」構想を発展させた路線で、2000年の運輸政策審議会答申第18号で「2015年までに整備着手することが適当である路線」と掲載されている。

  • 新空港線は矢口渡~京急蒲田間が第1期工事区間、京急蒲田~大鳥居間が第2期工事区間となっている(地理院地図をもとに筆者作成。ルートは予想)

国土交通省は8月27日、「令和7年度予算概算要求概要」を公表した。一般会計は前年比1.18倍の7兆330億円、そのうち鉄道局鉄道局予算は前年比1.09倍の1,164億円だった。この中で、「新空港線」に3,000万円が予算計上された。来年度事業費の9,000万円のうち3分の1にあたる。金額の大小はともかく、「国が認めた」という意味は大きい。

大田区が4月16日に発表した「新空港線(蒲蒲線)の経済波及効果を算出しました!」によると、新空港線第1期工事区間が整備された場合の経済効果は、開業初年度で大田区に約2,900億円、東京都・埼玉県・神奈川県に約4,600億円。これは建設事業費の約1,360億円をはるかに上回る。大田区は開業目標を2030年度後半としており、国の補助金は建設に向けて追い風になった。

大田区の鉄道から東京の鉄道へ

新空港線は大田区が構想し、1987年から大田区の東西鉄道網整備として調査を進めてきた。当時は蒲田駅と京急蒲田駅を結ぶことから「蒲蒲線」と呼ばれ、その愛称が現在も残っている。

答申18号で国と東京都の認知は得られたが、当時は大田区内で完結する路線、つまり「大田区の事業」という認識で、東京都や国は積極的ではなかった。しかし、東急電鉄を巻き込んで「羽田空港連絡鉄道」と再定義することで、2016年の交通政策審議会答申第198号で「国際競争力の強化に資する都市鉄道」に格上げされた。

大田区は整備会社として2022年に羽田エアポートライン株式会社を設立した。出資比率は大田区が61%、東急電鉄が39%となっている。

新空港線は第1期工事と第2期工事に分かれている。第1期工事は東急多摩川線の矢口渡駅から京急蒲田駅まで。第1期工事区間が開業すると、東急東横線から東急多摩川線を通じて京急蒲田駅まで直通運転できる。東急東横線は東京メトロ副都心線と相互直通運転を実施しており、東武東上線や西武池袋線の列車も京急蒲田駅に直通できるようになる。

現在、東武東上線・西武池袋線から新横浜駅まで1時間以上かかるが、新横浜駅で東海道新幹線に乗り継ぐ利用者がいるし、横浜アリーナや日産スタジアムへ向かう利用者もいる。そう考えると、東武東上線・西武池袋線から京急蒲田駅乗換えで羽田空港へ向かう利用者も少なくないだろう。

羽田空港は乗客増を見込める施設

いままで、東武東上線・西武池袋線から羽田空港へ向かう利用者は、JR山手線または地下鉄等で品川駅まで来て、羽田空港へ京急線に乗っていたと思われる。京急電鉄にとって、新空港線が開通すると品川~京急蒲田間の乗客を奪われるおそれがある。

ただし、京急電鉄にも利点はある。東急多摩川線や池上線など、東急線沿線の人々が京急線へ乗り換えやすくなる。目的地は羽田空港だけでなく、川崎方面や三浦半島方面も行きやすくなるだろう。京急グループが力を入れる三浦半島への来訪者を増やすためにも、ルートは多いほうがいい。

京急電鉄は2021年から始まった中期経営計画で、「都市近郊リゾートみうらの創生」として、エリアマネジメント構想「newcalプロジェクト」に着手。2024年8月、日本テレビや地方創生プロデュース企業「さとゆめ」と提携した。

東急線沿線の人々にとって、三浦半島方面への乗換えは面倒に思える。これまで東急東横線から横浜駅で京急線またはJR横須賀線に乗り換えるルートが主だったが、新空港線によって京急蒲田駅乗換えという新ルートができ、三浦半島にも行きやすくなるはず。むしろ東急東横線の多摩川~横浜間で乗客が減るかもしれない。

とはいえ、京急電鉄も東急電鉄も、乗客が減るという懸念よりも、羽田空港への利用者増のほうが魅力的に感じるのではないか。羽田空港の航空機発着回数と利用者数は右肩上がりで増えている。少子高齢化やコロナ禍に伴う生活の変化で公共交通機関の利用が減る中、空港は乗客増が見込める希少な場所になっている。

羽田空港は成田空港開業後、おもに国内線を扱ってきた。その後、2001年に再国際化が決定し、2010年に4本目のD滑走路と新国際線ターミナルが完成。航空自由化の運賃競争もあって、国内線の発着も増えた。2020年からは、時間限定だが都心上空ルートの運用も始まった。政府の訪日観光客誘致の方針も後押ししている。羽田空港に5本目の滑走路を設置する構想もある。

羽田空港といえば、JR東日本が「羽田空港アクセス線(仮称)」を着工している。京急電鉄にとって、こちらのほうが脅威だろう。いままで品川駅でJR線から乗り換えていた人々の多くが「羽田空港アクセス線」に流れてしまうかもしれない。京急電鉄側も、羽田空港と品川駅の改良で品川~羽田空港間を毎時9本とし、乗りやすくする予定だが、新空港線からの集客も期待したいところだろう。

第2期工事区間と京急線直通の課題も

新空港線の第2期工事は京急蒲田駅から大鳥居駅まで。こちらは構想段階にとどまっている。大鳥居駅から京急空港線に直通し、乗換えなしで羽田空港へ向かいたいところだが、標準軌(軌間1,435mm)を採用している京急電鉄に対し、東急電鉄は狭軌(軌間1,067mm)となっている。新空港線は東急電鉄の規格で建設されるから、直通するためにフリーゲージトレイン(軌間可変電車)か、青函トンネルのような三線軌条が必要になるかもしれない。しかし、どちらも課題が多い。

フリーゲージトレインは技術が完成していない。新幹線と在来線を直通する技術として開発されたが、車両の保守コストの問題が解決できないまま開発終了となってしまった。近畿日本鉄道が京都~橿原神宮前間の標準軌と、橿原神宮前~吉野間の狭軌を直通するために開発を継承しているものの、進捗が伝わってこない。

三線軌条の場合はどうか。京急空港線の大鳥居駅から先、穴守稲荷駅、天空橋駅、羽田空港第3ターミナル駅は対向式ホームとなっている。複線間隔を維持しつつ三線軌条とするために、ホームのある側にレールを追加する必要がある。この場合、新空港線の電車の乗降口にホームとの隙間ができてしまうので、電車側にステップが要る。このステップは東急多摩川線内では不要な装備だから折りたたみ式になる。

フリーゲージトレイン、三線軌条、どちらにしても車両のコストが従来の車両より高くなってしまう。東急多摩川線・新空港線・京急空港線を直通するだけなら必要車両数は少ないが、東急東横線・東京メトロ副都心線方面にも直通するとなれば、それなりの数になる。落とし所としては、大鳥居駅で京急電鉄の外側に線路を置き、ホームで対面乗換えとするか、京急線の駅の直下に駅を設置し、上下階乗換えにするのではないかと筆者は予想する。直通があるならその次、第3期工事として再定義されるだろう。

京急電鉄側としても、自社線内の列車で空港線の容量はいっぱいのはず。そもそも京急蒲田~大鳥居間は京急空港線と重複するから、新空港線(第2期)が開業すれば京急空港線の業績にも関わる。新空港線の建設は、直通運転の有無にこだわらず、京急電鉄の協力が不可欠だろう。

東急多摩川線は3両編成のままか?

東急多摩川線の東横線直通も課題がある。東急多摩川線はかつて目蒲線だった頃に4両編成で運行した時期もあるが、現在の列車は3両編成。車両基地は池上線の雪が谷検車区にある。一方、東横線の列車は10両編成または8両編成で走っている。

目蒲線の車両基地だった奥沢検車区は、目黒線と東急多摩川線に分割された際、目黒線の車庫になった。東急多摩川線は池上線と共通運用とされ、池上線に合わせて3両編成に統一された。この機会にワンマン運転となった。

東急多摩川線の駅のホームは4両分しかない。鵜の木駅は2つの踏切に挟まれていたため、ホームは3両分しかなく、目蒲線時代は1両を締め切って運用していた。

  • 東急多摩川線の列車は3両編成。池上線と共通運用となっている

羽田エアポートラインが掲載している「第一期整備(イメージ図)」を見ると、地上の蒲田駅と矢口渡駅を結ぶ線路を残し、「連絡線」と紹介している。大田区のPRパンフレット「つながり はばたけ 新空港線(蒲蒲線)」でも、池上線蒲田駅と矢口渡を結ぶ連絡線が記載されている。このことから、東急多摩川線と池上線の3両編成は新空港線の開業後も変わらないと予想できる。ここに東横線直通列車が8両以上の編成で入ってくる。

東急多摩川線の駅を見ると、ホーム延伸は難しい。解決するには踏切廃止か立体交差という大がかりな投資になる。考えられる方法としてはドアカットか、東横線直通列車を途中の全駅通過とするか。追越し設備はできそうにない。現在の平行ダイヤの中に送り込むので、通過するとしても各駅停車並みの速度になるだろう。

予算計上された3,000万円は、新規建設区間だけでなく、既存区間における課題の洗い出しも含めた調査費用になると考えられる。課題に対してどのような答えを見せるか。羽田エアポートラインによる調査結果の公開を待ちたい。