残留農薬規制の厳しい台湾向けのイチゴ産地づくりに成功!

取材に応じてくれたのは、神奈川県横浜市に本社を置く株式会社アライドコーポレーション(以下、アライド)海外事業部の今井政樹(いまい・まさき)さん。

今井さん

アライドは1976年に船舶代理店業として創業、1987年にタイからの食品輸入販売業を始めた。2015年には日本とタイの野菜輸出入販売事業を開始するなど、農作物を含む食品に特化した商社だ。輸出している生鮮品目は、イチゴ4割、モモ2割、ブドウ2割、ほかに柿などの果物が中心である。
「日本国内に関しては、生産された農産物が消費者に届くまでの仕組みが完成されていますが、海外については、そうではありません。私たち商社は、その仕組みを構築することで、農業生産者と消費者に喜びをお届けする。三方よしの仕組みを作るのが仕事です」(今井さん)

アライドの輸出業務の一例が、台湾向けのイチゴ輸出だ。
「イチゴ輸出自体はタイ、香港、シンガポールなどで既に実施していましたが、台湾向けに取り組んだきっかけは、当社の輸出事業における主要取引先である『ドンドンドンキ』の台湾初出店でした。その目玉商品として、日本産イチゴを入れたい、というリクエストを受けたのです」(今井さん)

そこで今井さんは熊本に飛んだ。39人が所属している熊本いちご輸出生産者会のメンバーに、台湾輸出に挑戦しないか、と声を掛けたのだ。台湾への農産物輸出は、特に残留農薬規制が厳しいことで知られている。香港やシンガポールとは訳が違う。
「うちにとっても初めてのことですから、一緒に挑戦してくれる仲間を募った、という感じです。週に3日は農業生産者さんの所に通い、口説き落としました(笑)」(今井さん)
当時、熊本いちご輸出生産者会に所属する生産者は、人手不足と相場により左右される不安定な収入に悩まされていた。今井さんは「収入が不安定だから人手不足を解消できない、という側面も垣間見えた」と、振り返った。

そこで今井さんは、作期を通してJAへの系統出荷よりも2割程度高く買い取ることを約束。さらに、人手不足の農業生産者の負担を減らすべく、収穫・選果・パッキングして自社冷蔵庫に保管するまでを農業生産者の仕事とし、アライドが一軒一軒、集荷に回ることとした。農家の負担軽減と収入安定のめどが立ったことから、生産者会のなかの8人が台湾向けイチゴ輸出に挑戦することになった。
「熊本で朝に収穫したイチゴを福岡の空港まで運び、夕方の便に乗せることができます。すると翌日には現地の運送業者に渡り、収穫から3日後には店頭に並べることができる。熊本の地の利を生かせば、農業生産者さんにご満足いただける価格で買い取った新鮮なイチゴを消費者に届けられる。もちろん当社にも利益が残ります」(今井さん)

台湾のドンドンドンキに並ぶ熊本産イチゴ。なお、店舗・時期により商品や価格は異なる(画像提供:アライドコーポレーション)

台湾の残留農薬基準をクリアするためIPM防除体系を構築!

台湾にイチゴを輸出するに当たって大きな壁として立ちはだかったのは、台湾の厳しい残留農薬規制だった。
「調べてみると、慣行栽培では到底クリアできないことがわかりました。そこで、書籍を読んだり、減農薬・無農薬でイチゴ栽培を実践している農業生産者に教えていただいたり、しばらくは必死に勉強しました(苦笑)。そのうえで、国の補助金を受けて、農業資材メーカーのアリスタライフサイエンス株式会社と協力して、IPM防除体系を構築しました」(今井さん)
IPMとはIntegrated Pest Managementの頭文字であり、総合的病害虫管理のこと。耕種的・物理的・化学的・生物的防除を組み合わせることで、化学農薬に依存せずに病害虫被害を最小限に抑えることを目指すものだ。台湾にイチゴを輸出するために、新たな栽培方法まで構築してしまうとは……商社恐るべし、だ。今井さんは「アリスタライフサイエンスのバックアップには感謝しています。担当者がハウスを定期的に巡回して、病害虫の発生や株の生育状況を確認して、必要に応じてアドバイスをしてくださっています」と語る。
物理的防除として害虫を捕獲する粘着シートを、生物的防除としては天敵を活用することで、化学農薬の使用量を従来の栽培方法よりも抑えることに成功。無事に台湾の厳しい残留農薬基準をクリアできるようになった。

害虫捕獲用の青色粘着板(左)と、天敵農薬(右)(画像提供:アライドコーポレーション)

「2024年度から台湾の規制が強化されたことで、日本からの他の輸出会社による台湾への輸出が劇的に減り、その結果、2024年度に入ってからは、熊本産イチゴは昨対比で300%を超える伸びを見せています。ただ、まだまだ課題はあります。現行のIPM防除プログラムで残留農薬基準をクリアすることはできますが、病害虫対策は完璧ではありません。より収量が上がるように、農業生産者さんや農業資材メーカーさんと協力して改善していきたいです」(今井さん)

間接輸出の成否は商社が鍵を握る

今井さんの話を聞くまで、商社がIPM防除プログラム構築にまで力を貸しているとは、考えてもみなかった。筆者は以前、日本の農産物輸出の支援機関であるJETRO(日本貿易振興機構)の専門家を取材した。その際、「間接輸出は商社任せになりがち。発展性がない」という指摘を受けたのだが、アライドに関しては、その指摘は当たらないように感じた。率直にそう伝えると、今井さんは次のように教えてくれた。
「残念ながら、JETROの専門家の方が指摘したことは、一般的にはその通りなのです。残留農薬基準をクリアできないイチゴが、台湾の通関で引っかかったというニュースが流れましたよね。ああいった事例は、無謀な輸出を試みる商社にも責任があります」

農産物輸出の現状について語る今井さん

また、海外との取引では、バイヤーや小売事業者の権限が強くなる傾向にあり、多くの販売先が消化仕入れで取引を行っている。消化仕入れとは、商品が売れた瞬間に仕入れたとみなす取り引き形態のこと。つまり、売れる瞬間まで商品の管理責任を負うのは小売店ではなく納入業者ということになる。これだと、極論すれば、小売り側は頑張る必要がない。すると、店頭での温度管理が悪かったり、店頭で商品説明ができなかったり、ということが起こり得る。間接輸出では、農業生産者が売り場まで見に行くことが難しいから、これを改善するのは困難だ。
「一部の商社さんのなかには、国境を越えて物流業者に渡したら終わり、という会社もあります。立派なポスターを売り場に貼ったら終わり、という感じで、これではイチゴの良さは伝わりませんし、日本ブランドを毀損(きそん)しかねません」と今井さんは現状の一部の商社の対応に警鐘を鳴らす。

一方でアライドは消費者の手に渡るところまでしっかりと責任をもって管理していると話す。
「例えば、当社がキャンペーンを行う場合、販売員は農業生産者の代弁者だと考え、品種による味の違い、おいしい食べ方などを、しっかり教育します。その理解度に応じてギャランティーに差をつける(笑)。すると当然、販売員は真剣にイチゴを学び、消費者の方に魅力を伝えてくれます。イチゴのおいしさは間違いありませんから、リピートにつながる、というわけです」(今井さん)

アライドは農業生産者を海外視察に招待している。「自分の作ったイチゴが現地でどのように評価されているのか知ってほしいのです」と今井さん(画像提供:アライドコーポレーション)

またアライドは地方自治体などの補助金を活用することで農業生産者を海外まで招待して、販売店や倉庫の視察を実施している。「農業生産者さんに、自分が作った作物がどうやって買われていくのか見ていただくことで、モチベーションを高めてほしいのです。売りっぱなしでは学びがありませんからね!」(今井さん)

台湾へのイチゴ輸出は困難だが、乗り越えた先はブルーオーシャン!

先にも述べたように、日本から台湾へのイチゴの輸出に関して、台湾での輸入時の検査で残留農薬基準値の超過事案が多く発生している。ニュースにもなっているので、知っているという人も少なくないはずだ。

農林水産省園芸作物課輸出促進班の井ノ口修司(いのくち・しゅうじ)さんによると、残留農薬基準値超過事案が多発することで、検査抽出率(現物検査を行う数の割合)の強化などの措置を講じられることがあるなど、日本からの輸出全体に影響を及ぼす可能性があるという。台湾向け日本産イチゴに関する事案の多くは、一部の輸出事業者が国内消費用のイチゴを台湾に輸出することに起因しており、農林水産省から再発防止のための指導が行われている。
「一方で、台湾の残留農薬基準に対応した栽培を行う産地の取り組みを拡大するとともに、そのような取り組みをPRすることも重要です。一般社団法人日本青果物輸出促進協議会において『』が形成され、輸出先の基準に対応した取り組みのPR活動や勉強会の開催などが行われています」(井ノ口さん)

取材に対応してくれたアライドは、商社の立場から「台湾向けいちごグループ」に参画しているという。
「日本の農薬残留基準は決してグローバルスタンダードではありません。これから日本が本当に輸出を本格化していくなら、グローバルスタンダードを知り、それに近い農薬管理をするとよいのですが、簡単な話ではありません。台湾向けイチゴについて言えば、残留農薬基準をクリアするのは容易ではありません。だからこそ、その高いハードルを乗り越えた先はブルーオーシャンなのです。これからも意欲的な農業生産者さんや産地と協力して、農産物の輸出拡大にまい進していきます」(今井さん)