「ミュージカルブーム」と言われ、ミュージカル作品を観ることがエンタメとして定着しつつある一方、演劇作品のチケット高騰が観客の悲鳴にもなっている昨今。今回は、ホリプロが手がけるミュージカル『カム フロム アウェイ』(東京公演:日生劇場3月7日~29日、大阪公演:SkyシアターMBS 4月4日~14日、 愛知公演:愛知県芸術劇場 大ホールにて4月19日~21日、福岡公演:久留米シティプラザ ザ・グランドホール 4月26日~28日、熊本公演:熊本城ホール メインホール 5月3日~4日、群馬公演は高崎芸術劇場 大劇場にて5月11日~12日)の井川荃芬プロデューサーにインタビューする。

物価高、業界のシステム問題など、業界全体のスキームで解決するべき問題が詰まっている。実際に現場を動かすプロデューサーの立場から感じることについて語ってもらった。

  • ミュージカル『カム フロム アウェイ』

ミュージカル『カム フロム アウェイ』シンプルなセットにも「まさか…」

――ミュージカル界、演劇界については、チケットの高騰がよく話題となっていますが、実感としていかがですか?

物価の高騰が、セットの制作や輸送など、色々なところに影響していると感じています。最初は「『カム フロム アウェイ』はシンプルなセットで良かった」と思っていたら、床、壁、譜面台、楽器の枠、そしてセットの26本の木々たちなどなど、驚くくらい細部までこだわって作られているので「シンプルに見えていたけれど……まさかこんなにも……」と思いながら進めていました。

「ブロードウェイでは本物の木を使っている」「ツアーではイミテーションと本物と混ぜたりしている」では、日本は? となった時に、本物の木を輸入することはできないので、アメリカの樹皮専門の工場で木の皮を作り、船で送ってもらい……。でも実際届いて劇場で立った時に、そのこだわりこそが作品を昇華させているんだ、と感じています。

日本の興行は、世界から見たら考えられないぐらい期間が短いので、我々もこの公演期間で興行を成立させられないと、この先再演、再再演ができなくなってしまう。そのため、本作をどのようにして成立させるか、ずっと交渉と相談をし続けていました。

――やっぱり、物価の高騰が大きいと感じられていますか?

大きいですね。そもそも『カム フロム アウェイ』も、私がブロードウェイで観た時で数万円しましたし、現在ブロードウェイで上演している作品はコロナ禍、物価高騰を受けてさらにチケット価格が上がっています。

観光客需要のあるブロードウェイやウェストエンドと比較すると、日本の観劇人口は少なく、公演期間も短く設定せざるを得ない場合が多いです。「質の高い公演をお届けする」と「多くのお客様に足を運んでいただく」を両立させたいという思いから、チケットの価格設定には常に悩んでいます。需要に即してチケット価格を決めるダイナミックプライシング導入に関しても、過去のデータ蓄積が必須となるなど、越えなければならないハードルがまだ沢山あります。どうすれば興行として成立させられるかを日々試行錯誤しています。

海外作品のレプリカ公演は、海外スタッフの来日があったり、舞台セットや衣裳を輸入したりする場合も多く、制作予算はどうしても膨らむ傾向にあります。 それでも息の長い公演になることを見据えつつ、チケット価格を決定していくことになります。

ダイナミックプライシングの形を模索

――『カム フロム アウェイ』では、前方席確定、特典付き、流通可能な「ファーストクラスチケット」も展開されてますね。

「ファーストクラスチケット」は初めて取り入れました。初のNFTチケットという形になります。ある意味、今回ご一緒させていただいた「TicketMe(チケミー)」さんを通した新たなダイナミックプライシングの形になるのではないかと。いわゆる“転売屋”ではなく、作品を観たい方たちの中での需要と供給でやり取りが行われ、かつ違法な行為をしていると見受けられる方はIDで追えるので、試してみる価値はあるのではないかと思いました。まだまだ改善をしていくべき課題は多くありますので、お客様からの声に少しでも答えられるように業界全体で取り組んでいる真っ最中だと感じています。

――よく「有料会員先行を後ろに配席する」「チケットを売り出した後でイベントを設定する」といったことが「初期から公演に期待してチケットを買った観客を大事にしていない」と問題になりますが、ホリプロさんは有料会員へのチケット優先をされている印象があります。それは、プロデューサーごとなのでしょうか? それとも会社的な取り組みなのでしょうか?

ホリプロステージとしての方向性は、会員組織運営チームが中心となって決めており、その指針に寄り添いながら各プロデューサーと作品をどう打ち出しをしていくか決めています。どうしても色々な事情で先行して決められなかったり、急遽決まったりすることもあるのですが、アフタートークなどのイベントは、できる限り最初にチケットを買ってくださるお客様が観劇日を決める時に選択をしていただけるように心がけて、ホリプロステージに携わるスタッフ全員が、お客様の観劇体験が素晴らしいものになることを常に目指しています。

――そうやって各会社の方の視線が観客の方を向いているのだとわかると、応援したくなりそうですね。

お客様にアンケートを取らせていただき、いろんなご意見もいただいて、一つずつ、やれる限りの取り組みをできるように尽力していくしかないと思っています。ホリプロステージ全体でも、会員様からのご要望を受けて大小様々な取り組みをして、お客様の声を聞きながら作品をお届けしなければということを使命として掲げています。

■井川荃芬プロデューサー
2008年、ホリプロ入社。関わった作品に『スクールオブロック』『キングアーサー』『COLOR』『ジェイミー』『メリー・ポピンズ』『ビリー・エリオット』『デスノート THE MUSICAL』『スリル・ミー』など。