スノーボードを趣味にする人には「パウダースノー」は特別な響きでしょう。

圧雪されたピステンバーンを滑走するのも楽しいですが、新雪のスプレーを巻き上げながら滑るのは格別。ましてや、誰もいない場所で新雪を楽しめるバックカントリーは、スノーボードのある種の頂点と思います。

筆者のような温泉ライダーとなったオジサンでも、パウダースノー、バックカントリーへの憧れは変わりません。

実は先日、バートンジャパンさんより「バックカントリー体験」のツアーへのお誘いが! この機会を逃すのはありえない、と編集部に頼み込んで初挑戦してきました。

  • バックカントリー+パウダースノーの誘惑

    バックカントリー+パウダースノーの誘惑

バックカントリーとコース外滑走は全然違う

冬になると「バックカントリーで遭難」というニュースを定期的に見かけます。しかし、内容を見ると「明らかにバックカントリーではない事故」もバックカントリーとして紹介されているのです。

そもそも以前は「山スキー」「スキー登山」など呼ばれていて、安全管理されたゲレンデでなく、自然のままの雪山を楽しむレジャーを指しています。

ハイクアップ用の登山装備と雪崩対策が前提で、道具以外にも天候や積雪状況の判断が求められるので、専門知識を習得したガイドさんが同行するのが一般的です。

  • ハイクアップ用の登山装備と雪崩対策が前提のバックカントリー、リュックは「Burton [ak] ディスパッチャー 35L バックパック」

    ハイクアップ用の登山装備と雪崩対策が前提のバックカントリー、リュックは「Burton [ak] ディスパッチャー 35L バックパック」

それでもリスクは0になりませんから、参加者も体力、知力、そして滑る技術が要求されるのが本来のバックカントリー。ところが、ニュースでは「ゲレンデのコース外滑走」をバックカントリーと表記するなど、ミスリードを招くものが多い。

コース外滑走は単にゲレンデのルールを無視して滑走する危険行為であり、バックカントリーとはまったく異なること。一人のスノーボーダーとしてこれは明確に区別するべきだし、情報発信する側に適切な言葉を選ぶ責任があると常々思っていました。

バートンの最新ギアたち

と少々本筋から離れたので、体験ツアーに話を戻しましょう。東京駅から新幹線で1時間強、そこから車に乗って40分程度で体験する山の近くまで到着。

今回はバートンジャパンの石原さんと社外PR担当の方、そして群馬県のみなかみ町を拠点にアウトドアのアクティビティを提供するワンドロップのトモこと宝利誠政(ほうり・ともゆき/以下、トモさん)さん、そしてカメラマン柴田大介さんの5人で武尊山(ほたかやま)を登って滑るプログラムでした。

メインギアとなるスノーボードは「Flight Attendant Splitboard(フライトアテンダント スプリットボード)」と「STEP ON Split Binding(ステップオン スプリット バインディング)」の組み合わせです。

  • 「Flight Attendant Splitboard(フライトアテンダント スプリットボード)」と「STEP ON Split Binding(ステップオン スプリット バインディング)」の組み合わせ

    「Flight Attendant Splitboard(フライトアテンダント スプリットボード)」と「STEP ON Split Binding(ステップオン スプリット バインディング)」の組み合わせ

スプリットボードは板が二つに割れ、それをスキー板のように装着してハイクアップできる代物。そしてステップオンは、従来のストラップでブーツと板を固定するタイプではなく、かかととつま先左右のポイントで「簡単に」固定し着脱もできるバートンの最新ギアとなります。

  • スキー板のように割って使える

    スキー板のように割って使える

当然どちらも初めて使うことになる筆者、貸し出しされたそれを恐るおそる装着して、ハイクアップの準備をし始めます。

当たり前ですが、すべてが未経験の作業。

割った板に「滑り止めのシール(クライミングスキン)」を貼ることすら覚束ないなか、トモさんが丁寧にレクチャーしてくれるので、なんとか準備完了です。いよいよ山に登り始めることに。

  • シール表面の微細な毛が「板を前に進め、後ろには進まない」ようにする

    シール表面の微細な毛が「板を前に進め、後ろには進まない」ようにする

  • 慣れない手つきで作業する筆者 提供:Daisuke Shibata

    慣れない手つきで作業する筆者 提供:Daisuke Shibata

  • 万が一に備える雪崩ビーコンを各自でチェック 提供:Daisuke Shibata

    万が一に備える雪崩ビーコンを各自でチェック 提供:Daisuke Shibata

バックカントリーはとにかく歩く

2月初旬で通常だと雪山はベストシーズン。豊富な積雪と良質なパウダースノーが迎えてくれるはずなのですが、今シーズンは思いっ切り暖冬でした。

日差しが強いこともあり、完全に春山のような気温です。それはそれで楽しいのですけどね……。

この時まで、筆者には「楽しさしか」無かったです。後々それは大きな勘違いだったと気付くのですが。

  • 山へ足を踏み入れる 提供:Daisuke Shibata

    山へ足を踏み入れる 提供:Daisuke Shibata

ゲレンデで板を抱え歩くことに比べ、スプリットボードで歩くのは歩き方から異なりますね。

「足を上げるのではなく、板ごと前に滑らせる感じです」というトモさんの助言に従うと、確かに! 全然楽です。足を上げると板の重量もあり疲れますが、ブーツのかかとが浮く仕様なので、スルッと前に進めました。

  • かかとが浮くのでスッと歩ける 提供:Daisuke Shibata

    かかとが浮くのでスッと歩ける 提供:Daisuke Shibata

「以前の製品や、普通にスノーシューで歩くのとは雲泥の差ですよ」と、経験豊富なトモさんも言うので断言します、最新ギアの効果は絶大だ。

普段は週1で少しジムランニングする程度で、脚力に自信がある方ではない筆者でも苦労せず歩けます。

あと地味に効くのが、バインディングのかかとかかと側に付くスタンド機能です。

傾斜がキツイ時に立てると、自然にかかとを浮かせ、斜度を意識せず足を進めることができるのです。これは「ある」「ない」でかなり足の疲労が違うでしょうね。

  • スタンドを立てると斜度を気にせず進める 提供:Daisuke Shibata

    スタンドを立てると斜度を気にせず進める 提供:Daisuke Shibata

  • スタンドは2段階で調整可能 提供:Daisuke Shibata

    スタンドは2段階で調整可能 提供:Daisuke Shibata

と書くと、楽に登れたと思う方もいるでしょう。確かにギアが疲労を軽減するのは確かです。でもね、遠いんですよ! ゴールである山のポイントが。

普段はゲレンデのリフトやゴンドラで気軽に頂上まで着きますが、自分の足で登ると、まあ大変。ひたすら歩き続けます。

気温が高いこともあり、全身汗だくで前に進む。幸いなのは、トモさんがころ合いを見て休息を定期的に取って、メンバー(というかほぼ筆者)の消耗度を的確に把握してくれるところです。

「今みたいに雪が少ないと、薮や岩などが露出するので怪我につながりやすいです。むしろ雪が多いと隠れるので安全というケースもあります。あと今日は自分たちが滑った後から誘発する『点発生湿雪雪崩』が考えられるので、滑走時に注意しましょう」と注意事項も説明してくれます。

ツアー全体のスムーズな進行から、参加者の安全管理までマネジメントするのがプロのガイドの役割。それでもリスクは0にはならないので、自然相手のアクティビティは大変なんでしょうね……。

天候は最高

スタートして1時間半? くらいでしょうか。目的地のポイントに到着しました。正直、息も絶え絶えで、よく頑張れたなと振り返った今も思いますよ。

さて、ようやく「滑走」という楽しい時間の開始です。その前にシールを剥がし、板を結合させ、ちょっとした携行食を取って少し体力の回復を待ちます。

  • 板を結合して滑り始める

    板を結合して滑り始める

  • 日差しが暖かく、景色は素晴らしい

    日差しが暖かく、景色は素晴らしい

頂上付近にもかかわらず、気温は7度! 雪山の温度じゃあないですが、春山のようなのんびりした時間を、音のない世界で過ごせる。これはこれで得難い体験です。

今回はパウダースノーというリクエストを出していますが、それは難しいコンディションですが、例えば日陰になっている斜面は新雪が残っている、などトモさんは最適な滑りスポットを判断して案内してくれます。

プロのガイドの万能感すごいわ。

スノーボードはやっぱり楽しい

雪のコンディションはイマイチながら、天気が良いので視界は開けています。もしガスなど視界が悪い時は「先行する人が見える距離感」、雪崩リスクがある場所では「斜面に一人づつ滑る」など、トモさんが細かく指示して滑るそうです。

そういう意味では、滑り始めても自分の位置やトモさん含めた他のメンバーを確認しやすい今回の天候はよかったですね。こうして、斜面ごとに思い思いのスタイルでスノーボードを楽しむのでした。

  • それっぽく滑る筆者、内心はドギマギしていた 提供:Daisuke Shibata

    それっぽく滑る筆者、内心はドギマギしていた 提供:Daisuke Shibata

  • 当然のように転倒 提供:Daisuke Shibata

    当然のように転倒 提供:Daisuke Shibata

  • バートンジャパンの石原さんは貪欲に攻めつつ、安定した滑りで実力を見せる 提供:Daisuke Shibata

    バートンジャパンの石原さんは貪欲に攻めつつ、安定した滑りで実力を見せる 提供:Daisuke Shibata

  • ナチュラルのギャップをうまく使い、華麗に飛び出すトモさん 提供:Daisuke Shibata

    ナチュラルのギャップをうまく使い、華麗に飛び出すトモさん 提供:Daisuke Shibata

スプリットボードで滑ってみて感じたのは、そこまで板の重さを感じないこと。当然、通常の板より分離結合用のギアやエッジの金属部も通常より多いので、重さはあります。が、滑走時にはそこまで意識せず乗れたかな、という印象です。

コンディションもあり、パウダーでの取り回しや急斜面でのバタつき程度などは分かりませんが、「欲しいな」と素直に思えるギアです。高いけど笑。

バートンジャパンの石原さんは「フライトアテンダントというモデルは長年出ていて、スプリットボードではない通常のモデルもあります。フリースタイルボードからパウダーボードにスタイルを変えても違和感なく、乗りやすいのが特徴です」と説明してくれました。

バックカントリーのルール

最後に一つ。滑り降りて着替えているとトモさんが何やらスマホをいじっています。画面を見せてもらうと「下山通知」の文字が表示されています。

  • コンパスのアプリで下山通知を出す 提供:Daisuke Shibata

    コンパスのアプリで下山通知を出す 提供:Daisuke Shibata

ここでバックカントリーを楽しむ時の決まり事を解説します。

全国スキー安全対策協議会は「バックカントリーはスキー場ではありません」「バックカントリーを安全に楽しむためのヒント」という2つの注意喚起を文書で公開しています。

その中で、

登山届を提出しましょう。提出方法は最寄りの警察署のWEBを利用や登山届で検索してください。
引用:全国スキー安全対策協議会「バックカントリーへ行く皆様へ」

と説明。トモさんに詳しいことを聞きました。

「コンパスという誰でも使える無料サービスを使って登山届を必ず提出しています。入山口からどこを経由して下山するかという工程、 人数、緊急時の連絡先、山岳保険の有無などです。保険に関しては、皆さんの分も含めてもちろん加入済みで、また所属する団体・組織や装備品などもすべて記入します」

そして先ほど、下山したので「下山通知」を出したと言うのです。

冒頭でも紹介していますが、バックカントリーとはこうした「正規の手続き」を踏んで、装備を調え、知識や経験がある前提で楽しむアクティビティ。それでもリスクを0にすることはできないので、最悪の場合には保険や届出が必要なのです。

繰り返しますが、コース外滑走はバックカントリーではないです。なお、バックカントリーではゲレンデのリフトで上がり、そこからハイクアップするケースもあるそうです。

「ゲレンデ経由でバックカントリーを楽しむ場合は、事前にスキー場のパトロール隊や管理者の方に話をします。また、ハイクアップして滑ってゲレンデに戻る際は、必ずゲレンデの手前で止まってスキーやスノーボードを外し、歩いてリフトの下を通過してゲレンデに戻ります」(トモさん)

  • 最新ギアでバックカントリーのハードルは下がった気がする 提供:Daisuke Shibata

    最新ギアでバックカントリーのハードルは下がった気がする 提供:Daisuke Shibata

そのまま滑ってゲレンデに戻ると、それを見て勘違いしたスキーヤー、スノーボーダーがコース外滑走することもあるので、そうした誤解が無いよう注意しているとトモさんは説明します。

このようにバックカントリーは安易にできるものでは無いのです。しかし、最新ギアを使うと快適に楽しめ、チャレンジする際のハードルは大分下がっている印象も持ちました。

そして手順を遵守し、準備を整えてあげれば極上の時間が待っている。とにかく「誰もいない」のはすごい。日中のこの時間で人を気にせず滑れるのは本当に楽しい。

滑り終えた時に「やっぱりスノーボードは楽しいですね」と言うトモさんに同意しかない筆者でした。

なお解散後、すぐに近くの温泉に直行したのは言うまでもありません。