第2次世界大戦前に産声を上げたポルシェ社の正式な名称はDr. Ing. h. c. F. Porsche GmbH。今その社名はDr. Ing. h.c. F. Porsche AGに変わっているが、要は有限会社から株式会社に変わっただけで実態は変わっていない。しかし、戦前のポルシェはと言えば、いわゆる設計会社とでも言おうか、依頼された車の設計をするのが仕事であり、自らの車を発売するようになるのは戦後になってからのことである。
【画像】優れたデザインが魅力的なポルシェ904(写真11点)
言うまでもなく356がその出発点なわけだが、当時からポルシェは盛んにモータースポーツとかかわりを持っていた。とはいえ、当時のポルシェは排気量にしても1.5リッター程度のコンパクトなモデルばかりで、レースに参戦したところでタルガフローリオのような特殊な事情を持つコース以外で、いわゆる総合優勝を狙える強力なマシンは作っていなかったのだ。もう一つ、初期のレーシングモデルは公道も走れることを前提として開発されていたところが面白い。有名な550スパイダーなどはその好例である。
1962年にそれまで参戦していたシングルシーターのレース、即ちF1ないしはF2から足を洗ったポルシェは、本格的にスポーツカーレースにそのターゲットを絞り込み、1963年に1台のプロトタイプを完成させた。その車こそ904 Carrera GTSである。当時のレギュレーションでは、スポーツカーの要件を満たすために100台以上の生産が求められていた。とはいえ、レーシングカーとして購入してくれる顧客は多くは見込めず、この904も公道走行が可能なモデルとして生産されることになったのだ。
最初のプロトタイプが完成したのは1963年8月のことで、発表は11月26日、シュトゥットガルト近郊のゾリチュード・サーキットにおいてであった。余談ながら遡ること2か月ほど前の9月12日、ポルシェは当時のフランクフルトモーターショーにおいて901(後の911)を発表している。しかし、その車名901はプジョーからの横やりで911に変更せざるを得なかった。3桁の数字の並びで真ん中に0が付くものをプジョーが登録していたため、ポルシェは901を911に。そして904として発表するはずだったモデルはCarrera GTSとして発表したのである。
Carreraの名称はそのエンジンに由来する。後にポルシェの社長に上り詰めるエンジニア、エルンスト・フールマンによって作り上げられた4カムのフラット4エンジンがカレラモーターと呼ばれたことに端を発するが、904に搭載されたそれは名エンジニア、ハンス・メツガーの手によってモディファイが施されたものだった。
ボディデザインを手掛けたのは”ブッツィ”ことフェルディナント・アレキサンダー・ポルシェである。911のデザインが有名であるが、カレラ6の名を持つ906やその後に登場する910のデザインも手掛けた。そして中でも彼が最もお気に入りのデザインとご本人が言うのがこの904のデザインであった。
前述したように904は公道を走れることを前提に作られてはいたが、同時に1964年のレースシーズンに間に合わせるという大きな命題を背負って開発された。このために複雑で時間のかかるシャシー・レイアウトやアルミボディが開発の段階から却下されて、剛性の高いラダーフレームに軽量なグラスファイバーボディを纏うという、ポルシェにとって初の試みが採用されたのである。当時まだグラスファイバーに対する知見がなかったからか、ボディを製造したのは航空機メーカーのハインケルであった。
シャシーは904-001から始まり904-108で終わっている。しかし、最初のプロトタイプ904-001には911から転用されたフラット6エンジンが搭載されていた。このほかにも同じ2リッターの排気量ながら、F1用に開発された753のコードネームを持つフラット8から派生した771と呼ばれるエンジンが搭載されているモデルも存在している。さらに後年5台の新たなシャシーナンバーの存在も確認されている。それらは904-109、113、115、119、それに126である。つまり108台の他に5台のモデルが存在するから合計113台だ。
904は1964年と65年に製造されたのだが、65年モデルのうち数台はフラット6エンジンを搭載し、それらはシャシーナンバーが906から始まっているから話がややこしい。906から始まるシャシーナンバーを持つモデルは僅かで6台が製造されたにすぎず、最初のプロトタイプを含めば7台のフラット6搭載車が存在したことになる。
ロッソビアンコ博物館には当時2台の904が収蔵されていて、このうち1台にはフラット6が搭載されている。残念ながらその写真を撮ることはできなかったが、博物館の公式本にはその写真がある。またもう1台の904はワイドフェンダーにリップの付いたテールスポイラー、それに大型のサイドベントを持つ典型的フラット6モデルである。つまり2台ともにレアな6気筒ということになる。因みに初期の3台のプロトタイプはドアの天地方向の長さが短い。そして初期モデルのサイドウィンドーはスライド式だが、後期になるとウィンドーは引き下げ型に変わっている。
文:中村孝仁 写真:T. Etoh