来年投入予定の「IONIQ 5 N」とヒョンデの“遊び心とゆとり”を堪能

先月、「ティエリ―・ヌービル(HYUNDAI WRCドライバー)の同乗走行に興味ありますか?」と『オクタン日本版』編集部から連絡が入った。しかも、乗せてもらえるのは2日前までジャパンラリーに参戦していたN1ラリーマシン「i20 N WRC Rally1」。千載一遇の機会を見逃すわけもなく、即諾したのは言うまでもあるまい。

【画像】Hyundaiの実力と底力を実感!上位3カテゴリーの車、全6台に乗る(写真14点)

一度は日本における乗用車販売から撤退したHyundaiだが、2022年からは燃料電池車と電気自動車での再上陸を果たしている。そんなHyundaiの日本におけるプレゼンスを高めるべく、「N Track Day」なるイベントが開催されたのだ。Trackは日本語で読むと「トラック」となるが、商用車ではなく”サーキット”と同義で用いられる言葉。その舞台となったのは三河湾を望む愛知県の西浦温泉の一角にある全長1561mのスパ西浦モーターパークだ。

「Hyundaiの車両ラインナップはモータースポーツを頂点に、ローリング・ラボ(走る実験室を意味する言葉で、市販前の革新的技術を搭載した”走る”コンセプトカー)、N、Nライン(Nモデルの内外装を纏う、雰囲気重視モデル)、そして標準車というピラミッド構成になっています」と説明してくれたのはNブランド・マネージメントグループ率いる、パク・ジュンウー常務。”モータースポーツ由来の技術を市販車へ投入!”とはよく自動車メーカーが用いる宣伝文句だが、百聞は一見に如かずとばかりにピラミッドの上位3カテゴリーの車、全6台に乗ることができた。

筆者がステアリングを握ることができたのは来年、日本で販売開始予定のIONIQ 5 N。まだ日本市場向けにファインチューンを重ねているところだという。これは既に日本でも販売をしているHyundaiの電気自動車、IONIQ 5の「Nモデル」だ。Hyundaiの「N」は同社のサブブランドで、標準車をベースにスポーツモデル化しているもの。NはグローバルR&Dセンターの所在地である「南陽(Namyang:ナムヤン)と「ニュルブルクリンク(Nurburgring)」の頭文字をとったもので、ロゴはシケインをモチーフにしているそうだが「1」という数字も見え隠れする。

Nモデルは「Corner Rascal」「Racetrack Capability」「Everyday Sportscar」が3本柱として謳われている。日本語にすると”狸のようなすばしっこさ””サーキット性能””日常の足として使えるスポーツカー”とでも訳すのだろうか?Nブランドを浸透させるために世界的に同じ宣伝文句で統一したいという意図は理解できるものの、ちょっとわかりにくいのは残念だ。…車の仕上がりが素晴らしかっただけに。

思わず笑みがこぼれるギミック満載の「IONIQ 5 N」

初めて乗るIONIQ 5 Nだったが特段、操作方法については何の説明もなく乗り込んだ。プロドライバーが運転する先導車に付いて行くと「もうちょっとスピード上げます」、「このボタンを押してみてください、10秒間加速にブーストがかかります」、「次はこのボタンを押してみてください、音が変わります」と周回を重ねるごとに様々な機能を試しながら、最終的には結構なペースで走ることになった。説明なくしてここまで走り、諸々の機能を試すことができたのは、IONIQ 5 NのUIが優れているからなのだろう。

”音が変わる?”と思った方は鋭い!電気自動車なのに、IONIQ 5 Nには疑似エグゾースト音が用意されているのだ。アクセルペダルの踏み込み量と連動して、疑似エグゾースト音が車内にこだまする。これが面白いくらい自然で、電気自動車に乗っていることを忘れるほど。「イグニッション」はNの2.0Tエンジンサウンド、「エボリューション」はハイパフォーマンスサウンド、そして「スーパーソニック」は戦闘機の音にインスパイアされたもので、たしかに運転に高揚感をもたらす。

また、この疑似エグゾースト音はギアシフトを模様する「N eシフト」と呼ばれるパドルシフト操作で、まるで8速デュアルクラッチ・トランスミッションを搭載しているかのような感触がセットで味わえる。変速ショックまで再現されているのは、思わず笑みがこぼれた。電気自動車はエグゾースト音も変速ショックも無縁なはずなのに、あると慣れ親しんだ内燃機関車のようで”しっくり”くるのは、筆者が旧世代ゆえか。文字で読むと違和感を覚えるかもしれないが、ナチュラルに楽しめるギミックであった。

笑みといえば、「Nグリンブースト」と呼ばれる機構があるのだが、ボタンを押すと10秒間だけ通常よりも最高出力が41PS増しになり、文字通りの”ブースト”を味わえる。これも勿体ないと思うのは、ネーミングだ。グリンは英語の「Grin」で”ニヤッとする”ことを意味する単語だが、”グリンブースト”ではなかなか伝わらないのでは? いっそのこと「ターボ」とかシンプルに「ブースト」のほうが分かりやすいと思う。

IONIQ 5 Nで最も印象的だったのは、2トンを超えるはずの車両重量を微塵も感じさせない、という点だった。電気モーターを前後に備え、フロントモーターの最大出力は166kW/226PS、リアモーターの最大出力は282kW/383 PS、合計出力448kW/609 PS(ブースト時合計出力478kW/650 PS)を誇る。驚くべきは加速性能よりも、コーナリング性能だった。筆者が警戒していた車両重量によるアンダーステアとは無縁だったばかりか、強烈な制動力と自然な荷重移動、そして”不思議”と評したくなるようなメカニカルグリップを味わった。

フロントとリアのトルク配分を11段階で調整でき、コーナリング性能を最適化する「Nトルク・ディストリビューション・システム」およびリアアクスルの「電子制御リミテッドスリップディファレンシャル(e-LSD)」のおかげだったのだろう。なお、IONIQ 5 Nでは「Nブレーキ・リジェン」と呼ばれる回生ブレーキがメインの制動力を生み出し、機械式ブレーキは補助的役割を担っている。車両重量を気にすることなく、制動力に不安を覚えることなく、ガツガツとブレーキを踏めた。

IONIQ 5 Nは、Hyundaiが誇る技術力のショーケースなのだろう。IONIQ 5 Nは化石燃料を燃やすことなく脱炭素を図りながら、図太いトルクを生み出す電気モーターが直線番長になりがちな電気自動車で、あえてのハンドリングマシンを作り出した。必要か否かではなく、出来るか否かであったと同時に、Hyundaiの遊び心とゆとりを感じさせる一台に仕上がっていた。エンジニアたちの車好き度合、潤沢な開発資金が投入されたであろうことが伝わってくる、と記せばわかりやすいだろうか。

出来るか否か、で言うとIONIQ 5 Nには「ドリフトスペック」なるコンセプトカーも存在する。そして、今年7月のイギリスで開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでドリフトを披露された車両そのものがスパ西浦モーターパークに持ち込まれていた。フォーミュラ・ドリフトジャパンに参戦していた、Cho Sun Gu選手の運転に同乗させて貰ったが終始、笑みが浮かぶ走りを披露してくれた。ちゃんとドリフトできる、だけでなく、疑似エグゾースト音が素晴らしい出来栄えなのだ。

遊び心とゆとりを感じる「ローリング・ラボ」の2台

「EVにも国際的な騒音規制が設けられています。だから、あえて騒音規制を無視したものを作りました」と前述のパク・ジュンウー常務。Hyundaiの遊び心とゆとりを感じさせてくれるではないか。そして、運転こそさせてもらえなかったが、ゆとりを感じさせてくれたのはローリング・ラボ2台である。貴重な試験車両を見せてくれるだけでなく、プロドライバーがステアリングを握り、結構なペースで走ってくれた。

N Vision 74は、Nブランドが考える電動化ビジョンを示しているコンセプトカーだ。デザインは、ジョルジェット・ジウジアーロが手掛け、1974 年に誕生したヒョンデ「ポニークーペコンセプト」をオマージュしたもので、復刻版の販売を望む声が世界で聞かれたもの。搭載されるパワートレインは燃料電池プラグインハイブリッドシステムで、リアに搭載されるツインモーターは合計で最高出力500kW(約680馬力)以上・最大トルク900Nmを発揮。

もう一台はRN22eで、日本未導入だが流線形デザインが世界的に高い評価を得ている、新型 EV「IONIQ 6」をベースにしたパフォーマンスモデル。前後に搭載されるモーターが強化され、システム全体で585hpのパワーと75.5kgm のトルクを引き出す。ベース車両のIONIQ 6のデュアルモーターAWD仕様(最大出力325hp、最大トルク61.7kgm)に対して、260hp、13.8kgmのパワーアップが図られている。

いずれの車も、電気モーターの唸り音しかしないのでただただ静か。サーキットの路面の小石がタイヤによって巻き上げられ、”パチパチ”とボディにあたっている音が顕著だった。燃料電池プラグインだから、電気モーターだから、という違いは1周では体感できず、あっという間にラップを終えていた。2台ともいわゆる脱炭素を主眼に置いた車ながら、これだけのスポーツ走行ができるんだよ、と示したかったのだろう。そして、両車から得た知見がIONIQ 5 Nに反映されているのだろう。疑似エンジン音は、特にそのひとつではないか、と推測する。

レーシングカー「エラントラN TCR」の減速力に驚嘆

モータースポーツのカテゴリーで同乗走行したのは、エラントラN TCR。2リッター以下のターボエンジンをベースに作られているFWD車をベースにした、4ドアまたは5ドアの新世界規格(TCR)レースに参戦しているもので、ドライバーはKMSAドライバーのChoi Jeong Won選手だった。カスタマーレース部門で販売されているもので、レーシングカーながら新車のポルシェ911ほどの予算で購入できるものだ。

レーシングカーゆえに内装はほとんどが取り外され、ロールケージが組み込まれている。イコールコンディションで戦うTCRではBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)が設定されており、2リッターターボエンジンは最高出力340psほどで競われる。1300kgを切る車両重量には十分過ぎるパワーだ。シーケンシャルトランスミッションは発進時のみクラッチ操作が必要で、走行中はパドルでシフト操作する。加速力よりも減速力に驚嘆させられたのは、やはり車両重量の軽さゆえか。コーナリングスピードも相当なものだが、姿勢の変化よりもタイヤの滑り出しが感じやすい、と助手席から体感した。

ハイライトのWRCマシン「i20 N WRC Rally1」は別次元!

当日のハイライトは、ラリージャパンでのWRCレースを終えたばかりの「i20 N WRC Rally1」だ。Hyundai モータースポーツ社製直噴ターボエンジンでハイブリッドシステムを搭載し、ガソリンエンジンで380hp、電気モーターで134hpを出すハイパワーとなっている。そう考えるとIONIQ 5 Nの最高出力がいかに強大なものか、あらためて認識させられる。もっとも、WRCマシンは軽いので走りはまったく別次元であった。

TCRマシンでも制動力に驚かされたのだが、WRCマシンはさらに強烈だった。アクセルペダルの踏みしろは助手席から見るかぎり”浅く”、ほとんどON/OFFスイッチのように見受けられた。サスペンションのセッティング、タイヤの粘着力の高さを体感し、”手加減しないでください!”とお願いした甲斐があったのかヌービル選手は超高速で駆け抜けてくれた。ステアリングの修正はゆっくりで、まるでスローモーションを見ているような不思議な感覚に陥った。

ピットロード手前でヌービル選手はわざわざグッと減速し、直角右コーナー、数メートルの直線、そして直角左コーナーという道を”こんなことできるんだよ”と言わんばかりの走りを披露してくれた。ラリーカー・ドライバーにとってサーキット走行は単調に感じるのかもしれない、と思わせてくれたと瞬間であったと同時に、グラベルではどれほどのアドレナリンが分泌されるのか気になった。

この日、せっかくIONIQ 5 Nで電気自動車のハンドリングマシンぶりを味わったのに、エラントラN TCRとWRCカーに同乗させて貰ったら、内燃機関車の熟成度を堪能してしまった。どんなに物理の法則を覆すような電子デバイスが登場しようともハンドリングにおいて軽さこそ、(今のところは)正義なのだと思い知らされた。

もっとも、電気自動車の普及はまだまだ始まったばかり。様々な技術の進歩・進化があるだろうし「電気自動車=重たい」という図式だって、いつまで続くかも分からない。なお、韓国ではIONIQ 5 Nでのワンメイクレースが開催されるそうだ。HyundaiがIONIQ 5 Nで見せてくれた遊び心やゆとりには、まだまだ伸びしろがある、と確信している。そして、どんな動力源だろうと、車の進化は楽しみでならない。

文:古賀貴司(自動車王国) 写真:Hyundai Mobility Japan、古賀貴司(自動車王国)

Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: Hyundai Mobility Japan, Takashi KOGA (carkingdom)