「グランドツーリング」という普通名詞を、敢えて車名という固有名詞に用いること、それ自体が控えめな、非凡さの表れでもある。新しいマセラティ・グラントゥーリズモは長距離を走るという行為自体を、その都度、唯一無二のストーリーに仕立て上げていく。非日常とは日常から抜け出すことではなく、日常の中にすでにあるものなのだ。では晩秋の軽井沢へ往復約400㎞を駆って、新しいグラントゥーリズモが見せた世界とは?
【画像】マセラティグラントゥーリズモと訪れる、自然と洗練に満ちた場所(写真20点)
深夜から降り続いていた雨が明け方から雪に変わり、浅間山頂は薄っすらと今年初めての雪化粧をまとっていた。残暑の長かった2023年だけに、秋らしい秋の到来はいつもにも増して待ち遠しかったが、低い雲海を眼下に望む標高 2000mの高みにまで駆け上がりながら、まさか一足飛びに冬の気配までうかがうことになるとは。
11月中旬の晩秋という季節の変わり目の、際どい天候のバランスが用意してくれたサプライズに心躍らせる。そんな朝駆けを存分に楽しめたのも、マセラティ・グラントゥーリズモトロフェオが、全幅の信頼に足る一台だからこそ、といえる。この冬より日本へ上陸した新世代のグラントゥーリズモで、先代のグラントゥーリズモが2007年の発表だったことを思えば、じつに10数年ぶりとなるフルモデルチェンジである。
とはいえマセラティのグラントゥーリズモという系譜自体が、1950年代にまで遡ることはいうまでもない。ただ新しいことに価値があるのではなく、既成の価値観を世代ごとにリニューアルし続けることのできる稀有のモデルである。イタリアはおろか欧州でマセラティはフェラーリやアルファロメオは無論、メルセデス・ベンツやアストンマーティンに比肩する歴史的名門であることに想いを巡らせつつ、旅に連れ出してみた。
とことん食にこだわるからこそ宿泊体験に厚みを求めるひらまつ
今回、新型グラントゥーリズモを駆って約400㎞、48時間の旅で訪れたのは『THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田』。ひらまつといえば、日本のガストロノミーを牽引してきた存在であり、食をより楽しませるべく宿泊施設へも事業を拡大し続けている。2021年春に開業した最新アドレスがここ、軽井沢の西エリアにある御代田だ。浅間山の南山麓に広がる約6万平方メートルという敷地には、けやきやさわら、ぶなの木といった豊かな原生林を残している。ゆえに「森のグラン・オーベルジュ」というコンセプトを掲げている。『THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田』を構成する28室の本館、9棟のヴィラの中でも、今回はとくにプライベートを満喫できる、ヴィラスイートに投宿した。
森を一望する大きな窓を備えたバスルームの湯は、上田・大塩温泉の湯を運び込んでいる。野趣というにはあまりに洗練された、しかし森林浴のようなバスタイムが過ごせるのだ。鳥のさえずりを遠くに聞きながらテラスでシャンパンに舌鼓を打つのは、ひらまつならではの圧倒的食体験への序曲でもある。自然とアート、土地の恵みに囲まれながら、様々なアクティビティやすべての体験がひとつのフルコースのように緩やかに、一本の糸のように繋がっていくこと、それがこの「森のグラン・オーベルジュ」のコンセプトなのだ。
併設のダイニング『ル・グラン・リス(御代田の町花、ヤマユリのこと)』グランシェフの柳原章央氏は、地元の生産者と開業前から関係を構築してきた。季節どころか、時期ごとに収穫される信州食材の旬という、時節の最高の表現を追求するため、約 2か月ごとにメニューも更新されるのだとか。もちろん、味わいに欠かせないワインとのペアリングを担うソムリエも8人が常駐しており、350種類を揃えたカーブには無論、信州ワインも含まれている。
古代の人々が囲んだ火に思いを馳せる緩やかで贅沢な時間
ところで『THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田』が位置する御代田地区は、古くは縄文人が住んでいた土地で、土器の出土も多く、縄文ミュージアムが町内に構えられているほど。オーベルジュの本館からヴィラまで、建物内を彩るアート作品には縄文モチーフのものが少なくないのは、そのためだ。よって「火」そのものがこのグラン・オーベルジュでは大切なアイデンティティとなっている。とくに冬季はメインエントランスの暖炉に火を入れ、来訪者を迎えている。炎を眺めて過ごす時間は、ただ暖をとるだけでなく、人の奥底にある感覚を呼び覚ますプリミティブな体験でもある。
もうひとつ、9月に刷新された『TAKIBIラウンジ』も、縄文ライトモチーフの施設といえる。これは南アフリカのグランピングのテントを製造するブランドが手がけたビスポークによる巨大テントをメインスペースとしつつ、周囲の芝生に焚火台を並べた、屋外のラウンジスペースだ。宿泊したゲストの多くが、キッチンカーからサーブされるドリンクを手に、食事前に火を囲んでアペリティフの時間を過ごすスポットになっているという。焚火台の炎を眺めつつ、視線を交わすことは、リラックスすると同時に食卓の楽しみを増幅させる準備でもある。
一方で、そこに隣接するアネックスは、ウェルビーイング体験に特化した施設でもある。蔦屋書店が監修した1Fのライブラリカフェには、インテリジェンスを巡る旅にふさわしい書として、大江健三郎の文学作品からジェフ・ウォールの写真集、マイルス・デイヴィスの自伝などが並ぶ。他にもフランス料理やイタリア料理にまつわるもの、植物図鑑の名著、そして縄文文化に関する本など、蔵書は多彩だ。同じく1Fのサウンドルームには、デノンのターンテーブルDP-3000F/マッキントッシュのMA252インテグレーテッドアンプ/ハーヴェスのHLコンパクトスピーカーという、オーディオシステムが用意され、ハイグレードな音を楽しむこともできる。
加えて『THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田』では、9棟を数えるヴィラのうち2棟がドッグヴィラスイートとなっており、ドッグランや足洗い場が併設され、シモンズ製の犬用ベッドやおもちゃ、おやつといった愛犬家のためのアメニティが備わっている。もちろん食に定評あるひらまつらしく、愛犬用のドッグケーキやメニューも用意されているほどだ。
施設の外でも、『THE HIRAMATS U軽井沢 御代田』は近隣の施設と提携し、サンセット・ヨガや乗馬クラブ、冬にはスノーシューを装着してのトレッキングも提案している。
ひとつひとつの経験が、散発的に心地よいだけで終わるのではなく、有機的に絡み合いそれぞれを活かし合いながら焦点を結び、交響楽のようなハーモニーが生まれるのは、それこそラテン的な「アート・オブ・ライフ」という感覚が為しうる、力業でもある。
プリミティブと洗練が同居するからこそ心地よい
出発の前日、都内で撮影用のグラントゥーリズモをお借りした当初、その外装色「ブルー・ノビーレ」は、控えめな紺色としか映らなかった。だが街灯の下に照らされると、メタリックの大きな粒がコントラストを帯び、にわかに艶やかなボディラインが際立ってくることに気づいた。そして朝方の蒼い空が映りこむと、彩度を増して背景からおずおずと浮き上がるように存在感を増す。
場所を変えるごとに、移ろいゆく移動中の風景を、ある瞬間から次の瞬間への光を、美しく映し込むグラントゥーリズモのボディは、変化に富んでいる。ボンネットからフェンダーの峰、そして3連エアベントまで一体となった巨大なアルミパネルによる抑揚豊かでありながらクリーンな面構成は、まさしく今日的なイタリアンといえる。それはデザインだけでなく、カラー&マテリアルの選択の妙でもあるし、空力をはじめとするエンジニヤリングや生産技術の高さでもある。
1950年代の A6の時代に遡るような職人技、手で曲げて叩いて生み出した空力ボディの伝統を、いわばクラフトマンシップとテクノロジーが一体という原則を、マセラティのGTは新世代にも守り続けているのだ。
マセラティにしか解けない審美性と機能性の方程式の解は、内装にも見られる。ヘリンボーンをモチーフにしたシートやインテリアは一見古典的なようで、パーフォレーション加工されたレザーやエルゴノミーを磨いたデジタルインターフェイスなどは、モダンな仕立てだ。2ドアクーペながら大人が座れるほど快適な4シーターでもある。
こうした手並みの冴えは、視覚的な美しさだけでなく動的質感にも表れていた。高速道路での風切り音の少なさ、滑らかに風を切って進んでいく手応えは、パワートレインの力強さと矛盾しないどころか安心感すら覚えるほどだ。電子制御AWDながらも、ほぼ後輪駆動をデフォルトとするグラントゥーリスモで、関越自動車道や上信越道にありがちな長い登り坂を、巡航あるいは追越加速する際のさえずるような低回転域のビートには、凡百のV6エンジンやGTが到底及ばない緻密なフィールがあった。一方でアクセルをひとたび踏み込めば、重低音の咆哮は次第に艶やかなトーンを帯びて、乗り手のアドレナリンを促し続ける。
無味乾燥な移動では、得られない貴重な何か
にもかかわらず、新型グラントゥーリズモは、パフォーマンスや高級さで、絶対値や到達点の高さを誇るだけの一台ではない。フォルティシモからピアニシモ、あるいはハイライトからシャドーまで、無限の広さをもつ諧調そのものを乗り手の求めに応じて、動的にも静的にも表現してくれるところがある。だから高速道路でもワインディングでも、走りがもたらす心地よい疲れ以上に、五感がほどよく刺激され、身体も頭脳も整ってくる、そんな感慨さえ覚える。それこそA toB地点へという無味乾燥な移動では、得られない貴重な何かだ。非日常とは日常から逃げ出すことで体験できる麻薬のようなものではなく、日常と隣合わせのところから突如として心身に訪れてくる、表裏一体の感覚なのだ。強烈無比の力強く瞬発的なパフォーマンスと、アレグロでの散策による満たされた時間は、じつは地続きのもの。だからこそ旅と呼ぶにふさわしい、芳醇にして濃密な時間の流れが、グラントゥーリズモを走らせている間は約束されている。しかもその歓びは、2座ではなく4座であることで、分かち合う経験そして歓びにも繋がっている。
かくして翌朝、冒頭で述べた雪化粧の浅間山を眺めた後、中軽井沢の『KARUIZAWA COMMONGROUNDS』を訪れた。ここは軽井沢書店中軽井沢店をはじめ、カフェやインターナショナルスクール、コワーキングスペースや飲食店が、3500坪の広大な森の中に集まっている。元は私大の寮だった地をリノベ―トして、中軽井沢らしい「教育とアート、食」を一体化しする多目的施設としたのだ。しかも運営にあたってはエネルギー調達の一部を、太陽光パネルによる発電など脱炭素社会に向けた実証実験によって支えている。
エコシステムは、異なる要素が協業的に機能し合うことで循環する仕組みでもある。飛び抜けた何かだけでは語ることのできないマセラティ・グラントゥーリズモの爽快にして緻密なまでの完成度は、今という時代を見据えたGTにふさわしい高みに達していた。
文:南陽一浩 写真:高柳 健 構成:前田陽一郎(本誌)
協力:THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田、コモングラウンズ
Words:KazuhiroNANYO Photography:KenTAKAYANAGI Edit:Yoichiro MAEDA
Thanks to THE HIRAMATSU KARUIZAWA MIYOTA, Karuizawa Commongrounds