シンガーが手掛けたポルシェ911|「ビスポークのレストア」とは?

シンガー・ヴィークル・デザイン(以下、SVD)は、ポルシェ911(964型)をベースにビスポークのレストアを行う会社だ。自動車の生産を行うのでもなければ、販売を行うのでもない。あえて”ビスポークのレストア”と記しているのは、”オリジナル”を重視したレストアではなく、964型よりもクラシカルな雰囲気を与えながらハイパフォーマンスな仕上がりを約束し、顧客の要望に細かく応じるレストアとは一味違うから。

【画像】一味も二味も違う!徹底的にこだわりぬく人のためのシンガーによるビスポークのレストア(写真17点)

SVDは「キャサリン・ホイール」というイギリスのロックバンドのメインボーカリスト/ギタリスト、ロブ・ディキンソンが2009年に設立した。自身が歌手(Singer)だったこと、そして耐久レースにおけるポルシェの黄金時代の立役者的存在であったエンジニア、ノルベルト・ジンガー(Norbert Singer)へのリスペクトから「Singer」と名付けられている。なお、ノルベルト・ジンガーはDLSの開発に携わっている。

現在、シンガー・ヴィークル・デザインは福岡県でマクラーレンやアストンマーティンの正規販売店を展開する永三モーターズが、日本における販売ならびにアフターサポートを提供する代理店(台湾でも)を務めている。レストアのベースとなる車両は顧客が用意し、SVD指定の寸法検査を行い(レストアのベース車両としての適性を知るため)、レストア内容に応じてアメリカもしくはイギリスに送られる。また、必要であれば顧客のベース車両探しのサポートもしてくれる。

ベース車で重要なのはフレームの”骨格”で、モデルは関係ないという。顧客の要望があればAWD車の提供も行うが、基本はカレラ4でもレストアの過程で後輪駆動に仕上げられる。SVDの工房でベース車両は徹底的に分解・補修され、シャシーとエンジンブロック以外はまったく新しい車へと生まれ変わる。そんなレストアを経た、永三モーターズ取り扱い第一号車がお披露目された。約3年のレストア期間を経た「クラシック・スタディ」がお披露目された。450台限定のうちの1台で、もうレストア枠は完売しているものだ。

ファッショングレーのエクステリアに、アーミーグリーンのインテリアはあまりにオシャレ。ロールバーを備え、折り加工が施されたドア内張やダッシュボードのオーナメント、精緻な作り込みから一般的なレストモッドとは一線を画していることが伝わってくる。個人的にはエンジンルームのインシュレーターまで、内装色と同じ本革素材がキルティング加工されていることに悶えてしまった。ちなみに当該車両は、ベース車の3.6リッターエンジンから排気量が4リッターまで拡大されている。

クラシック・スタディはかつてポルシェ911「Reimagined by Singer」、つまりポルシェ911”シンガーによる再創造”と呼ばれていたもので、言うなればレストアのメニューのひとつ。やがてほかのメニューが加わるとともに、「クラシック・スタディ」と正式名称が与えられた。現在では「ターボ・スタディ」、「Dynamics & Lightweight Study(通称DLS)」、そして「Dynamics & Light Weight Study Turbo(通称DLSターボ)」の3つのメニューが用意されている。ターボ・スタディは499台限定で残りの枠はごく僅か。DLSならびにDLSターボはF1で有名な「ウィリアムズ・アドバンスト・エンジニアリング」との協業で、イギリスで生産される。なお、DLSならびにDLSターボは、クラシック・スタディやターボ・スタディよりもレアで、前者が75台限定、後者が99台限定となっている。

一時期、バックオーダーを抱え過ぎて納車まで4年超かかることもあったが、投資家からのサポートを得て今では工房拡張が図られ2年強になっているそうだ。と同時に、各種レストア・メニューにおける車両テストもみっちり行われることに。その自信の表れか、車両全ての部品に1年間の保証まで付されている。

気になるクラシック・スタディのお値段は約8000万円が基本で、オプション装備や顧客独自のカスタマイズ内容により費用がプラスされていく。最も売れているのはアメリカで、次にイギリスやドイツ、最近では東欧からの顧客も増えてきているようだ。そして、アジア・オセアニア地域ではオーストラリアからの需要が強い、ということにはちょっと驚かされた。

顧客によるSVDの工房見学はウェルカムで、コロナ禍を経てオンラインで自分の車のレストア模様を見られる顧客専用ウェブサイトの提供もしている。仕様決めで悩んだ際は一度、工房を訪れるとレストア中の車両を”サンプル”代わりに見ることができて”決めやすくなる”というアドバイスがあった。あとは永三モーターズに足を運ぶだけか…

文:古賀貴司(自動車王国) 写真:三浦孝明

Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: Takaaki MIURA