アナログレコードがアメリカのミュージシャンや若い世代の間で大人気だ。この話をラジオの音楽番組で最初に知ったのは、たぶん2010年頃だったと思う。

この話を知ったとき、まず頭に浮かんだのは、中学生から大学生までの間に、自分で購入し大切にしていたレコードコレクションのこと。そして「あのレコードをまた聴きたい」と思った。

■デジタルとは違う、アナログレコードの「分厚い音」

インターネットの配信サービスやCDなどのデジタルメディアしか音楽を聴いたことがない人に、アナログレコードやカセットテープで聴く音楽が、デジタルで聴く音楽と具体的にどう違うか、言葉で説明するのは難しい。音に対する感覚はひとりひとり、驚くほど違うものなので。でも、一度聴いてみれば、誰でもすぐにわかるはず。そのくらい違いは大きい。

ひとことで言えば、アナログレコードの音は「圧倒的に分厚い」。身体に物理的にダイレクトに響いてくる。特に違うのは高音と低音の圧倒的な厚み。初めて聴く人はびっくりするはずだ。

なぜそんなに違うのか。それは簡単に言えば、アナログレコードで再生する音楽には、CDや音楽配信サービスのデジタルな音楽データにはない音、音をデジタルデータに変換するときに「人間の耳には聴こえないとされる音」や、デジタル変換するときに雑音(ノイズ、不要な音)だと回路が判断して省いてしまった音まで、物理的に記録されていて、その音まで再生することができるからだ。

人間が耳で聞くことができる音の周波数(音の可聴域)は医学的には20ヘルツ(Hz)から2万ヘルツとされているが、人間は実はそれより低い音や高い音を、物理的な振動として身体全体で捉えて「聴いて」いる。また、デジタル変換するとき、音楽の中から「ノイズとして取り除いてしまった音」が、実はノイズではない場合もある。

つまりアナログレコードの音楽データは、デジタルデータのように間引かれ圧縮されていない。だから、アナログレコードをレコードプレーヤーを使って聴くと、デジタルよりも「分厚い音」で聴くことができる。

ただ、音楽配信サービスで通信回線に乗ってスマートフォンのメモリやデジタルオーディオプレーヤーに送られてくるデジタルな音楽データと違って、アナログレコードは場所を取るし、聴くためには最小でも、アナログレコードプレーヤー、プリメインアンプ、スピーカーで構成されるシステムコンポーネント(シスコン)が必要だ。

  • レコードプレーヤーでいちばん大事な部分、レコードの溝から音のデータをピックアップするカートリッジ(トーンアームの先の白い四角い部分)。いちばん下に飛び出しているのがカンチレバーで、その先にダイヤモンド製の針が付いている。この針がレコードの溝に沿って走り、その溝の凸凹に沿って動いて、カンチレバーの先に付いた磁石を振動させる。そしてこの振動がコイルに伝わり、音楽が聞けるのだ。

■アナログレコード再評価のきっかけは、アメリカのイベント

ところで、1990年頃に「過去の遺物」扱いされていたアナログレコードが、20年後の2010年ごろになぜ再評価されて復活、世界中で大人気になったのだろうか。

きっかけは2007年にアメリカで始まった「レコード・ストア・デイ」というイベントだ。これは「個人経営のレコード店の文化を祝う」ために毎年4月の第3土曜日と11月のブラックフライデー(感謝祭の翌日の金曜日)にレコード店で開催されるアナログレコードのお祭り。

多くのアーティストがこの日のために、イベントに参加したレコード店だけで購入できるスペシャルレコードをリリースするようになった。

そして日本でも2016年からこの「レコード・ストア・デイ」の日本版「レコード・ストア・デイ・ジャパン」が、やはり開催されている。

  • アメリカの「レコード・ストア・デイ」の公式ウエブページ

また日本には2014年から始まった、毎年11月3日の「文化の日」に開催される「レコードの日」という、「アナログレコードの魅力をひとりでも多くの人に知ってほしい」という目的で開催されるイベントもある。

実はこの日は1957年に日本レコード協会が「レコードは文化財」という考えから定めた「レコードの日」でもある。こちらもたくさんのアーティストがスペシャルレコードをリリースする。

■高嶺の花だったアナログレコードとシステムコンポ

ところで、昔はアナログレコードで音楽を聴くことは、かなりお金のかかることだった、ということをご存知だろうか。

僕が中学生だった1970年代、アナログレコードの価格は2500円。今から考えても、決して安くはない。現在、多くの人が利用している世界的な音楽ストリーミング・サービス「Spotify」。その標準プランの月額料金が税込み980円だから、当時のLPレコードがいかに高価で貴重なものだったか、わかってもらえると思う。

LPレコードを1枚購入するだけで、1カ月の小遣いの大半が消えた。だからとにかく大事にした。購入する時は何を買うか、悩みに悩んだ。

中学生にとってレコード以上にとんでもなく高価で手が届かないもの、レコードを聴くための「大きな壁」になったのが、システムコンポーネントステレオだった。価格は安いものでも一式十数万円。

何とか親にねだって、親もレコードを聴くからという理由でシステムコンポーネントが手に入り、実家でいつでもレコードがステレオで聴けるようになったのは中学1年生の夏ごろだったと思う。そしてレコードの代わりに、ラジオやテレビの音楽番組を必死で聴いたりカセットテープに録音したり(エアチェック)した。

当時は、人気アーティストの新作LPレコードの曲を全曲放送してくれる「エアチェック番組」が大人気。そのための「FM情報誌」がバカ売れしていた時代だ。

だから、1980年の4月に一浪して大学に入学したとき、最初に大学生協で買ったのはLPレコードだった。買ったのはレゲエのレジェンド、ボブ・マーリー。特別セールでそのLPレコードを、親戚から頂いた入学祝いを使ってまとめ買いしたときは、本当にうれしかった。

当時買ったレコードのことを考えると、頭の中にたくさんの思い出が溢れてきて、レコードのことばかり書いてしまうので、その話は書かないことにする。

■レコードからCD、アナログからデジタルへ

さてこの年、日本国内のアナログレコードの売上は約1817億円。偶然だが史上最高を記録している。だがその後わずか数年で音楽のメディアは一気にアナログからデジタル、つまりレコードからCDに劇的にシフトする。

2年後の1982年にソニー、日立、日本コロムビアから世界初のCDプレーヤーとCDの音楽ソフトが発売された。1984年にはソニーから最初の「CDウォークマン」が発売され、1988年にはCDの売上がレコードの売上を超えてしまう。CDの発売からわずか6年間で、音楽ソフトの主役が交代したのだ。時代はデジタル。そしてアナログレコードは「時代遅れの過去の遺物」になった。

大学を出て出版社に入社し編集者として働き始めた僕も、レコードを買わずにCDばかり買うようになる。この頃に買ったCDは200枚ほど。今も2つの段ボールに入れて持っている。CDだけ聴くならCDウォークマンを使うところだが、ラジオマニアでもあった僕は、いつでもどこでもラジオ付きのカセットウォークマンを持ち歩いていた。

新しいCDを購入するとまずカセットテープに録音していたことを思い出す。そのカセットテープをカーステレオでも聴いていた。

  • 手元にあるCDの中でも良く聴いたもののごく一部。ジャズとロックが多いけれど、あらゆる音楽を聴いてきた。

ところで、レコードからCDにあっさり移行したのは、実家を出てひとり暮らしを始めたという理由もあった。CDならソフトもオーディオ機器もスペースを取らない。そもそも狭いワンルームのアパートにはシスコンを置くスペースはなかった。

レコードとシステムコンポーネントステレオのセットは大正時代に建てられた、倉庫代わりになった実家の古い方の家に保管していた。だが十数年後、その家を解体するとき、そのほとんどを捨ててしまうことになる。

その中にはパナソニックの「Technics(テクニクス)」ブランドの伝説のレコードプレーヤー、1979年に発売されたフルオートのリニアトラッキング・レコードプレーヤー「SL-10」もあった。アナログレコードの復活、そして「テクニクス」ブランドの復活もあり、あの「SL-10」だけは捨てなければよかった、とちょっと後悔している。

とはいえ、持っていてもきっと使うことはなかっただろう。このレコードプレーヤーでレコードを聴くためには、最低でもプリメインアンプが必要だったからだ。

■ソリッドオーディオ、そして音楽配信サービスへ

でも時代の移り変わりは驚くほど早い。音楽を聴くメディアはCD、MD、そしてDAT。さらにソリッド(半導体)オーディオへ。僕も2001年に初代iPadが登場して以降は、iPodやポータブルのMP3プレーヤーを持ち歩くようになった。そして音楽配信サービスが始まった2010年以降は、もちろんスマートフォンで、音楽配信サービスで音楽を聴いている。

そんな僕がまたアナログレコードプレーヤーを購入して、手元にあるアナログレコードを聴こうと思ったのは、仕事で最近のアナログレコードブームについて、最近のオーディオ機器について記事を書こうと思って久しぶりにオーディオ機器メーカーのサイトにアクセスしたのがきっかけだった。

そこでプリメインアンプを中核にしたシステムがなくてもプレーヤー単体でレコードが聴ける、スマートスピーカーやワイヤレスヘッドフォンにレコードの音が飛ばせる、Bluetooth通信機能を内蔵したアナログレコードプレーヤーがあることを知った。

しかも、ちょうど手元にはレコードプレーヤーの記事写真の撮影用に、高校生の頃に聴きまくった伝説のサックス奏者ジョン・コルトレーンが「ブルーノート」レーベルから出した初リーダーアルバム「ブルートレイン」を購入していたので、久しぶりに聴きたいな、と思ったのだ。

  • ブルーノート・レーベルの名盤のひとつ、ジョン・コルトレーンの「ブルー・トレーン」。初めて聴いたのは高校生のとき。当時聴いた音楽は、あまりに何度も聴いたので、実は今でもレコードを聴かなくても頭の中で全部「再生」できる。よく授業に飽きるとに頭の中で「再生」していたのを思い出す。

■どこでも使える、どこでも聴ける充電式ワイヤレス

購入していま手元にあるのが、今回紹介するオーディオテクニカの「サウンドバーガー AT-SB727」のオンライン限定販売のホワイトモデル。2022年に同社が創業60周年を記念して「アナログに恋をする」というキャッチコピーと共に限定発売した「AT-SB2022」の市販バージョンだ。

  • オーディオテクニカ「サウンドバーガー AT-SB727 WH」。このホワイトモデルは同社のオンラインストア限定販売モデル。フル充電状態なら、約12時間も使用できる。オンラインストア価格は2万3980円(税込)。アクティブスピーカーなどの外部入力端子に付属の有線ケーブルでつないでも使える。

  • 最初は据え置き型の「ワイヤレスターンテーブル AT-LP60XBT」を購入しようと思った。こちらはボタンを押せばトーンアームが自動的に動いて演奏が始まる、レコード盤を傷つける心配のないフルオートプレーヤーだし、高音質なaptXコーデックにも対応している。価格もほとんど同じだから、音だけ考えたらこっちの方が魅力的だ。

  • オーディオテクニカの「ワイヤレスターンテーブル AT-LP60XBT WW」。このホワイトバージョンもオンラインストア限定モデル。価格は同じ2万3980円。フォノイコライザー(PHONO/LINE出力切り替え可能)を内蔵しているので、こちらは有線接続でもアクティブスピーカーやアンプにつなぐことができる。

リビングにも自分の部屋にも置く場所はない。でも「サウンドバーガー」ならコンパクトで使わないときは本棚や机の隅に置いておけるし、USB充電式だからどこにでも持ち運んで使える。プレーヤーからオーディオテクニカのワイヤレスヘッドフォンに飛ばして聴いているが、レコードプレーヤーとしての機能は充分。ちゃんと「分厚い音」がする。

「昔のレコードを聴きたいけれどレコードプレーヤーが手元にない」という筆者のようなオジサンはもちろん、持ち歩いてどこでもアナログレコードが再生できるから「アナログレコードに興味がある」若者にぜひおすすめしたい。アナログの音はやっぱりいい。

文・写真/渋谷ヤスヒト