トヨタ自動車の「アクア」といえば燃費のいいエコカーというイメージが強く、スポーティーな走りであるとか速さといった部分を売りにするクルマではなさそうな気がする。なので、高性能版「アクア GR SPORT」の存在理由がいまいちわからなかったのだが、今回は通常版とGR SPORTを乗り比べる機会を得た。
乗り比べで味の違いがわかる?
アクアは抜群の燃費を強みとするハイブリッドのコンパクトカー。初代の登場は2011年で、現行型は2021年にフルモデルチェンジした2世代目だ。
新開発の「バイポーラ型ニッケル水素バッテリー」を搭載する2代目アクアは、アクセルを強く踏み込まない限りはなるべくバッテリーの電力でモーターを回して走ろうとしてくれる。つまり、ハイブリッド車(HV)なのだが電気自動車(EV)に近い静かでスムーズな走りを味わうことができる。グレードは「B」「X」「G」「Z」の4種類で価格は199.7万円~240万円。
2代目アクアのGR SPORTは2022年11月に登場。通常版との違いは以下の通りだ。
GR SPORTはベース車に比べどれだけ速くなっているのか、どれだけ加速力が上がっているのかと思って開発陣に聞いてみると、パワートレインは変えていないので例えば0-100km/h加速の秒数が短くなるといった劇的な変化はないという。むしろ、ベース車両より車体は重くなっているし、タイヤが大きくなって転がり抵抗も増しているので、厳密にいうと、ほんのわずかだが遅くなっているかもしれないのだ。
なぜパワートレインをいじって出力やトルクを上げるか、少なくともそれらの特性を変えなかったのかというと、そもそも2代目アクアが採用したバイポーラ型ニッケル水素バッテリーには大出力の電気を出し入れできるという特性があるので、その電気で回すモーターとエンジンの組み合わせには「かなり気持ちいい加速ができるポテンシャル」(開発陣)があったからだという。足回りを硬くしてあるので、加速時にノーズが浮き上がったり、減速時のノーズダイブ(つんのめる感じ)が少なく、加速のフィーリングはダイレクトに感じられるようになっているそうだ。
正直にいうと、素人目線でいえばクルマのスポーティーさを最も明確に感じられるポイントは加速感だと思うので、パワートレインに変更のないアクア GR SPORTと通常版の違いがどこまで感じられるのか不安だったのだが、乗り比べてみると意外にもけっこう違った。
2台の試乗は同じルートを走って行った。富士スピードウェイを出発して山中湖小山線という道路に入り、「三国峠 駐車場」というところでUターンして帰ってくる往復30分くらいの試乗で、高低差とワインディングが体験できるコースだった。
ベース車両の後にGR SPORTを運転して感じたのは、「こちらの方が、よりスピードを出せそう」というような気持ちだった。もちろん法定速度の範囲内のことではあるのだが、GR SPORTの方が安定して走っているような感じで、速度を上げても余裕でコーナーを曲がっていけそうな雰囲気だった。運転が上手になったような感覚だ。
燃費はZグレードが33.6km/L、GR SPORTは29.3km/L。スポーティーな走りを手に入れた結果、アクア本来の美点である燃費が大幅に悪化したのでは問題ありだと思うのだが、このくらいなら許容範囲といえそうだ。
連続して乗り比べると、素人でもわかるほど通常版とGR SPORTは違った。ただ、見た目も中身も、そこまで大きく変わっているかといわれると、それは微妙だ。せめてわかりやすく、GR SPORTの方にエアロパーツを追加したり、車高を下げたりしてはどうかとも思ったのだが、「普通に使っていただきたいので」と開発陣は乗ってこない。なぜアクアに高性能版が必要なのか、心の底から理解するにはまだ至っていない。
なので開発陣に率直に聞いてみると、答えは意外と簡単だった。初代アクアには「G's」「GR SPORT」というスポーツコンバージョンがあり、それらのクルマに乗っている人から「乗り換えたいのに、乗り換えるクルマがない」という声が上がっているのだ。特にアクアがフルモデルチェンジして2代目になった際には、「GR SPORTはないの?」との声がたくさん届いたという。
需要はあるし、トヨタとしても走りのいいコンパクトカーをラインアップしたいという思いがあるので、2代目アクアにもGR SPORTを設定した。つまり、そういうことらしい。ちなみに、トヨタ車のラインアップには通常版とGR SPORTを持つモデルがいくつかあるが、それらのモデルの販売台数に占めるGR SPORTの割合は5~10%が一般的とのこと。初代アクアのGR SPORTは4~5%だったそうだ。