インターネットがより身近になる一方で、子どもたちがトラブルに巻き込まれる例は増加の一途を辿っている。GIGAスクール構想を受けて子どもたちのネットへの接触が増す中、情報・ネットリテラシー授業に取り組んでいるのが八街市とNTT東日本 千葉支店だ。

  • 八街市立八街中学校で行われた情報・ネットリテラシー授業の様子

八街市とNTT東日本が連携したネットリテラシー授業

インターネットはすでに社会のインフラとなり、生活にも仕事にも、そして学業にも欠かせない存在となっている。現在の子どもたちは幼少期からネットに触れており、違和感を覚えることなく自然にネットと触れあい、活用している。

だが、そのネットとの距離感の近さは、近年さまざまな問題を起こしている。とくにコミュニケーションが主体となるSNSはトラブルが絶えない。折しも、日本では2019年よりGIGAスクール構想が始まり、全国の児童・生徒に対し1人1台の学習端末が整備された。子どもたちが安全にネットを利用するためのネットリテラシー教育は、現在の学校における急務となっている。

このような世相の中、千葉県八街市とNTT東日本 千葉支店は、八街市内の公立中学校4校において、生徒の情報モラル・セキュリティ思考の定着・向上を目的とし、「情報・ネットリテラシー教育」の取り組みをスタート。新たなICT教材を用いた情報・ネットリテラシー授業を行っている。八街市立八街中学校においては、夏休み前に1年生を対象として開催された。

  • 2022年の夏休み前にネットリテラシー授業を実施した八街中学校

授業が始まると、生徒はそれぞれの端末からWebアプリにアクセスし、情報・ネットリテラシーに関する問題に挑戦。ID・パスワードの管理やネット使用上の注意、SNSでのトラブル、さらにサイバー犯罪に関する内容が盛り込まれており、ゲーム感覚で進められる仕組みだ。

  • 生徒一人一台のChromeBookを使い、Webアプリから問題を解く

  • ID・パスワードの取り扱いやインターネット利用上の注意からスタート

一通り解答すると、選択したアクションをもとに"被害額"が表示されるため、生徒たちも危機感を覚えやすいだろう。グループでの振り返りも行われ、生徒たちは互いの意見を話しながら、楽しく情報・ネットリテラシーについて考えていた。

  • 内容は次第にSNS利用時の注意点や危険な行為に移っていく

  • 最終的に選択肢をもとに"被害額"が表示される。1,000万円以上になった生徒も

  • 生徒たちは積極的に授業に参加しており、楽しみながら学べていることが伺えた

この取り組みについて、学校側の課題感と授業の内容を八街市立八街中学校(以下、八街中) 1学年主任 藤﨑裕子氏、公開授業クラスの担当教員 麻野智史氏に、経緯と目的を八街市教育委員会(以下、八街市教委)の加曽利佳信氏、石綿賢氏に伺ってみたい。

ネットのトラブルに巻き込まれやすい中学一年生

「毎年、一年生はインターネット・SNSに関するトラブルが非常に多いと感じています。私たちの転勤以前にもトラブルはあったので、私たちなりに知識を駆使して指導しましたし、学年職員もみな若く積極的でした。一方で、我々と違う角度からのアプローチも必要ではないか、とも考えていました。そんなときに紹介してもらったのがNTT東日本さんです」(藤﨑氏)。

  • 八街市立八街中学校 1学年主任 藤﨑裕子氏

小学校を卒業したばかりの一年生はまだまだ社会への適応力が低い。インターネットに興味を持ち、関わりも増していくが、その経験の少なさゆえにトラブルにも巻き込まれやすい。それがもっとも顕著に表れる時期が、中学一年生の夏休みだ。

NTT東日本は近年、情報モラルに関する小冊子を学校向けに配布していた。求められる情報・ネットリテラシーに関してわかりやすく触れた内容は学校関係者にも好評だが、やはり子どもが熱心に読むものではないという。とくに今の子どもは映像から情報を得る機会が多く、小冊子をもとにした学びには限界があるそうだ。

そこで、まずNTT東日本の社員による映像授業が開催された。これには確かな手応えがあったそうだが、トラブル対策というのはあくまで後追いだ。新しいトラブルの発生、子どもたちの変容を考えたとき、教師が伝え、導くことが必ず求められる。こうして、今回の情報・ネットリテラシー授業用のWebアプリ開発に繋がったという。

「ゲーム形式で進み、間違ったことをすると被害額が上がっていくという仕組みによって、『自分たちが被害の当事者だ』という感覚を得られたと思います。具体的なSNSアプリのトラブルなどは、身近に感じられて非常にリアル。普段はあまり声を上げない生徒まで反応していましたので、良い気づきを得られたのではないかと思います」(麻野氏)。

  • 八街市立八街中学校 公開授業クラスの担当教員 麻野智史氏

なかなか目に見える効果を測ることはできないが、麻野氏はひとつのエピソードを語ってくれた。SNSで問題行動があったとき、生徒が自ら気づき、「これ、危なくないですか」と伝えてきたことがあったそうだ。

折しも、コロナ禍によってSNSの利用率は増加し、ネットの情報は以前にも増して大きな影響力を持つようになった。「このような時代だからこそ、教師が自信を持って子どもたちに『ダメ』と言えなければなりません」と藤﨑氏は力説する。また麻野氏は継続的な取り組みの必要性を強く訴えた。

「生徒指導の中でも多いのがSNSに関するトラブルです。大人から見えない世界なので、より生徒が自ら考えられるよう指導を強化しなければならないと思います。どうしても後追いになるので、繰り返し、継続して教えていかなければなりません。そして、教えたことが少しでも子供たちの中に残ってほしいと願っています」(麻野氏)。

GIGAスクール構想から始まった八街市の取り組み

八街市がこのような情報・ネットリテラシー授業を実現できた背景には、デジタル人材の育成に熱心なこともある。GIGAスクール構想を経て、同市は生徒一人一台端末の環境を実現しているが、方針としてあまり極端な利用制限はかけていない。もちろん、使う方向を間違えないためのペアレンタルコントロールは行っているものの、基本的には多様な使い方の中でリテラシーを身につけてもらうことを重視している。その指導をするために学校があるという考え方だ。

「教育において八街市の子どもたちに自慢できるものを与えたかった。GIGAスクール構想は大きなチャンスだと思いました。しかし、我々はICT教育に関するノウハウがありません。ですから、NTT東日本さんとともに取り組みを進めました。NTT東日本さんは"通信の会社"から"地域を支援する会社"へと変わりつつあり、実際にフォーラムに参加してその通りだと感じたからです」(加曽利氏)。

  • 八街市教育委員会 教育長 加曽利佳信氏

「八街市がスピード感を持って取り組みを進められたのは、NTT東日本の支援あってこそ」と、加曽利氏はそのサポートを高く評価する。また生徒一人一台端末の導入時には、保障について詳しくアドバイスを受けたおかげで、学校に対して自信を持って「生徒が持ち帰ってOK。壊れても大丈夫」と言えたという。

八街市とNTT東日本は、お互いに苦手な分野を補完し合うという理想的な関係を続けている。情報・ネットリテラシー授業用のWebアプリも、こういった補完関係から生まれたものだ。

「当初はNTT東日本が生徒に向けて授業を実施する想定でいたが、やはり先生方の方が子どもたちに教えるのは抜群にうまいのです。先生が教えるという前提からアプリの形が決まっていきました。ですからゲーム形式であり、ドリル形式にはなっていないのです」(NTT東日本 千葉支店 第二ビジネスイノベーション部 課長 葉狩悠吾氏)。

  • NTT東日本 千葉支店 第二ビジネスイノベーション部 課長 葉狩悠吾氏

「完成したWebアプリは先生方も使いやすく、子どもたちの評判も上々です。実社会におけるインターネットで子どもたちが正しい判断を行えるよう、子どもたちとともに考え、継続して取り組みを進めたいと思います」(石綿氏)。

  • 八街市教育委員会 指導主事 石綿 賢 氏

同時に、NTT東日本の授業にも価値を見いだしている。より子ども視点から伝えられる教師の授業、専門家による最新の視点を提供するNTT東日本の授業、この両輪こそ、八街市教委が望む教育だ。

「現在の情報・ネットリテラシー授業は入門編で、これからステップアップしないといけません。3月には、全クラスに電子黒板が導入されますから、より効果的な授業も行わなければならないでしょう。NTT東日本さんのお考えを伺い、先生方のリテラシーも高めつつ、子どもたちにどんどん使ってもらいたいと思っています」(加曽利氏)。

学校をハブに地域全体のITリテラシー向上を

八街市は今後、学校をハブとして地域全体のITリテラシーを強化していくことを狙っているという。GIGAスクール構想は、学校と子どものITリテラシーに注力する一方で、保護者のフォローが追いついていない面も見られる。ITリテラシーについて学んだ子どもたちが、今度は保護者や地域の高齢者などにその知見を広めていく。そんな地域社会を同市は目指している。

「ICTスキルの高まりを感じるエピソードもすでにあります。生徒たちがデジタルツールを使い、市議会の議場でオンラインプレゼンテーションを行っているんです。1月30日には令和4年度の『八街っ子夢議会』も開催しました。その様子はYoutubeで配信も行っております。こういった実社会に即した体験プログラムが、今後の教育には必要だと考えます」(石綿氏)。

  • Youtubeでも公開されている、令和4年度「八街っ子夢議会」

生産年齢人口の減少は、地方自治体ほどその影響は大きく、八街市もまた危機感をいただいている。八街市教委のデジタル人材に対する取り組みは、そんな近い将来を支えるための活動とも言えるだろう。八街市からどのような人材が育っていくのか、今後の動向に注目したい。