ルーヴル美術館が所蔵する膨大なコレクションから、“愛を描いた”絵画を集めた、かつてない趣向の展覧会が国立新美術館で始まりました。誰もが知る傑作から隠れた名画まで、愛というテーマで精選された73点の絵画が集結。なかでも、18世紀フランス絵画の至宝・フラゴナールの「かんぬき」が26年ぶりに来日するとあって、熱い注目を集めています。
愛は人間が持つ根源的な感情であり、ひとことで「愛」といっても、その形はさまざま。神話画や、人々の暮らしを描いた風俗画の中には、恋焦がれる神々や人々の姿が、欲望や情熱、悦びや苦悩といったさまざまな形で描かれています。
展示はプロローグの「愛の発明」から始まります。愛を司る神は、ギリシア神話ではエロス、ローマ神話でキューピッド、または愛を意味する「アモル(Amour)」と呼ばれ、現代の私たちにもなじみぶかい名前です。そして、誰かに恋焦がれる感情は、この愛の神が射た矢が心臓に当たった時に生まれる、と考えられていたそう。“ハートに矢が刺さってキュン!”という描写はここからきていたのですね。
第1章「愛の神のもとに」で紹介されるのは、古代神話における欲望を描いた作品たち。ギリシア・ローマ神話の愛というのは、「愛する者の身も心もすべてを所有したい」という強烈な欲望と一体となっていたそうで、そんな欲望に突き動かされる神々や人間の姿を描いた作品が並びます。嫉妬、衝動、誘惑……神々の愛というのは、こんなにも強引でエロティック。
そんなギリシア・ローマ神話とは対照的に、第2章「キリスト教の神のもとに」で描かれているのは、親子愛や、愛する者のために自分を犠牲にする愛。幼子イエスを胸に抱く聖母マリアや、キリストの磔刑といったモチーフを通して、孝心、慈愛、自己犠牲といったキリスト教的な価値観を目にします。
続く第3章「人間のもとに」の部屋で出会うのが、フラゴナールの「かんぬき」。本展を企画した国立新美術館 主任研究員の宮島綾子さんが、最初のリストに入れていた作品だといいます。
「フラゴナールが生きていた18世紀は、上流階級の人たちの“恋のかけひき”を日常生活の中で描くのが流行した時代。『かんぬき』はまさにその極みであり、10年後のフランス革命で道徳観やモラルが劇的に変わる前に描かれた、“最後のきらめき”ともいえる作品です」(宮島さん)。
絵の舞台は寝室。男性が女性を抱き寄せながら、ドアにかんぬきをかけています。女性はうっとりと恍惚感にひたりながら身をゆだねているようにも、身を反らして抵抗しているようにも見える。このセクシュアルな愛の場面には、性的な要素がさまざまなメタファーで表されています。
「たとえば、床に落ちたバラの花束や、ベッドのほうに転がった花びんは、女性の性器や“処女喪失”といったもののメタファーです。タイトルにもなっている“かんぬき”は男性の性器のメタファーですし、大きなベッドは、女性の身体にも見えるようなフォルムをしています。まさにここでエロティックな愛が展開されていることを様々なメタファーで表して、“愛の誘惑のゲーム”を賛美しているようで、実はそれに対する警告のようなメタファーもあります。ベッドの隣のサイドテーブルにリンゴが置かれていますが、これはエバが神から食べるのを禁じられた果実を食べてしまい人間の原罪をもたらすという、エバの誘惑と原罪を象徴的にあらわしています。
人間のあらゆる活動の中で、最も複雑で繊細であいまいで、いろいろな段階でいろいろな判断を繊細にしていくのが“性愛”です。女性は同意しているのか、うっとりしているのか、抵抗しているのか、それは単なる誘惑なのか、恋愛作法に即した甘いゲームを賛美しているのか、あるいはそれによって失われる処女喪失といったものへの警告なのか。豊かに感じながら作品を味わっていただきたいです」(宮島さん)。
最後の第4章「19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」で紹介されるのは、革命後のフランス社会で流行したという、牧歌的風景の中で愛を育む恋人たちのロマンティックな姿や、主観や感情を重視したロマン主義の芸術家たちによる、ピュアで悲劇的な愛。愛の神と美貌の王女の恋を描いた「アモルとプシュケ」や、男性同士の愛の物語に着想を得た「アポロンとキュパリッソス」などの名作が並びます。
ルーヴル美術館が誇る珠玉の“愛の絵画”が一堂に会する貴重な機会。さまざまな愛の名作たちに出会いに、ぜひ足を運んではいかがでしょうか。
■information
「ルーヴル美術館展 愛を描く」
会場:国立新美術館 企画展示室1E
期間:3月1日~6月12日(10:00~18:00、金土は20:00まで)/事前予約制を導入/火曜休※ただし3/21(火・祝) ・5/2(火)は開館、3/22(水)は休館
観覧料:一般2,100円、大学生1,400円、高校生1,000円