渡辺明棋王への挑戦権を争う第48期棋王戦コナミグループ杯(共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟主催)は、挑戦者決定トーナメント敗者復活戦1回戦の藤井聡太竜王―伊藤匠五段戦が11月29日(火)に東京・将棋会館で行われました。対局の結果、135手で藤井竜王が勝って敗者復活戦決勝に進出しました。

角換わり腰掛け銀の研究勝負

振り駒で先手となった藤井竜王は得意の角換わり腰掛け銀に誘導します。藤井竜王が9筋の歩を突いたとき、後手の伊藤五段はこれに応じず中央の駒組みを優先しました。実戦例の多い定跡で、伊藤五段としては後手番ながら積極的に攻められるのが主張です。局面は、今年9月に豊島将之九段と永瀬拓矢王座の間で戦われた王座戦五番勝負の前例をなぞりながら進行していきます。

両者ともに想定通りの手順だったか、対局開始から1時間の時点で盤上はすでに70手まで進行しました。この直前、伊藤五段が68手目に見せた△2二玉によって本局は前述の実戦例を離れ、ここから二人の将棋が始まっています。形勢は互角で、両者の駒が入り乱れる乱打戦の様相を呈しています。局面は、伊藤五段の手にした飛車と藤井竜王が敵陣に作った馬のどちらが働くかが焦点になりました。

藤井玉の脱出劇

駒の取り合いが続いたのち、伊藤五段は自陣で眠っていた飛車を大きく活用して敵陣に成り込ませることに成功します。立て続けに持ち駒の飛車を藤井玉の近くに打ち込んだのも好感触の継続手で、ここで「伊藤五段の攻め対藤井竜王の受け」という構図が明らかになりました。伊藤五段の竜と飛車に取り囲まれた藤井竜王の玉は守りの金銀から孤立しており、藤井竜王としては絶体絶命のピンチに思われました。

窮地に立たされた藤井竜王ですが、ここから自玉の安全を図るべく方針を入玉に切り替えます。藤井玉への寄せを目指す伊藤五段が竜を切って金を取ったとき、この竜には目もくれずに歩を打って自玉の逃走路を確保したのが驚きの着想でした。藤井竜王はこのあとも、伊藤五段が馬取りに歩を打った手を無視して自玉の補強を優先する柔軟な大局観を見せます。さながらロッククライミングを思わせるこの脱出劇が、本局における藤井竜王の勝因となりました。

藤井竜王が逃げ切って反撃決める

懸命に攻めの継続を図る伊藤五段はその後も着実に駒得を重ねますが、入玉に成功した藤井玉を前にして肝心な王手の手段が見つかりません。一方、自玉の安全が確保されたのを確認した藤井竜王は再度方針を転換して伊藤玉への寄せに舵を切りました。角を切っての一気の攻めで後手玉に必死をかけると、最後のお願いとばかりに追いすがる伊藤五段の王手ラッシュにも正確に対応して最後まで逆転を許しませんでした。

18時51分、最後は自玉が詰み筋に入ったのを見た伊藤五段が投了を告げて藤井竜王の勝利が決まりました。勝った藤井竜王はこれで敗者復活戦決勝にコマを進めました。次戦で挑戦者決定二番勝負への切符をかけて羽生善治九段と対戦します。

水留啓(将棋情報局)

  • 勝った藤井竜王は今年度内の六冠獲得に望みをつないだ(写真は第35期竜王戦七番勝負第4局のもの 提供:日本将棋連盟)

    勝った藤井竜王は今年度内の六冠獲得に望みをつないだ(写真は第35期竜王戦七番勝負第4局のもの 提供:日本将棋連盟)