ホンダのコンパクトカー「フィット」にスポーティーグレード「RS」が追加となった。そもそも「RS」というグレード名にはどんな意味があり、どんなクルマに使われてきたのか。現行型フィットとRSの相性は? 箱根の山でじっくり乗って試してきた。
ホンダのRSは意味が違う?
フィットRSとはどんなクルマなのか。簡単に説明すると、スポーティーなスタイルと走りの楽しさを兼ね備えた手軽なスポーツモデルだ。
そもそもグレード名の「RS」には、どんな意味があるのだろうか。ホンダが「RS」の名を初めて採用したのは、1974年10月に追加した初代「シビック」のスポーティーグレード「RS」だ。
次世代の実用車としてホンダが開発した初代シビックは大人気で、ユーザーからは「スポーティーなモデルが欲しい」との声が高まっていた。RSではエンジンや足回りなどを強化し、内外装も差別化のためにアップデート。初代シビック初の5速MT(マニュアルトランスミッション)を搭載する高性能なモデルだった。
「RS」という言葉自体は古今東西、多くの車種が採用している。通常は「レーシングスポーツ」の略で、本格的なスポーツカーがRSを名乗るケースが多い。しかしホンダではRSを「ロードセーリング」の略とし、心地よく運転を楽しむクルマに名付けている。
RSはその後、2000年登場の「シビックフェリオ」(4ドアセダン)で復活。3列シートミニバン「ジェイド」や大成功を収めたコンパクトSUVの初代「ヴェゼル」などにも採用してきた。最新モデルでは軽乗用車「N-ONE」にもRSがある。こちらはターボエンジンを搭載し、6速MTを選ぶことも可能だ。
フィットでは、2007年10月登場の2代目で同モデル初のスポーティーモデルとしてRSを設定。めちゃめちゃこだわりの詰まったクルマで、新開発の1.5Lエンジンを専用搭載し、サスペンションやブレーキ、タイヤの性能まで強化してあった。もちろんMT(5速)も選べたのだが、驚くべきは2代目の後期型でクラス初となる6速MTに変更したこと。サスペンションをさらに強化し、エンジン音もスポーティーに仕立て直すなど、しっかりと磨き上げを行っていた。ちなみに2代目フィットでは初のハイブリッドが登場したが、こちらにもRSがあり、なんとMTを選ぶこともできた。
2013年9月に登場した3代目フィットでは、ガソリン車には引き続きMTも選べるRSを用意したものの、主力のハイブリッド車にはRSを設定しなかった。。そのためRSの存在感が薄まり、2代目ほどの勢いが感じられなかったのも事実だ。フィットユーザーから一定の支持は得ていたものの、経済性や機能性が重視された結果、高価なスポーティーグレードであるRSの重要性は相対的に低くなっていた。
とはいえ、2020年2月に登場した現行型フィットにRSがなかったことにショックを受けた人は多かったのではないだろうか。新しいハイブリッドシステム「e:HEV」を目玉に次世代のベーシックカーを目指した新型フィットにとって、熱血なイメージのあるRSは多少、野暮ったい存在として捉えられたのかもしれない。
現行型フィットでは、スポーティーさの新たな表現として「NESS」(ネス)というグレードが提案されたが、それはビジュアルだけのものであり、走りの面で他グレードとの差別化はなかった。乗り換え需要が期待できる歴代フィットRSのユーザーを、ネスで取り込むのは難しかったのだろう。
「フィットRS」は日本車で希少な存在?
マイナーチェンジモデルの受注台数(2022年8~10月)でフィットRSは、21%のシェアを獲得して2番人気となった。彼らは実車を見ることなくオーダーしているのだから、RSを待ち望んでいた人たちが一定数いることが感じられる。何しろ、「手頃」「実用的」「低燃費」に加え、「カッコいい」と「走りがいい」まで含む欲張りな内容のクルマは、国産車の中でも希少な存在といえる。これだけでも、RS復活の意義があったといえるのではないだろうか。
RSの復活を望んでいたのは顧客だけではなく、作り手であるホンダの人たちも同様だったのではないかと思う。たったひとつのグレードのために前後パンパ―まで新設しているところからも、ホンダ開発陣の思いが伝わってくる。さらにはステアリングやサスペンション、ドライブモードなどの専用アイテムまで与えているのだから、ホンダのRS愛の深さがわかる。
RSは見た目もなかなかカッコいい。フィットが持つ愛嬌を受け継ぎながらも、若々しさとヤンチャさをしっかりと演出している。しかも開発には、規模感こそ違うものの、ホンダのピュアスポーツカー「シビックタイプR」同様、モータースポーツからのフィードバックを行うスポーツカーらしい開発手法をとっているとのこと。プレゼンでは「歴代フィットRS史上、最高のクルマを目指す」という意気込みも語られた。
その情熱が解放されるのが、新設されたドライブモードの「スポーツ」だ。フィットRSでは燃費重視の「ECON」とオールマイティな「ノーマル」が選べるが、専用サスペンションの実力を最も引き出せるのが、この「スポーツ」モードなのだ。オーナーが走りを楽しみたいと感じるシーンでは、100%の実力を発揮できるようになっているというわけだ。
フィットでは、エンジン回転と加速力の親和性を生み出すべく、トランスミッション付きのクルマのように疑似変速制御が取り入れられている。これにより加速時にはエンジン音が高まり、変速時のようにエンジン回転数も変化する。スポーツモードではパワー重視の設定となるため、発電時のエンジンもより高回転まで回るようになる。その際はエンジンサウンドも勇ましくなり、ドライバーの心を刺激してくれる。
フィットのハイブリッド「e:HEV」は、高速巡行時以外は基本的に電気モーターで走る。それはe:HEVのRSも同様だ。だから、小さなボディをパワフルな電気モーターでグイグイ引っ張ってくれるので、見た目同様にしっかりとスポーティーな走りを見せてくれる。
スポーツタイヤと組み合わされる専用サスペンションは、標準車よりも硬めの味付けだがしなやかさがあり、路面をしっかり捉えるので安心してコントロールすることができる。走りは意のままで、小さくてもホンダのスポーツカーに仕上げられているなと感じた。今後、エンジン車のRSも登場するというが、快適性と走りの心地よさはe:HEVのRSの方が上だろう。これで234.63万円ならば、コスパはいい。毎日の運転を楽しくしてくれる身近なスポーツカーとしてオススメできる。
フィット開発チームの熱意がたっぷり詰まったRSだが、興味深いのは、RSの復活により他のグレードの持ち味が明確に感じられるようになったことだ。スポーティーなRSの存在がフィットの素性の良さをPRするだけでなく、RSを頂点とし、自分に最適なフィットを探しやすくなったように思える。優れたクルマだけど、私はもっと豪華な雰囲気が欲しいと思うなら「リュクス」(LUXE)を。週末の相棒にも使いたいならば「クロスター」(CROSSTAR)。実用重視なら「ベーシック」(BASIC)。カジュアルでお洒落な仕様を望むならば「ホーム」(HOME)といった具合だ。
ーやボディサイドにプロテクション加飾が追加となり、クロスオーバー感が強まった||
一見、一般ユーザーには関係ないようにも思えるが、クルマ好きが選ぶようなグレードがあるということは、クルマの性能面での期待を高める一因になると思う。何よりも、かつてホンダスポーツカーを支えたファンたちが、気軽に乗れるスポーツホンダの復活を歓迎してくれ、周りにもアピールしてくれるはず。今回の復活劇を通して、RSはフィットだけでなく、ホンダの姿勢を伝えるメッセージ性の高い重要なクルマであると改めて感じた。きっと、現行型フィットの起爆剤として大活躍してくれるはずだ。