中盤から終盤に差し掛かる今なお、『silent』(フジテレビ系)の勢いが止まらない。配信再生数が歴代最多を更新し続けるほどの大ヒットなのだから、成功の理由は1つではないだろう。
脚本、演出、演技のクオリティと並んで特筆すべきなのは、“実在”するものをそのまま使っていること。小田急線世田谷代田駅、タワーレコード渋谷店、LINE、スピッツの楽曲などの固有名詞がそのまま劇中で使われている作品はなかなかお目にかかれない。
しかし、今クールのドラマで実在するものを使っているのは、これだけではない。秋ドラマを見渡してみると、地名や事件、番組、アイドル、そしてエピソードそのものなど、多くの作品が活用しているのだ。なぜ“実在”が、この秋のキーワードになっているのか――。
■「森友」に「安倍首相」も
『silent』以外で例を挙げると、『PICU 小児集中治療室』(フジ系)は、PICUという実在する専門治療室をテーマに選んだほか、札幌、旭川、網走、美瑛などの地名を使って、広大な北海道の厳しい医療事情を描いている。
『エルピス -希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジ系)は、9冊もの参考文献がクレジットされているように、実在のえん罪事件から着想を得た社会派エンタテインメント作。「森友」というワードや、安倍晋三首相(当時)の実際の映像も登場した。
『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)は、これまで『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)や『奇跡体験!アンビリバボー』(フジ系)などでも紹介された実話ベースのシングルマザーと漁師たちの物語。
『最初はパー』(テレ朝系)は、お笑い芸人養成所が舞台の作品だが、『アメトーーク!』などの自局に加えて『踊る!さんま御殿!!』(日テレ系)、『IPPONグランプリ』(フジ系)、『8時だョ!全員集合』(TBS系)と他局バラエティ名も次々に登場。他にも、乃木坂46などの実在する固有名詞が使われている。
『アイゾウ 警視庁・心理分析捜査班』(フジ)は、実際に起きた男女愛憎劇をめぐるミステリー事件を“もし現在の日本で起きたら”という視点でドラマ化。
その他にも、『ザ・トラベルナース』(テレ朝系)の「トラベルナース」というモチーフとエピソードや、『クロサギ』(TBS系)のアップデートされた詐欺手法などにも、実在するものを生かした脚本・演出が散見される。
■“実在”だから没入し、書き込む
劇中に“実在”を使う最大の理由は、リアリティを生み出し、視聴者に自分事として置き換えてもらうため。VRやARなどが浸透する中、エンタメは自分事として楽しめる没入感の高さが求められ、ドラマも例外ではない。
実際、『silent』の村瀬健プロデューサーは「連続ドラマは、みんなが自分の物語として見るのが一番いい。だからこの世界の、東京で起こっているドラマなんだっていうのを感じてほしい」と、取材にコメントしている。
「ラブストーリー全盛期」とも言われる1990年前後には、『silent』のような純度の高い恋愛ドラマが目白押し。放送内容の大半を恋愛に費やし、仕事など他のシーンは少なく、だからこそ登場人物を自分に置き換え、彼らの恋愛に一喜一憂していた。
『silent』でも実在するものを使うことで、「私は想(目黒蓮)がいい」「私は湊斗(鈴鹿央士)派」などと考えるだけでなく、劇中の会話やデートシーンを自分に置き換えて考え、笑顔になったりショックを受けたりしやすい心理状態に誘導している。
だからこそ、放送中にもかかわらずロケ地の“聖地巡礼”が始まっているのだろう。紬(川口春奈)になり切って写真を撮る人、想と同じベンチに座る人、同じイヤホンを買ってシーンを再現する人……これらは単に「そこがロケ地だから」ではなく、世田谷代田駅やタワーレコード渋谷店などの実在する場所であるところが大きい。
そのロケ地は、東京で住んでいる人にとっては身近であり、東京以外に住んでいる人にとっては憧れとなっている。ロケ地を訪れた人々はSNSに写真や動画をアップしているが、これも今、実在するものが使われている2つ目の理由。
実在するものだからこそ、そのドラマを見ていない人も含めて不特定多数が見るSNSにアップしやすく、さらにそれが広がり、PR効果が期待できる。たとえば、地元の人はもちろん、鉄道沿線に住む人や、一度でも行ったことがある人ですらその街について「つぶやこうかな」という気持ちが芽生えるだろう。