第43回将棋日本シリーズJTプロ公式戦(協賛:日本たばこ産業株式会社)は、▲藤井聡太竜王-△稲葉陽八段の対局が11月6日(日)に名古屋市港区の「ポートメッセなごや第3展示館」で行われました。対局の結果、藤井竜王が133手で勝って決勝進出を決めました。決勝では斎藤慎太郎八段と戦います。
■稲葉八段用意の右玉
振り駒の結果を受け藤井竜王の先手と決まった本局は超早指し棋戦らしくスラスラと進んでいきます。角換わり腰掛け銀の戦型に決まったあと、後手の稲葉八段が指した32手目△6二玉が用意の一手でした。この手は玉を右側に囲う右玉の作戦を見せたもので、まずは稲葉八段が角換わり腰掛け銀の最新定跡を回避した格好です。右玉は主に先手からの攻めを誘って反撃する作戦で、場合によっては千日手を受け入れる可能性も秘めています。
右玉の作戦を見せられた藤井竜王は、自玉を囲いに収めてから2筋の歩を交換しました。自然に駒組みを進めているようですが、右銀を中央に進出する一手を後回しにしているのが藤井竜王の工夫です。具体的には、後手から桂頭を狙う△3五歩や、銀交換の決戦に持ち込む△5五銀を防いでいる意味があります。この駒組みを見た稲葉八段は一気の決戦は見送り自陣を整備する方針に舵を取りました。
■決断の角打ちで藤井竜王が主導権握る
駒組みが頂点に達し、おたがいに有効手が少なくなってきた局面で藤井竜王が放った57手目▲5六角が本局の骨子の一手となりました。この角は稲葉八段が跳ねた両桂の頭を狙っています。直後に△5五歩と追われると角の利きは逸れることになりますが、今度は1筋の端攻めに焦点を合わせることができます。実戦でもこの端攻めを実現した藤井竜王が香得の実利を挙げながら飛車成りを実現し、局面をリードすることになりました。
守勢に回った稲葉八段ですが、この折衝で得た桂を△8六桂と打って藤井玉に肉薄します。先手としてはこれに素直に応じながら▲8七香で後手の飛車を捕獲する手が見えますが、それには後手から飛車を切って△5九角というワナが用意されています。藤井竜王はこのワナを看破し▲6八金と金をかわしました。局面は、藤井竜王が作った竜と稲葉八段が打った桂のどちらが働くかという勝負になりました。
■勝負手出させず藤井竜王が制勝
藤井竜王の猛攻を受ける稲葉八段ですが、このあと勝負手を放つ機会を2回迎えます。まずは、藤井竜王の竜が自陣一段目に侵入してきた直後の94手目に△3一歩の「金底の歩」を打つ手が有力とされました。これに対して先手もすぐさま「たたきの歩」で応じてくることが予想されますが、これを手抜いて攻め合いに出ることで藤井竜王の攻めを1手遅らせることができました。局後の感想戦で稲葉八段は「(この変化なら藤井竜王に)結構怖い思いはしてもらえそうですかね」と認めました。
また、藤井竜王が左桂を跳ねて自玉を安全にした114手目の局面では、稲葉八段に△8一飛と引く手段が残されていたことが局後明らかになりました。この手は先手に飛車を差し出すことで自玉を安全にしつつ、ここで手にした角を使って先手玉を詰みに討ち取ってしまおうという狙いがあります。玉を詰まされるわけにいかない先手は後手の飛車を取る手を諦めますが、それならば形勢は互角に戻るところでした。
稲葉八段がこの2つの勝負手を逃したことで、形勢は大きく藤井竜王に傾きました。その後も稲葉八段は自玉を上段に上がって粘りに出ますが、藤井竜王も下からは大駒、上からは小駒を使って稲葉玉を挟み撃ちにします。最後は豊富な持ち駒を生かして稲葉八段の玉を詰ませ上げた藤井竜王が勝利を手中に収めました。
勝った藤井竜王は斎藤慎太郎八段が待つ決勝にコマを進めました。注目の決勝戦は11月20日(日)に千葉市「幕張メッセ」で行われます。
水留啓(将棋情報局)