渡辺明棋王への挑戦権を争う第48期棋王戦コナミグループ杯(主催:共同通信社)は、11月3日(木)に挑戦者決定トーナメントの藤井聡太竜王―佐藤天彦九段戦が行われました。対局の結果、121手で佐藤九段が勝って本戦トーナメント勝者組決勝に進出しました。

第48期棋王戦挑戦者決定トーナメント表

■佐藤九段の注文で矢倉へ

振り駒で先手となった佐藤九段は3手目に左銀を上がって矢倉の姿勢を明示しました。後手の藤井竜王はこれに対し、近年流行しつつある中住まいの構えを採ります。後手としては先手と同様に矢倉囲いの堅陣に組むのも有力ですが、先後同型になると一手の遅れが響いて守勢に陥りやすいという難点があります。本局のようなバランスのよい囲いを選ぶことで、藤井竜王は角道を通しながらのちに桂を使って反撃する手段を残しました。

本局の序盤の進行には数局の類型がありますが、いずれの実戦例を見てもその後は囲い合いにならず、早くに戦いに突入することが共通しています。本局では、佐藤九段が33手目に突いた▲5五歩が積極的な手で、盤面中央での銀交換から戦いが始まりました。局後、佐藤九段は「(この手が)やってみたい手だった」と明かしました。本局はここから二人の戦いに入りました。

■藤井竜王の攻勢

午後になると、盤上では藤井竜王の攻勢が始まります。昼食休憩をはさんで1時間を超す長考で、藤井竜王は8筋に継ぎ歩の手筋で手をつけました。この攻めに対して先手が素直に応じると、後手は桂との連携で飛車先を突破することができます。まともに受けていても大変と見て、佐藤九段はここで攻め合いに出ました。攻め合いの変化においてはお互いの玉の詰み筋にまで読みが及ぶことが多々あります。佐藤九段がこの一手に4時間の持ち時間のうちの1時間30分を投じたことは、ここが本局の中盤における最大の難所であることを物語っていました。

形勢に差がつかないまま盤上では激しいやり取りが続きますが、62手目に後手の藤井竜王が決断した△4七銀成が実戦的な好手でした。この手は銀を犠牲に先手陣を乱しつつ、馬を作って先手玉にプレッシャーをかける狙いです。孤立する玉をなんとか安全地帯に逃そうと防戦一方の佐藤九段に対し、藤井竜王はさらに△4六桂の捨て駒を放って金の両取りをかけました。このあたりはやや駒損ながらも玉の安定度の差が大きく、藤井竜王が優位に立ちました。

■勝負所を耐えて佐藤九段が逆転

金の両取りをかけられた佐藤九段は「両取り逃げるべからず」の格言に従って玉を逃します。2枚の金のどちらを取るか、選択に迫られた藤井竜王は盤面左方の金を取りました。この手は自身の形勢のよさを背景に、長期戦に持ち込んで駒得に物を言わそうという手です。ただし、ここは盤面右方の金を取って短期決戦に持ち込む順も有力でした。

どちらの金を取っても藤井竜王の有利に変わりはありませんでしたが、藤井竜王が局面を穏やかにする手を選んだことで佐藤九段にも勝負手が生じました。▲8三桂、▲8四桂と飛車取りに桂を連打したのがそれで、自玉への攻めが来ないうちに飛車を取って攻め合いに持ち込もうという狙いですが、8筋は敵玉からは遠く一見してそっぽ。いかにも筋が悪そうだけに指しづらい手順です。佐藤九段のこの勝負手に対して藤井竜王も迷います。直後の△8五馬は方針を切り替えて攻め合いに応じたものですが、意外にも佐藤九段の玉の懐が深く寄りがなかったのは藤井竜王にとって大きな誤算となりました。

藤井竜王はその後も佐藤玉への攻めを続けますが、佐藤九段も盤上に金銀を打ちつけて攻めの竜と馬を弾き返します。藤井竜王がようやく佐藤玉に詰めろをかけたころには、佐藤九段の駒台には十分すぎるほどの戦力が揃っていました。終局時刻は19時54分、最後は佐藤九段が藤井玉を即詰みに討ち取って、熱戦に終止符を打ちました。

これで佐藤九段は決勝トーナメント勝者組決勝に進出。羽生善治九段―伊藤匠五段戦の勝者と挑戦者決定戦進出をかけて戦います。敗れた藤井竜王は敗者復活戦に回ります。藤井竜王がここから挑戦権を獲得するためには4連勝が必要となりました。

水留啓(将棋情報局)

7期ぶり2度目の棋王挑戦を目指す佐藤九段
7期ぶり2度目の棋王挑戦を目指す佐藤九段