マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米ドル/円のトレンドについて解説していただきます。


【ポイント】

  • その可能性はあるが、現時点での判断は時期尚早
  • 今後の経済情勢、とりわけ労働市場の動向に要注意
  • 今後、数カ月で米ドル/円のトレンドが転換したとの判断に傾く可能性あり

米ドル/円は今年3月以降に顕著に上昇し、7月14日には24年ぶりとなる139.35円をつけました。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が高インフレを抑制するためのアグレッシブな利上げへと舵を切ったことが背景でした(※)。しかし、米ドル/円はその後下げに転じ、8月2日には一時130円割れ目前まで行きました。

※主要な中央銀行も積極的な利上げを進めており、金融緩和を続ける日銀と対照をなしています。そのため、円は今年に入って、対米ドルだけでなく主要通貨に対してほぼ全面安でした。

  • 米ドル/円(ドル、日足、22年3月1日-8月5日)

米長期金利が一足先にピークアウト

米ドル/円が下げたのは、米国経済の先行きに対する不安が強まったこと、そのためFRBが早い時期に利上げを打ち止め、そして利下げに転じるとの観測が浮上してきたことが背景です。漠然とした不安感によって長期金利(10年物国債利回り)は既に6月中旬に3.5%目前でピークアウトして下げに転じており、8月2日には2.50%近くまで低下しました。今年に入ってほぼピッタリと同方向に動いてきた米ドル/円と長期金利にかい離が発生していたことも米ドル/円の下げを促したのでしょう。

  • 米ドル/円と米長期金利

トレンド転換の判断は時期尚早か

米ドル/円は今年3月以降の上昇トレンドを下へブレイクした格好になっており、米ドル/円の先安観をもたらす格好です。しかし、結論から言えば、米ドル/円の基調が変化した可能性はあるが、現時点でそう判断する(それに沿ったポジションを持つ)のは時期尚早ではないかということです。

Gloomy(陰うつ)なIMF世界経済見通し

7月26日に公表されたIMF世界経済見通し(WEO)アップデートは「Gloomy and More Uncertain(陰うつと不確実性の高まり)」とのタイトルで、4月時点の見通しをわずか3カ月で大幅に下方修正しました。そして、23年にかけて世界経済が一段と減速するとの予想も示されました。世界経済は強い向かい風に晒されています。

  • IMF世界経済見通し(WEO)

米国はリセッションにならない?

米国も例外ではなく、今年4-6月期のGDP(国内総生産)が2四半期連続でマイナスになったことはその証左でしょう。ただし、米国の景気実態はGDPが示すほど悪くないでしょう。7月27日に開催された金融政策を決定する会合であるFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見で、パウエル議長はリセッション(景気後退)入りを否定し、その根拠として労働市場が非常に強いことを挙げています。

FRB関係者は金融市場の観測に抗議!?

金融市場では、FRBが22年中に利上げを打ち止め、23年半ば以降に利下げに転じるとの見方が強まっています。上述のパウエル議長の記者会見でも、「(次回の利上げ幅は)データ次第」、「いずれ利上げペースを落とす」といった発言を金融市場は「(利上げに慎重な)ハト派的」だと判断しました。

しかし、その後に発言機会のあったFOMC関係者はおしなべて、「インフレ抑制にコミットしている」「利上げ打ち止めにはほど遠い」といった見解を示しました。FOMC関係者のなかでハト派の代表格のカシュカリ・ミネアポリス連銀総裁は、「23年中の利下げの可能性は非常に低い」とまで言い切っています。

非常に強い労働市場に変化は?

もちろん、市場の先走った(?)見方が現実のものとなる可能性はあります。その意味で、今後数カ月の雇用関連を中心とした経済指標は大いに注目されるでしょう。そして、次回9月21日のFOMCでどんなメッセージが発せられるのでしょうか。

米ドル/円の短・中・長期の見通し

7月15日に配信した「【論点整理】今後は『円安』か『円高』か、短/中/長期の視点」では、以下の見通しを提示しました。

短期(数週間~数カ月):日米金利差による米ドル高円安
中期(数カ月~18カ月):金融政策の方向が変わり米ドル安円高
長期(数年~10年単位):経済構造・成長力の差を映した円安

22年末までは短期の視点であり、そうであれば米ドル/円の140円台は現時点でも十分にありえる水準だと思います。ただし、市場が織り込む米金融政策の転換が一段と現実味を帯びるのであれば、中期の視点に移行し、米ドル/円も下落に転じるでしょう。今は考えにくい日銀の金融政策の修正が視野に入るなら、22年初めごろの110円~115円まで下落する可能性も否定できません。

もっとも、日本の経済構造に立脚した長期の視点を変える必要はないと思われますので、長く保有するつもりであれば、米ドル/円の下落は買う機会を与えてくれるでしょう。