スーパーカーの祭典「TOKYO SUPERCAR DAY」(東京・台場、5/14~5/15)で小さな小さなアストンマーティンに出会った。内装をのぞくとゴージャスなのだが、外から見ると日本製コンパクトカーのようなたたずまいを持つこのクルマ。いったい、どんな来歴を持つ1台なのだろうか。
親しみやすいアストンマーティン?
東京・台場で2022年5月14日~15日の2日間、日本最大級のスーパーカーイベント「TOKYO SUPERCAR DAY」が開催された。日本は世界中のスーパーカーが手に入る貴重な国のひとつ。その上、熱心な愛好家が多いだけでなく、愛車を大切にする国民性もあって、クラシックカーも素晴らしい状態に保たれた車両が多い。同イベントはそんな愛好家たちが、多くの人にスーパーカーの魅力を知ってもらうべく、愛車を展示するユニークなイベントである。
2年振りとなった2022年の会場にも多種多様なスーパーカーたちが集結したが、その中で、小さいながら迫力満点のクルマを見つけた。それがアストンマーティン「シグネット」(CYGNET)だ。
アストンマーティンは英国が誇る高級スポーツカーメーカーとして知られ、映画『007』では主人公であるMI6のスパイ、ジェームズ・ボンドの活躍をサポートする相棒としても有名だ。アストンマーティンの市販車は大型の2ドアクーペとセダンが中心であり、最近はスーパーなSUV「DBX」も投入している。しかし、長きにわたる歴史で小さなクルマを投入したのは、このシグネットのみである。
シグネットは全長3,078mm×全幅1,680mm×全高1,500mmしかないコンパクトカーで、2ドアのハッチバックデザインを持つ。生意気にも、一目でアストンマーティンと分かる伝統的な特徴が盛り込まれているが、超高級車の近寄りがたいオーラを放つほかのアストンマーティンと比べると、愛らしく親しみやすい雰囲気だ。
しかし、その内装は、全てハンドメイドによる豪華なレザー仕様となっており、アストンマーティンの世界観が凝縮されている。発表された2011年10月当時の価格は475万円。アストンマーティンとしては激安だが、日本車ならば「クラウン」などの高級セダンも手に入る価格だ。しかも、オーダー次第ではさらに高額になるから、実質的な価格は600万円前後だったと思われる。
ベースは意外なあのトヨタ車
シグネットは当時、目前に迫っていたCO2の排出規制に対応するべく、アストンマーティンとして初となるエコカーの投入を試みたものだ。しかし、全てをアストンマーティンが手掛けたわけではない。なんとシグネットは、トヨタが販売していたコンパクトカー「iQ」がベースとなっている。日本で生産されたトヨタiQを英国にあるアストンマーティンの工場に持ち込み、アストンマーティンの職人がカスタマイズを施したクルマだったのだ。
このため、メカニズムや性能はiQと同等。ただし、内外装のデザインパーツや塗装、インテリアは高級車にふさわしいものに変更されており、遮音材の追加により静粛性も高められていた。
ベースとなる1.3Lエンジンを積むiQの価格は170万円ほどだったので、定価比較でも約3倍の差となるが、その製造過程と仕上げを考慮すれば、バーゲンプライスだったのかもしれない。
シグネット誕生の裏にはトヨタの豊田章男社長の存在もある。当時、豊田章男氏はGAZOO Racingの活動として、ドイツ・ニュルブルクリンクサーキットで開催された「ニュル24時間耐久レース」にドライバーの1人として参加。その際、アストンマーティンとピットが同じとなったことで、当時のCEOであったウルリッヒ・ベッツ氏と親交を深めていく。異例ともいえるコラボは、モータースポーツが結んだ2人の友好的な関係があったからこそといっても過言ではないだろう。
紛れもない高級車として磨き上げられていたシグネットだが、販売面では成功したとはいい難く、2013年に生産と販売を終了。総生産台数は150台に満たないといわれる。しかしながら現在は、その希少性からコレクターアイテムとして認められており、新車当時よりも高値で取引されている。とある中古車サイトで発見した1台には800万円超の値がついていた。
スポーツタイプのアストンマーティンは中古車で、安いものならば500万円ほどから流通している。さらなるプレミアムモデルも存在するが、シグネットのプレミア性は絶対的なものとなっている。基本的な中身がトヨタのコスメティックカーであることを考慮すれば、現在の価値は驚異的といえるだろう。性能面で語るべき点はないが、激レアとなった今、熱心なアストンマーティンオーナーにとっては、他のアストンマーティンと共にガレージに並べておきたい1台なのかもしれない。